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トリックの神様降臨!?

特別対談:『ムシカ 鎮虫譜』井上真偽×『楽園とは探偵の不在なり』斜線堂有紀
トリックの神様降臨!?

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『その可能性はすでに考えた』『探偵が早すぎる』などデビュー時から新作を発表するたびに本格ミステリの新たな可能性を提示し、『ムシカ 鎮虫譜』では異色のパニックホラーに挑戦と新境地を拓いた井上真偽さん。そして『コールミー・バイ・ノーネーム』『恋に至る病』など次々と話題作を発表、『楽園とは探偵の不在なり』では特殊設定ミステリで本格ミステリファンにその名を轟かせた斜線堂有紀さん。次世代を担うミステリー作家として最注目の二人による特別対談が実現しました!

聞き手・構成/千街晶之

◆最新刊『ムシカ 鎮虫譜』と『楽園とは探偵の不在なり』

――このたび、井上真偽さんは『ムシカ 鎮虫譜』、斜線堂有紀さんは『楽園とは探偵の不在なり』と、奇しくも同時期に孤島を舞台にした新刊を出しましたが、まずお互いの作品の感想からお願いいたします。

斜線堂有紀(以下、斜線堂):『ムシカ』は本当に超弩級の小説で……複合的なエンタテインメントでした。音楽で岐路に立たされている音大生たちの気持ちと、虫が襲いかかってくる状況がシンクロしている印象があって、あのシンクロ感に青春小説としての切迫感がありました。音大生たちの苦悩を読んできたからこそ、頑張ってくれみたいな気持ちになりましたね。あと冒険小説としての緊迫感の作り方が本当に巧いのと、それでいて謎解きのカタルシスもあって。

井上真偽(以下、井上):ありがとうございます。最初は高い年齢の主人公で書いたんですけど、全然盛り上がらなくて、それを学生に変えたら自分とシンクロしたのか話に入り込んで、それで今回みたいなかたちになったんですけど、全員の成長を書かなければならないのが大変で、五人は増やしすぎたかなと(笑)。
 斜線堂さんはついに本格ミステリに殴り込んできたなと(笑)。面白かったです。自分はあまりミステリを読んでこなかったので、いまいち本格ミステリファンが面白いと感じる謎解きを掴みかねているんですけど、斜線堂さんの作品を読んで、これがやっぱり本格ミステリの人たちが好きな感じの謎解き、ロジックなんだなと。完全に本格ミステリファンの心を掴んだなと思いましたね。もう一つ、これはすごいなと思ったのは、説明しすぎない世界観。一人までは殺していいけど二人殺したら地獄行きというのはどこから生まれたんですか。

斜線堂:二人殺したら駄目となったら、一人までなら殺してもいいだろうとなるんじゃないかと。そういう境界線を定めたらエスカレートする部分もあって、だから人間の善悪がむしろ稀薄になるんじゃないかと。

井上:自分は理系なので理屈にこだわってしまって、一人殺したらどうのこうのというのを理屈をつけてしまうと思うんですね。そうじゃなくて一切言い訳めいたことを言わない、そこがすごいなと思って。世界観が最後まで不条理じゃないですか。そこにパワーを感じましたね

◆いい百合を読ませていただきました

――お互いの作品で、特に印象に残ったものはどれでしょうか。

斜線堂:私は『聖女の毒杯』が大好きで、第一部から第二部へのクリフハンガーがたまらないんですよね。あと伏線もすごくて、犬の特徴とかも絶対に隙を見せないんですよ、ああ、全部書いてあった……と。

井上:斜線堂さんは作品によってカラーや設定がすごく変わるのでどれも印象的ですが、好みで言えば『コールミー・バイ・ノーネーム』です。いい百合を読ませていただきました(笑)。斜線堂さんはどっちも書かれますよね、男同士の強い感情も、女性同士も。

斜線堂:両方、好きなんです(笑)。真偽先生も女性同士の強い感情が……あれは趣味というか、なんでしょうか。

井上:なんか出てしまいますね、狙ってるわけじゃないんですけど。女性同士の関係は書きやすいですね。逆に男同士はあまりぴんと来なくて。斜線堂さんは先輩後輩の関係へのこだわりがありますね。

