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心を読めるAI・エマ誕生秘話 浜口倫太郎

3月刊単行本『君の心を読ませて』刊行に寄せて
心を読めるAI・エマ誕生秘話 浜口倫太郎

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究極の個人データは心ではないのだろうか?

これからのAI時代に向けての問題点が、個人情報の取り扱い方だ。AIは大量のビッグデータをディープラーニングすることで成長する。つまりデータが多ければ多いほどAIは進化するため、個人データはあればあるほどいい。

しかしプライバシーの観点から見ると、AIに自分の情報を取られるのに抵抗感を示す人が多い。ただその感情も、AIが普及するにつれ減るだろう。現に今の若者は、前の世代の人間よりもその抵抗感が少ない。

ならばいずれは自分の心を読ませても平気な人間が、この世界の大多数を占めるのではないか。そんな時代になったらこの小説で描いたような問題が生じるのではないだろうか。

そんなテーマでこの小説を書きました、と言えたらかっこいいんですが、これは思いっきり後付けの理由です。

この『君の心を読ませて』を思いついたきっかけは、この小説内で使われているあるギミック(仕掛け)をやりたかったからです。

ミステリーでは時々見るギミックで、前々からこれが好きなんです。詐欺師の映画とかにもありますね。ただこのギミックには問題点があります。

それは視点――。

小説の特徴的な表現方法に視点があります。小説はキャラクターの視点を通して、内面の感情を描いていきます。この感情や本音の部分を、嘘やでたらめでは書けません。

ミステリーだと難点なのが、犯人側やその協力者、真相を知る人間の視点では非常に描きにくいことです。だってその視点で描いてしまうと、すぐに読者に犯人や真相がばれてしまいますからね。以前『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』という小説を書いたとき、この視点の問題で苦労しました。

一番ベターなのが犯人に視点を与えないことです。まあこれは当然といえば当然なんですが、もう少しひねりがあるものも作りたい。

そこで作家は、犯人に視点を与えながらも巧妙に読者から真実をはぐらかします。視点をうまく切り替えて、ちょうど犯人の都合の悪いところは書かないとか、叙述トリックやダブルミーニングなどがよく使われますね。

日記や手記、今ではメールやSNSで文章を書いているという設定もあります。これだと読者に悟られたくない部分を違和感なく隠せます。現在進行形の状況や感情を書いているわけではないので、嘘を書いても大丈夫なんです。クリステイーの『アクロイド殺し』も手記の設定です。

自分が犯人だけど、犯人だと自身が気づいていないというパターンもありますね。これなら感情描写を入れつつも、真相は読者には最後までわかりません。上手い手です。

こんな風に、作家は常に視点で頭を悩ませるものなのです。

僕がやりたかったのは、主要キャラクター全員に視点を与えながらも、このギミックを成立させることです。しかも、きちんとキャラクターが殺される描写を描きながら。どうせならこれに挑戦しようと考えました。

ただこれはかなりの難問でした。視点を頻繁にチェンジしながら、パズルのようにうまく隠せないかとも考えたんですが、どう考えてもこの設定では不可能です。

映像ならばできるんですが、視点を通して描く小説という形式の難しさです。

そう頭を悩ませていると、『心が読めるAI』という設定ならば成立できると思いつきました。

読了されると、この意味がおわかりになるでしょう。

このテーマを追求したいからこれを作ったとか、作家や映画監督の思考を深読みされる方もいるんですが、どう面白くするかを考えていたら、結果そんなテーマになったケースの方が多いんじゃないでしょうか。

せっかく大好きなギミックを使うのだから、自分の好きなものをたくさん盛り込もう。近未来SF、十代の男女のシェアハウス、恋愛リアリティー番組っぽい雰囲気、クローズドサークル、美少女AI(猫耳、猫尻尾あり)、IQ250のギフテッド、殺人AI、白髪の博士、元気はつらつなアメリカの実業家、離島の釣り名人……。

こうして極上のエンタメ小説に仕上がりました。読了後、「ああ面白かった」と満足の息を吐いて、本を閉じていただけると確信しています。

ただそうは言いつつも、この作品には愛とは何かという普遍的な要素が盛り込まれています。今まで書いた小説の中で、「愛している」という言葉が一番頻出する作品となりました。

本当にエマのように心が読めるAIが誕生したらどうなるのか? そんなことを考えながら読んでいただけると幸いです。

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