日野草『エターナル』刊行記念インタビュー
〈殺し屋〉というジャンルに新しい1ページを
聞き手/大矢博子 撮影/泉山美代子
▼日野草が〈殺し屋〉を書き続けるわけ
──新刊『エターナル』は殺し屋「久遠」を軸に、彼に殺しを依頼する人々の物語を綴った連作短編集です。日野さんはこれまでも『ウェディング・マン』(講談社文庫)で殺し屋を、また出世作となった「GIVER」シリーズ(角川文庫)でも殺し屋に近い復讐代行業を扱ってらっしゃいますね。
日野:(身を乗り出して)大好きなんです、殺し屋! 人を殺してお金をもらうって、最悪じゃないですか。その最悪なことを、殺し屋自身が悪いことだという自覚を持って行う場合と、人殺しが好きでやってる場合とで、物語の色がぜんぜん変わりますよね。とてもバリエーション豊かに書けるテーマだなと思ってるんです。今回の『エターナル』に出てくる久遠は「GIVER」シリーズとも『ウェディング・マン』とも違ったタイプですが、ごく自然に、「こういう殺し屋を書きたいな」って浮かんできました。
──殺し屋ならではの魅力って何でしょう?
日野:絶対、ということでしょうね。人の命を左右する、生殺与奪を握っているということ。比べるのもアレですが天使だったり神様だったりに近い存在として書いている気がします。人の運命を変えられる絶対的な力を持っているもの。そこで「運命を変えられる側」だけでなく、殺し屋という「他人の運命を変える側」の物語に心を寄せると、とてもドラマティックなものを感じるんです。
──その殺し屋を、日野さんはいつも疑似家族めいたチームで描かれます。
日野:まず人とかかわらないことにはドラマって生まれないなって思って。殺し屋もやっぱり人間なので、そのゆらぎや変化を書きたいんです。そうしないと読者にとって主人公の殺し屋がなんだか無機質なものになってしまうんじゃないかな。
──そういうこれまでのパターンを踏襲しながらも、今回の久遠は、今までの殺し屋たちとは決定的な違いがあります。
日野:そうですね。まず、こんなに人間味のある、優しい殺し屋を書いたのは初めてです。でも久遠は人を殺す技術はとても高いわけです。代々受け継いでいる技術と知識があって、覚悟もあって。でも、そういう人たちが優しい心を持っていると、すごく切ないんですよね。彼らが心を痛めながら仕事をしているのが、伝わればいいなと思います。でも、それだけじゃなくて……(ネタバレになるので言葉を選びながら)殺しにもいろいろあるというか、殺すって、命を取るという意味とは限らないんです。
──ああ、はい。そうですね。読んで驚いたところです。今度の殺し屋は違うぞ、って。
日野:そこはかなり「わざと」です。殺し屋と聞いて多くの方の頭に浮かぶイメージがあると思うんですが、そこにもうひとつ加えたいと思って書きました。だからこれまでとは、ちょっと毛色の違うものになってます。
▼変わりゆく時代の中で、変わらないものを描く
──今回、もうひとつの特徴は、令和元年の第一話に始まって、そこからバブル期の1991年、東京オリンピックの翌年の1965年、終戦の年である1945年と、一話ごとに大きく時代を遡ります。そのすべてに、殺し屋の「久遠」が出てくる。
日野:私はいつも「今」を書いてきたんですけど、今あるものって流行り廃りも早いんですよね。みんな飽きるし、世の中もすごい速さで変わっていく。で、そんな中でこれだけは変わらないものって何だろう? って考えたら、やっぱり人の心なんですよね。変わらないものを描くにはどうするかっていうと、変わっていくものを描かなくちゃならない。変わっていくものの中に変わらないものを1本入れる。
──ああ、なるほど。5編すべて背景となる時代も文化もぜんぜん違うんですが、確かに「久遠」を通じて変わらない思いのようなものが存在しますね。
日野:それって言葉にすると「願い」なんです。誰かに幸せになってもらいたいとか、そういう「願い」。そしてその願いを描くには、何世代も超えなくちゃダメだろうと思いました。変わりゆくものの中で絶対に動かない、変わらないものって、結局「人間の本当」なんです。
──今回の「久遠」が従来の殺し屋とかなり違うのは、そのテーマを体現しているからなんですね。はっきり書けないのがもどかしいんですが、そこはぜひ本編で確認していただきたいと思います。それにしても、バブル期、高度経済成長期、終戦の年って、それぞれ調べるのがたいへんだったんじゃないですか?