斜線堂:短い文字数だと関係性をあまり説明しなくて済むという作劇上の理由が一つと、あとは趣味です。

井上:建前と本音ですね(笑)。ところで斜線堂さんにとって先輩というのは幾つ上ですか。

斜線堂:私の理想は二歳上です。出会えるギリギリというか、一年だと近すぎる。先輩が好きになったのは、実は有栖川有栖さんの江神二郎シリーズがきっかけでした。

――お二人はお互いの作品を読んで、作風的に共通する部分はどのあたりだと考えますか。

斜線堂:真偽先生もエンタテインメントの枠でいろんなものを書きたいという志向が強い方なのかなというのが、共通点として感じました。とにかく読者が楽しいものと、自分が書きたいものとの折衷点にあるものに挑戦なさっていて、どれも面白い。

井上:斜線堂さんの小説は始まって数ページでどんなキャラクターか何となくわかる感じがするんですね。自分もそこはすごく意識していて、エンタメのキャラクターの描写はいかにわかりやすく、かつステレオタイプにならないようにするかを考えているから、そこが自分に似ているのですっと入ってきますね。自分と違う部分は、世界観の理屈抜きの不条理感がすごいです。今回の機会に、『楽園とは探偵の不在なり』のタイトルのもとになったテッド・チャンの「地獄とは神の不在なり」も読んだんですけど、テッド・チャンは一見不条理に見えて、キリスト教的な受難というニュアンスを読み取れるんですが、斜線堂さんは更に救われなさがすごいなと。

斜線堂:全く住みたくない世界ですよね(笑)。

井上:この作品は続篇の予定はあるんですか。

斜線堂:続篇は、担当編集さんからはこの設定でもっと出来るだろうから、連作短篇はどうかと……でも連作短篇だとそのぶんトリックを考えないといけない(笑)。今度は都会で何が起こるかを書いたらいいんじゃないかと言われて。そんなことを軽々しく(笑)。

◆トリックの神様が降りてくる!?

――お二人が小説を書きたいと思ったのはいつごろでしょうか。

斜線堂:私は中学一年生のころに佐藤友哉先生の『フリッカー式』を読んで、講談社ノベルスの魅力に取りつかれて、小説ってこんなことまで書いていいのか、みたいな(笑)。自由だなと思って、そこから漠然と作家になろうと思ったんですが、実際に書きはじめたのは高一くらいでした。

井上:自分は中学くらいです。小学校の時は漫画をノートに鉛筆で描いたりしてて、話を作るのが好きだったんですね。将来的にはクリエイターになりたいと思っていました。中学生の時に、剣道部の部室で黒板一枚分のショートショートを黙々と書いてたんですが(笑)、それが意外と受けて。

斜線堂:作家になるべくしてなったというエピソードですよね、伝記映画を作る時に核になる(笑)。

井上:小説家になる人って、気がついたら書いてる感じですよね。あと、ほかの作品を読んで、自分でも書けそうだと思うとか。斜線堂さんは年何冊くらい書いていますか。

斜線堂:去年は四冊で、今年はこれで三冊、9月に一冊出ます(編集部注:『死体埋め部の回想と再興』)……でもストックが多いだけなので、毎日こつこつ書いてどうにか……という感じですね。

井上:並行して書いている感じですか。

斜線堂:レスポンスを待っているあいだに別のものを書くという感じですね。でもプロットをいつ思いつくかは全然わからなくて。〆切までに思いつかなかったらみんなどうしているんだろう、と思います。

井上:自分は〆切については、約束はさせないというか(笑)。年内に出来るんじゃないですかね、みたいなニュアンスの〆切です。

斜線堂:私もニュアンスの〆切を設定してもらったことがあるんですけど、二年間書けなかった(笑)。

井上:書いてる段階では何も考えずに書くんですよ。トリックとか考えずに。でも、かたちが出来れば絶対そこに収まるトリックがあるはずなんですよ。なんですかね、信仰ですかね(笑)。必ず神様がトリックを用意してくれるから信じて書きなさい、と自分に言い聞かせて書く(笑)。

斜線堂:私も『楽園とは探偵の不在なり』は後半のトリックは考えずに書いて、あとで事件を差し替えたり。

井上:それで大丈夫です(笑)。そこにトリックの神様が降りてきます。

斜線堂:これを読んだ人は勇気づけられるのでしょうか(笑)。

◆聴く音楽で執筆スピードが変わる!?

