彩坂美月『向日葵を手折る』刊行記念インタビュー
「山形のあざやかな季節を感じながら、謎解きを楽しんで」
自然豊かな山あいの集落を舞台に、少年少女の成長と不穏な事件の行方を瑞々しい筆致で描いた青春ミステリー『向日葵を手折る』。 著者、彩坂美月さんに、この作品が生まれた背景と、登場人物たちに込めた思いを伺いました。
撮影/佐直写真館 佐直和春
構成/編集部
◆通学路にカモシカが立っていて…
――『向日葵を手折る』は、小学6年生の高橋みのりが、東京から母の実家のある山形県の山あいの集落に向かう場面から始まります。本作では一貫して、山形の豊かな自然や風習が色濃く描かれていますが、意識的に、地元である山形の土地柄を描こうとしたのでしょうか?
彩坂:はい、田舎や地方都市を舞台にしたお話を書くのは好きです。私自身が東北の生まれで、身近に自然がある環境で育ったこともあり、原風景のように惹かれる部分があるのかもしれません。昔からある地方のお祭りの雰囲気や、春の山菜採りや冬の雪遊びなど、実際に私自身が体験してきたことも物語に織り込んでいます。
――山あいの分校の学校生活も、とてもリアリティがあります。
彩坂:私の母が「桜沢」のような集落で少女時代の数年間を過ごしたそうなのですが、「授業の一環で山菜採りをさせられた」とか、「学校に行く途中、道にカモシカが立っていて怖くて通れずに家に引き返したことがある」というような話をしてくれたことがあるんですね。楽しかったというニュアンスでは全く無くて、「今の子はいいわねえ」というぼやきに近いんですが(笑)。私はそれらのエピソードを聞いて、面白いな、と感じたんです。そういったこともこのお話が生まれたきっかけかもしれません。
◆不思議なほど自然に動いた登場人物たち
――主人公のみのりは、突然父を亡くして大きな喪失感を抱えています。彼女のキャラクターは、どのように造形しましたか?
彩坂:みのりに関しては、何か特殊なキャラクター設定をするのではなく、ごく普通の感じの女の子にしよう、ということだけ決めていました。書き始めてみたら、不思議なくらいみのりが自然に動いてくれて、彼女の心情や行動に関する描写で筆が止まるということはありませんでした。良くも悪くも、頑なな部分とやわらかな部分をしっかり併せ持っている子だと思います。
――分校の同級生たちも非常に生き生きと描かれています。とくに野性的で乱暴な隼人、優しく理知的な怜が印象的ですが、ふたりは性格が対照的ですね。
彩坂:はい。ふたりの性格が違う方が、彼らの対比が際立つと思いました。隼人と怜は一見全く似ていませんが、その実、互いに合わせ鏡のような存在でもあるのだと思います。
――物語は、みのり、隼人、怜の3人を軸に、小さな集落で起きる不穏な事件が描かれます。閉鎖的なコミュニティの良さと、怖さも描かれているように思います。
彩坂:閉じた空間だからこそ、その中で凝縮されて煮詰まっていってしまうものがあると思うんです。山あいの小さな集落を舞台にすることで、良くも悪くも「共同体」について描こうと思いました。
◆子どもだからこそ切実な悲しみ
――沼にひとり取り残されたときに、初めてみのりが、これまで抑えていた父を恋う気持ちを爆発させる場面に息をのみました。この場面には、どのような思いを込めましたか?
彩坂:ずっと自分の気持ちを抑えつけていたみのりが初めて感情を激しく露わにする、物語においてとても大事な場面だと思いました。大人になるにつれ、社会の中でより現実的でシビアな問題に直面していくことも多いと思うのですが、だからといって子どもが抱く悲しみや苦しみが大人より軽いというわけでは決してありません。むしろ幼く、色々なものが不確かな子どもだからこそ、そうした感情は時としていっそう切実なものになりうると思うのです。
――桜沢での初めての夏、集落の行事「向日葵流し」の日に、行事で使う向日葵の首がすべて切り落とされる事件が起きます。真相は終盤で明らかになりますが、この構成は、執筆当初から構想していましたか?
