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つながり、記憶され、帰る場所 青木千恵(フリーライター・書評家)

2021年2月の文庫新刊 原田ひ香『サンドの女 三人屋』ブックレビュー
つながり、記憶され、帰る場所 青木千恵(フリーライター・書評家)

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『サンドの女 三人屋』は、三姉妹をめぐる物語『三人屋』(単行本は2015年刊)の続編だ。舞台の「ラプンツェル商店街」は東京・新宿から私鉄で西に15分、駅前から1キロほど続く商店街である。

志野原夜月、まひる、朝日の三姉妹は、このラプンツェル商店街で生まれ育った。喫茶店「ル・ジュール」を営んでいた両親の死後、一緒に店を続けるには仲がよくなかった三姉妹は、両親が残してくれた店舗で3人別々に商売を始めることにした。朝は末っ子の朝日の喫茶店、昼は次女・まひるの讃岐うどん屋、夜は長女・夜月のスナックだ。朝・昼・晩で業態がガラリと変わる風変わりな店が開店して定着するまでが、前作の『三人屋』で描かれた。本書は、3年ほど経過した頃が描かれる。大学院生だった朝日が就職し、「三人屋」は業態を転換した。朝から昼時までは、次女のまひるが自家製の玉子サンドを売るサンドイッチ店、夜は夜月のスナックという「二毛作」になっている。

三姉妹はそれぞれに個性的で、一筋縄ではいかない。三女の朝日は姉たちと年が離れていて、名前の通りさわやかに、ポジティブに我が道をゆく。いちばん顔立ちの整った美人なのに、野放図な姉とかわいくてマイペースな妹に挟まれ、あらゆる場面で重荷を抱え込むのが次女のまひるだ。離婚して子供2人を育てるシングルマザーである。朝日とまひるにとり、ワケあり過ぎて悩ましい存在が、長女の夜月だ。商店街のモテ男、飯島大輔と駆け落ち騒ぎを起こして以来転々とし、水商売一筋20年。今でこそスナックのママとして故郷の商店街にいるけれど、いつまたいなくなるかわからないフーテン気質だ。

そんな三姉妹をめぐる「三人屋」の物語は、姉妹とかかわる男たちの視点を多用して描かれるのが特徴だ。前作は、ラプンツェル商店街をよく利用する会社員の森野俊生(26)、鶏肉店の三觜酉一(52)、八百屋からスーパーに転換した地元商店の飯島大輔(36)らの視点をメインにしていた。男性側に軸足を置いて三姉妹と「三人屋」を描くこの手法は、シリーズを独特で魅力的なものにしている。姉妹それぞれにどんないきさつや言い分があろうとも、男たちや別の姉妹から見れば、「言動」という「事実」に伴って「三人屋」は存在する。商店街の顧客が「お店」を見る目線とほぼ同じ。「見る」男たちと「見られる」姉妹が日々を過ごし、それぞれの時が流れていく。〈この町で子供の頃から育った人は、すべてを知られ、見られているのだ〉。誰が主人公でもなく、誰が正しいでも悪いでもなく、個性ある人々の言動がつながりあって街がにぎわう。このシリーズでは、そんな街の奥行きに分け入って、ひと時を過ごせる。個性ある人々が織りなす空間はとても心地よいものだ。

続編の本書は、男性側から語る手法がより強まっている。また、商店街の界隈に今現在住んでいるけれど、三姉妹と商店街のことを昔から知るわけではない「余所者」の視点をメインにしているのがポイントだ。福岡から上京したゲイの青年で、”身請け”されて豆腐屋に住み、店先で4年間、行き交う人を眺めていた近藤理人(26)、”ヒモ”の小説家・中里一也(29)、携帯ショップに配属された望月亘(30)ら、飯島大輔(39)を除く5名が、そもそもはラプンツェル商店街とゆかりのない「余所者」「いちげんさん」だ。20~30代の悩み多き彼らが、三姉妹とどうかかわり物語が展開していくか、三姉妹の運命がどうなるかが読みどころである。

三姉妹の日々は流れ、男たちの日々も流れる。姉妹も男たちも20~30代、恋愛、結婚、仕事で心揺れる年頃だ。恋人の古屋から「終わり」を突きつけられつつある理人が、故郷から遠く離れた街で「変化」していく姿は印象的だ。三姉妹と「三人屋」を糸口にしながら、どの人にも均等なまなざしを注いで描かれる、「輪舞」の物語だと思う。

「三人屋」の夜の店主は長女の夜月だが、自身も出たり入ったりしてどうにも定まらない彼女の「ゆるさ」は、童話『ラプンツェル』の魔法使いのように人を縛りつけない。3人別々に商売を始めた『三人屋』の物語では、それぞれに生きることが「つながり」の土台であり、業態などを変えつつ「三人屋」は続く。なんとなく通ううちに、故郷でなくても懐かしい、「帰る場所」として灯り続ける街の灯だ。店主の三姉妹ともども、行き着く場所がどこかはわからないけれど、今出入りする人同士のユーモラスなやりとりが楽しい。輪舞のようにゆるいつながりを持ち、新しく加わる人もいれば離れる人もいる。誰かがいなくなると「帰ってこないかな」と思う、彼らはそんなつながり方をしている。

とにかく面白いので読んでもらいたい。食も商店街も色恋沙汰も家族もある、素敵な物語だ。

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