――お二人は決まった執筆スタイルはありますか。

井上:自分は基本的に音声入力ですね。結局は手で修正するんですけど。たまにWordで清書する時に喋っちゃって、「あれ、反応しないな」と(笑)。

斜線堂:私は一日に書く文字数を決めています。デビュー時は書ける文字数が多かったんですけど、最近は8000から10000字書けたらいいかなと……。

井上:今、その数字に衝撃を受けたんですが(笑)、以前は何字書けたんですか。

斜線堂:20000字くらい書いてたんですが、大学生だから出来たことで、その時期にストックがいっぱいあったんです。でも最近は10000字を書いたとしても、四日後とかに壺を割るみたいなことをするんですね、「これは駄目だ!」と。それがだんだん多くなってきて。

井上:自分は2000字が限界で。10000字書けたら今の五倍ですよね。

斜線堂:でも私の10000字は宙に消えがち。揮発性の高い10000字です。

井上:書く時は音楽を聴いたりしますか。

斜線堂:これを言うと嘘だろうといわれるんですけど、クラシックの速い曲を聴くと指が速くなるんです。リストのピアノ曲とか。真偽先生の場合は音声入力ですもんね……普段は音楽を聴かれたりするんですか。

井上:最近はむしろ、YouTubeで川のせせらぎとか虫の鳴き声とかを聞いて癒されています(笑)。

斜線堂:真偽先生は虫は大丈夫ですか。

井上:嫌いではないですし、普通ですね。蜘蛛は好きで、部屋で見かけても殺さない主義なんです。虫は苦手ですか、斜線堂さんは。

斜線堂:基本的に、蜘蛛以外は大丈夫です。

井上:自分と逆だ(笑)。

斜線堂:蜘蛛の造型とかは好きなんですけど、部屋にいるのは嫌です。同居はしたくない(笑)。

井上:『ムシカ』の書店員さんの感想で「虫は苦手なんですけど」みたいな前置きが多くて。やっぱり虫が苦手な人が多いんだと思って、この作品、前途が多難かなと(笑)。

斜線堂:でも虫が苦手な人って、みんな指のあいだから見てしまう気持ちはあると思うんですよ。何か気になってしまうという。

井上:是非安心して読んでほしいです(笑)。

◆何を読んでも面白いというのが作家としての理想形

――お二人にとって理想のミステリとは。

井上:自分はそんなにミステリを読んでなくて、むしろデビューしてからいろいろ読んだので、自分の中でミステリはこうあるべきというのは模索中なんですけど、その謎が解決することで物語全体が救われる、解決が物語全体にとって意味がある、みたいなのが理想ですね。叙述トリックであれば、それで騙すことが目的なのではなくて、叙述の意味がわかることでどう物語が変わるか。例えば、ある意地悪なおじいさんがいて、それが最後に理由があって意地悪をしていたみたいなのは、これも一種の叙述ではあるんですが、これはこれで意味があると思うんです。でも意地悪なおじいさんが、実はおばあさんでしたとなっても、物語にとって何の意味があるのかと。どんなに巧みな伏線が張ってあっても、それは自分の中では違うんですね。

斜線堂:これは本当に個人的な意見なんですが、ミステリというのは一番面白い物語体験だと思っていて、自分の中で心がけているのは、何よりも読んで面白いことと、解答が開示された時に、よく考えたら自分でもわかったかもと思わせる塩梅なのにわからない驚きを見せること。あと、楽しかったら何回かに分けて思い出したりするじゃないですか。その時にテーマまで思いを馳せてもらえるものが書けたらベストかなと。真偽先生の『ベーシックインカム』も、叙述トリックがテーマ性と密接じゃないですか。

井上:最近のミステリ作家さんで気になる方はいますか。

斜線堂:私は阿津川辰海さんが好きです。

井上:『透明人間は密室に潜む』を読んで「阿津川さん、めっちゃ短篇巧いじゃん」と思いました。自分はあまり探偵に思い入れがなくて、探偵論はよくわからないんですけど、阿津川さんや斜線堂さんは探偵にこだわりを持っていますよね。

斜線堂:阿津川先生のことは勝手に言うわけにはいかないんですけど、自分は新本格の影響が強いのかなと思います。でもどうなんだろう、個人的に探偵の概念が好きみたいなところがあって、役割を考えはじめてしまうというか。

