21年2月の文庫新刊 草凪優『アンダーグラウンド・ガールズ』ブックレビュー
自分の足で生きたいと思う女性へ 大泉りか(作家)
ヒロインはソープ嬢、しかも120分10万円という高額の料金を取る、超高級店のナンバーワンということで、この物語の中で披露される、超絶テクニックや如何に……と好奇心を掻き立てられながら読み始めた。というのも、わたしはこれまでソープ嬢のテクニックを味わったことがない。店によっては女性客を受け入れてくれることもあるらしいが、異性愛者であり、かつペニスのないわたしが、男性客と同じ快感を得るのはなかなか難しい気がする。ゆえに世の男性を虜にするソープ嬢のテクニックが、いかに素晴らしいかを知りたいと思ったら、実際にそれを味わったことのある男性に話を聞くのが、もっとも真実に近づく方法だ。
それを官能小説家のフロントランナー、草凪優氏の筆で読めるとは……そんなわたしの思惑が、まったく間違っていたことに気が付いたのは、ソープ嬢として働くことを決意したヒロイン・波留が、吉原の高級店<ヴィオラ>に面接に行き、採用された後のシーンだった。
プレイ内容についての不安を口にする波留に、<ヴィオラ>の店長、蒔田はこう告げる。 『難しく考えることはありません。恋人が相手なら、してあげたいこと、してもらいたいこと、いっぱいあるでしょ?』
10万円という値札がつけられたセックスと聞いて、わたしが想像していたのは、鍛錬され、卓越したテクニックを駆使したセックスだ。が、一流のソープ嬢に求められるのは、そういった小手先の技術ではないという。小器用ではあるけれど、その実、代替え可能なセックスではなく、お互いの関係性の上に奇跡的に成り立つ恍惚世界……官能小説家・草凪優氏の紡ぎ出す作品のようではないか。
本書『アンダーグラウンド・ガールズ』のヒロイン・波留は、とある事情から“稼げる仕事”を求めてソープランドで働くことを決める。恵まれたルックスと、真心を尽くした接客が好評を得て、入店したその月から、<ヴィオラ>のナンバーワンの地位を得るが、胸中には葛藤を抱えてもいる。
夜になって自宅のベッドに横たわると、『窓のない狭い個室で好きでもない男に抱かれたダメージ』がじわじわとやってくる。『曲がりなりにも日当十八万の自分は相当に恵まれていると言っていい』と、自分に付けられた値段に納得することで、折り合いをつけてはいるし、『誰にも独占されないし、誰かを独占したいとも思わない』という自由さも手に入れたものの、『幸福な花嫁を夢見ることを諦めた』と、絶望もしている。
そんな波留の働く<ヴィオラ>が、コロナ禍の影響で、閉店を余儀なくされてしまう。それぞれに、稼がなくてはならない事情を持った女性キャストたちは、ランクも待遇も下がる他店で働くのではなく、独立して<ヴィオラ>と同等のサービスを行うデリバリーヘルス<ヴィオラガールズ>を立ち上げることを決意する。
自分たちで店を経営するならば、客の支払うプレイ料金のほとんどが手元に残り、手取りが増えるメリットがある。が、女性が後ろ盾なく自らの性を売ることには、危険が伴う。<ヴィオラガールズ>の女たちは、いずれも2時間で10万円を稼ぎだすことの出来る優れた人的資本なのだ。めざとく目をつけて、力ずくで奪おうとする男たちが現れる。
もちろん<ヴィオラガールズ>だって黙ってはいない。男性スタッフに守られてはいたものの、孤独にサバイブしていた<ヴィオラ>の頃とは違って、<ヴィオラガールズ>には、ともに戦うことの出来る仲間の女たちがいる。しかし、自分たちで作りだした居心地のいい場所を守ろうとする彼女たちの連帯を揺るがすのは、理性を失うほどに性愛に囚われた、メンバーのひとりだった。
シスターフッドvs性愛、ヒロインたちを待ち受ける結末とは――。それぞれの人生を背負った<ヴィオラガールズ>に所属する女たちの強さと脆さが愛おしく、女たちの力を奪い取って自分の利にすることでしか生きられない男たちのどうしようもなさは、腹立たしく、恐ろしくもあり、哀れでもある。
官能の重みと、女性のエンパワーメントを同時に描き出した本書。男性はもとより、自らの基準を持ち、自分の足で、自立して生きたいと思う女性にこそ、読んでいただきたい作品だ。