彩坂:はい、ミステリー小説ですので、事件そのものは最初に決めた真相に向かって物語を進めていく感じでした。 ですが、書いているうちに当初の構想から変わった部分もあります。ラストシーンを直前になって変えました。『向日葵を手折る』を書き始めたとき、私はこの小説をみのりの成長物語だと思っていました。けれど書き進めていて、これは「みのりの物語」であると同時に「怜の物語」であり、「隼人の物語」でもあるのだ、と感じたんです。最初に考えていたものとは違う結末になりましたが、変更してよかったと思っています。
◆得体のしれない「向日葵男」という存在
――集落で不穏な出来事が続き、子どもたちは「向日葵男のしわざだ」とささやき合います。この「得体のしれない何か」の存在もあって、物語はホラーの色彩も帯びてきますが、どのような狙いで描きましたか?
彩坂:「向日葵男」の存在については物語の核心に触れる部分なのでネタバレを避けますが、噂というのは、それを口にする人自身の抱く感情が多少なりとも投影されているものだと思います。集落で恐れられている「向日葵男」にもそうした側面があります。
――なるほど。「向日葵男」の正体は何だったのかが明かされる場面には、胸を衝かれました。小6から中3の4年間、主人公みのりをはじめ、友達や、大人たちの成長や人間関係の変化を丁寧に描いていて、読み応えがあります。
彩坂:娯楽小説を書いているという意識が強くありますので、基本的には「続きが気になって最後まで一気にページをめくってしまった」と読者のかたに言ってもらえるような、面白いエンターテインメントを目指して作品を作っています。ですが、今回は登場人物の心情や成長の部分も、深く、じっくり描いてみたいと思いました。そういったものを丁寧に掬いあげて表現できるところも小説の大きな魅力であり、面白さだと思います。 田舎の集落に流れるゆっくりとした時間や空気を感じながら、作品世界に浸っていただければ幸いです。
◆このセリフを書くために、この小説を書いてきた
――みのりの母、怜の母、学校の先生たち……大人たちのそれぞれのドラマも描かれています。彩坂さんがとくに思い入れのある人物があれば、教えてください。
彩坂:それぞれに思い入れはありますが、美術部顧問の恭子でしょうか。やや意外に思われるかもしれませんが、彼女はみのりが迷うような局面で、さりげなく、しかし決して小さくない影響を与えている人物だと思います。 子どもの頃を思い返してみると、こういう感じの大人って身近にいたような気がします。「子ども大好き! 子どものことを考えてるよ!」というオーラを出して近づいてくるわけではなく、わりとドライな立ち位置だけれど、その人が会話の中でぽろっと口にした言葉が、子ども心に「核心をついてる気がする……」と感じられて後々まで胸に残ってしまうような。
――ご自身で、とくに力を入れた場面はどこですか?
彩坂:色々ありますが、やはりクライマックスとなる夏祭りの夜の場面でしょうか。 このシーン、そしてこのセリフを書くためにこの小説を書いてきたのかもしれない、と思えるくらい、執筆していて自然と気持ちがこもりました。
◆小説はどこにでも連れて行ってくれる相棒
――これから、どんな物語を描いていきたいですか? 彩坂さんが理想とする小説はどんなものでしょうか?
彩坂:読者のかたが一緒になって泣いたり笑ったりしてくれるような面白い物語を書いていきたいです。読み終わったときに「ああ、面白かった」と本を閉じて、何かちょっといいものを持って現実に戻ってこられるような小説を書きたいと思っています。 本って、絶対にどこにも行かないし、どこへでも連れていってくれる相棒のようなものだと思うんです。 私自身、大好きな本は本棚の手に取りやすい場所に置いて、何度も読み返したりしているので、自分の作品を誰かがそんなふうに楽しんでくれたら幸せです。
――これから『向日葵を手折る』を読むかたへ、ひとことメッセージをお願いします。
彩坂:「桜沢」という田舎の集落に遊びに来るような感じでページをめくっていただけたら、と思います。みのりたちと一緒に鮮やかな季節を感じながら、謎解きを楽しんでいただければ嬉しいです。
山形県生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。『未成年儀式』で富士見ヤングミステリー大賞に準入選し、2009年にデビュー(文庫化にあたり『少女は夏に閉ざされる』に改題)。他の著作に『ひぐらしふる』『夏の王国で目覚めない』『僕らの世界が終わる頃』『金木犀と彼女の時間』『みどり町の怪人』などがある。