井上:探偵とはどうあるべきかを掘り下げたミステリが最近のミステリのひとつの流れになっている気がしますが、斜線堂さんは、探偵はこうあるべきみたいな結論はありますか。

斜線堂:そこからは少しずれてしまうような、個人的な希望なんですけど、不条理な中でも考えることを諦めなかった人間は、世界を変えられる力はなくても少し報われたらいいなと思いながら書いています。真偽先生にとっては探偵とはどのようなものなのですか。

井上:探偵であるというか、自分の中では個人個人のキャラクターですね。例えば上苙丞であれば、奇蹟を証明したいと思った過程と、それに対する彼の努力、そういうキャラクターそのものを書きたいので、探偵が一般的にどうこうというのはあまり考えていないです。今のお話を聞いていると考えないといけないのかな(笑)。ただ、探偵が謎を解いた時に「それ明かさなくていいじゃん、誰も不幸にならないじゃん」という場合があって、物語として探偵に謎を解かせる意義というのはすごく難しい。

斜線堂:解かない場合のほうが幸福になる場合もありますからね。探偵論をやる時も、悩んでいる個人がどんな答えを出すのかを考えたいのかもしれないですね。
 これはお聞きしていいかどうかわからないのですが、真偽先生の次回作はミステリなんですか。

井上:ミステリですね。あんまりミステリにするつもりはなかったんですけど、書いているうちにミステリになった、みたいな(笑)。ミステリを何作か書いて、それが自分の中でかたちになってきてしまって、それがいいのかどうか。ただ、担当者に話したのと全然違う話になってるんです(笑)。

斜線堂:楽しみです。真偽先生のミステリは面白い……。私はいま苦闘しているのはSFを少し混ぜた青春小説を書いていて、大変お待たせしているので、年内に完成……いや本当は今月中に完成させましょうと言われているのですが、どうなるかわからない(笑)。毎日、寝る前に天井を見上げながら「今日も思いつかなかった……」と。

井上:それはミステリではなく……。

斜線堂:そうですね。ただ、私はすぐミステリを入れようとするんですけれど、担当さんに「プロットにはなかったじゃないですか」というのと、「面白くしようとするとすぐ密室を入れたがるのはやめましょう」と言われて(笑)。今回の『ムシカ』を読んで、真偽先生は何を読んでも面白いなあというのを再確認しました。それが作家としての理想形ですね。ジャンル作家というのも研ぎ澄まされていて美しいんですけど、作家になったからにはいろんなものを書いて、面白いと言われたいというのが自分の理想なので。

井上:恩田陸先生みたいに、幅広く書ければいいなあと思います。

――最後に、お互いへのエールをお願いいたします。

井上:斜線堂さんの文章や世界観の魅力は本当に他の人には真似できないものだと思うので、この作風で、キャラクターと強い感情を描いていただきたいなと思います。

斜線堂:私にとって真偽先生はずっと好きな作家であり、本格ミステリを学ぶにあたって作品を研究した、尊敬すべき先輩作家なので、これからもその背に追いつけるよう精進します。

井上:先輩って、そんなに変わらないじゃないですか(笑)。

いのうえ・まぎ
神奈川県出身。東京大学卒業。『恋と禁忌の術語論理(プレディケット)』で第51回メフィスト賞を受賞してデビュー。第二作『その可能性はすでに考えた』が、2016年度第16回本格ミステリ大賞の候補に選ばれる。2017年『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』が「2017本格ミステリ・ベスト10」の第1位となる。同年「言の葉(コトノハ)の子ら」が第70回日本推理作家協会賞短編部門候補に。2018年には、『探偵が早すぎる』がドラマ化され話題となる。2020年には『特選THEどんでん返し』収録の短編「青い告白」が第73回日本推理作家協会賞短編部門候補に。近刊にSFミステリ短編集『ベーシックインカム』がある。 最新刊『ムシカ 鎮虫譜』は全国の書店で好評発売中!

しゃせんどう・ゆうき
上智大学卒。2016年、『キネマ探偵カレイドミステリー』で第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞してデビュー。『コールミー・バイ・ノーネーム』『恋に至る病』など次々と話題作を発表する他、ウルトラジャンプ連載中の『魔法少女には向かない職業』などでの漫画原作や、ボイスドラマの脚本も担当するなど幅広く活躍している。近刊に『楽園とは探偵の不在なり』『死体埋め部の回想と再興』がある。

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