日野:それぞれの時代の価値観を今の読者が読んだときどう感じるか、というのは考えながら書きました。たとえばバブルの頃って、25歳で結婚してない女性を「(売れ残りの)クリスマスケーキ」って言ってバカにしてた時代なんですよね。それをそのまま書いてしまうと、今の感覚で読んだときに、物語への集中が削がれてしまう恐れも。それと、終戦の年の話には闇市で代用うどんっていうのが出てきますが、本当は残飯シチューにしたかったんです。進駐軍の残りものをもう一度煮込んだやつで、当時は当たり前のメニューだったんですが、今の人はイメージできないだろうと。でも当時の人の視点で書いてるんだから説明するのもおかしい。この落差を文章で橋渡ししなくちゃいけない……。
──それぞれの時代ごとに、ご苦労が。
日野:バブル期の「ディスコ」はぎりぎり通じるかな、とか。時代の扱いでけっこう考えたのは、煙草ですね。戦後はみんなスパスパ吸ってるんですよ。子供にすすめる場面まで書きました。でも2019年には「久遠」も片方は吸ってますが、もう片方は吸ってない。最終話の2040年になると、誰も吸ってない。そこは時代ごとにかなり分けましたね。
──今ちょっと、「久遠」の片方とか2040年とかという話が出ましたが、それが『エターナル』のポイントですね。「久遠」はひとりじゃない、代々受け継がれていく殺し屋であるということ。これが大きな特徴です。そしてもうひとつ、1945年が舞台の第四話のあと、最終話は95年一気に飛んで2040年という未来が舞台になります。
日野:最初と最後を隣り合わせにするという構成だけは最初から決めてました。
──きれいにつながって、見事な構成だと思いました。
▼〈殺し屋〉というジャンルに新たな1ページを加えたい
──ミステリの趣向についてお伺いしたいんですが、毎回毎回、これでもかっていうくらいどんでん返しを仕込みますね!
日野:私自身が好きなんですよね。一歩先が見えない、っていうのが。しかも、そのどんでん返しがいくつある? っていうのが好きなんです。だって、人生もそうじゃないですか。一歩先がわからない。だから怖いし、常に心配してる。小説の中で次のページで何が起きるかわからないっていうのは、皆さんが経験してることと同じなんですよね。明日のことはわからない。
──そのどんでん返しも、Aと思ってたらBでしたというのではなく、思いがけない方向から足をすくわれるようなタイプの仕掛けです。
日野:それが人生だと思うんです。だから読んでる方にとっては、馴染みのある足のすくわれ方なんじゃないかな。
──確かに! 殺し屋とか復讐代行業とかって言ってしまえば荒唐無稽というか、ザ・エンタメという感じなんですが、それを通して描かれているのはとてもリアルな人生の縮図なんですね。
日野:そうなんです。それははっきり自覚を持ってやっていることです。あまり人生をリアルに書くと、読む人にはストレスになってしまうなというのも感じていて。今って、毎日ストレスがひどいじゃないですか。本を読んでる間くらい楽しんでもらいたいし、でもただ楽しいだけだとリアリティがない。楽しいけども、人生と密着している部分も味わってほしい。だからこそ荒唐無稽を1個入れて、他の部分はリアルな人生で固めて、それで初めてエンターテインメントとして楽しんでいただけるんじゃないかなと思ってます。
──かなり緻密にプロットを作られる方ですか?
日野:いいえ、まったく! きちんとしたプロットを作れるようになりたい。話は一応頭で組むんですけど、予定どおりになったことはないですね。幹はあるんだけど、書き始めたらぱーっと枝が生えて葉っぱがついてくる。どんでん返しも、書きながら勝手に出てくるんです。「今、ひっくり返せ!」「今これをやっておくと、後のあれがすごく面白くなるぞ」って。「久遠」っていう名前も、最初は違ったんです。でも書いてたらいちばん最初の彼が勝手に「久遠」って名乗ったんですよ。え、久遠なの? って(笑)。
──それは意外でした! そうとう計算されてるんだろうと思ってました。仕掛けのある本格ミステリを読まれてきたとか?
日野:むしろ作風に影響を受けたのは、海外ドラマですね。『X-ファイル』とか『ER』とか『ドクター・フー』とか。一歩先がわからなくてドキドキする感じ。刑事ドラマとか医療ドラマとかって聞いて想像するのとは違う楽しませ方をしてくるのが、子どもの頃から大好きで。ストーリーが海外ドラマの影響だとするなら、小説から受けた影響はキャラクターです。シャーロック・ホームズとかエラリー・クイーンとかエルキュール・ポアロとか。探偵たちに個性があって、探偵を愛して物語を読むような、そんな小説にハマったんです。だから私も、読者の皆さんにはキャラクターを好きになっていただけるといいなという思いが強いんです。
──ホームズやポアロが好きなら、名探偵ものを書こうと思われなかった?
日野:私が新規参入で探偵を書いても、たぶんホームズに似るだろうし、ポアロに似るだろうし……もうすでにあるなあ、と思うと探偵にはいかなかったですね。その代わりに殺し屋に行っちゃった(笑)。
──おお、話がつながりました。
日野:これまでいろいろ殺し屋ものを書いてきましたが、『エターナル』は私の中で一里塚というか、ひとつの到達点にしたいと思って書いた作品です。生意気かもしれませんが、殺し屋というジャンルに新しい1ページを加えられたら嬉しいですね。
(2020年10月28日 都内にて)
ひの・そう
1977年東京都生まれ。2011年『ワナビー』で第二回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。著作に〈GIVER 復讐の贈与者〉シリーズ、〈死者ノ棘〉シリーズ、『恋愛採集士』『ウェディング・マン』『そのときまでの守護神』『CAGE 警察庁科学警察研究所特別捜査室』などがある。