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12月の文庫新刊『失踪』刊行記念ブックレビュー
鳴海 章「浅草機動捜査隊」シリーズの魅力 吉野 仁

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浅草の知られざる
裏の顔を描く警察小説

あなたは東京の浅草を訪れたことがあるだろうか。

たとえ東京都内や近郊の街で暮らしていても、住んでいる場所が東京山手線の東側か、西側で大きく違ってくるはずだ。とくに新宿、渋谷、池袋より西に住んでいる場合、東京駅や銀座ならまだしも、ふらっと浅草へ足を運ぶ、という人はまれだろう。

だが、近年、この浅草界隈は大きく変わろうとしている。雷門、仲見世、浅草寺、花やしきに演芸場、近くのかっぱ橋道具街といった定番のスポットだけが浅草の魅力ではないのだ。

ご存知のとおり、2012年、浅草から見て隅田川の向こう側に東京スカイツリーが開業したことや海外からの観光客が増えていることなどもあわせて、下町一帯がますます賑わうようになってきた。目下、浅草六区では大衆芸能の復活を謳(うた)った大規模な再開発プロジェクトが進行中であるなど、これからも浅草は新しくなっていくのだろう。

鳴海章による書き下ろしシリーズ、〈浅草機動捜査隊〉は、そうした〝今の浅草〟をはじめ、東京の北東部を主な舞台とした警察小説である。

もっとも本作では、先に挙げた有名な観光地や名所のみならず、いわば浅草の裏の顔といえる場所が多く登場する。時代がそこで止まっているような界隈、昔からの住人が描かれているのだ。ときに東京以外の土地が舞台になることもあるが、全般的には、まるで迷路のような街で展開する警察小説なのである。古くて新しく、貧しいけど味があり、侘しくも華やか、という風にどこを切り取っても混沌とした世界がそこにある。読者は、物語を追いながら、知られざる浅草を探訪した気持ちになるだろう。

現在〈浅草機動捜査隊〉シリーズは、『マリアの骨』から最新作『失踪』まで、ぜんぶで五作、刊行されている(すべて実業之日本社文庫)。

ベテラン刑事と
新米刑事の奮闘

その記念すべき第一作『マリアの骨』は、氷雨の降る二月、ある火葬場におけるシーンから始まる。

辰見悟郎は、浅草機動捜査隊に所属するベテラン刑事。埋立地にある公園の一角で死体となって発見された女性、大川真知子の火葬に立ち会い、彼女の骨を、真知子の娘である亜由香と一緒に拾っていた。やがて辰見は、相棒の新米刑事・小沼優哉とともに連続殺人事件の犯人を追いかけていく。

まずは、第一作ということで、辰見と小沼という二人の主人公をはじめ、機動捜査隊・浅草日本堤分駐所に勤務する刑事たちの紹介がなされていく。機動捜査隊とは、事件発生直後の初動捜査を担当する警察官のこと。すなわち、事件が起こるとまっさきに彼らが駆けつける重要な役目を担っているのだ。

また、日本堤の機動捜査隊は、第六方面(台東区、荒川区、足立区)を管轄としている。この「日本堤」という地名をはじめて耳にした人も、そこが吉原大門(よしわらおおもん)のすぐ北どなりであると知れば、だいたいの位置が把握できるかもしれない。とくに江戸を舞台にした時代小説や落語などがお好きであれば、雷門から浅草寺を抜け、その先を行けば日本堤だ。

さらに、もう少し北へ向かうと、明治通りと吉野通りとの交差点に泪橋(なみだばし)がある。年輩の方なら、マンガ『あしたのジョー』でお馴染みの場所だ。すぐ近くが、いわゆるドヤ街で知られる山谷(さんや)で、そこから南に下ると通称マンモス交番、日本堤交番がある。その同じ建物の二階に入っているのが、機動捜査隊の日本堤分駐所なのである。

さて、『マリアの骨』に話を戻すと、冒頭のシーンで火葬された大川真知子は娼婦で、何者かに絞殺されたのだ。じつは辰見と真知子とは昔からの知り合いで、浅からぬ仲だった。やがて、新たな殺人事件が発生する。辰見は小沼とともに事件の現場へ赴き、質屋の女主人らへ聞き込みをはじめた。いったい彼らは、何を見て、何を調べ、どんな証言を引き出すのか。

『マリアの骨』は、辰見の活躍と合わせて、新米刑事である小沼の成長物語がメインとなって展開していく。小沼の青二才ぶりが強調されるかのように描かれているのだ。そのほか、機動捜査隊や警察の仲間たちはもちろんのこと、元深川芸者にして、元殺し屋(ヒットマン)の孫であるマキ、鳶の親方など、多彩な脇役が登場し、警察捜査をめぐる面白さのみならず、刑事たちを取り巻く人間模様が楽しめる。もっとも雨の火葬場から始まる本作は、殺された女性に対する哀切な感情が胸に残る小説でもある。

連続猟奇殺人に
立ち向かう熱い物語

第二作『月下天誅』では、むしろ小沼が物語の主役として活躍を見せる。谷中の墓地で、「最後のフィクサー」と呼ばれた男が殺された。日本刀で首を刎(は)ねられるという異常な殺人だ。ここでは、危なっかしいながらも犯人に立ち向かっていく小沼の奮闘ぶりが光っている。

第三作『刑事の柩』は、ふたたび辰見が主人公として、連続猟奇殺人事件を追っていく。辰見は、大川亜由香から相談を持ちかけられた。『マリアの骨』の冒頭に登場した少女で、大川真知子の娘だ。あれから三年が経ち、いまは富山県の魚津に住む彼女が東京へやってきて辰見と再会した。なんでも友達がストーカーにつきまとわれて困っているという。

この『刑事の柩』では、「護謨(ゴム)男」という異様でおぞましい犯罪者の登場もさることながら、ベテラン刑事・辰見の内に秘めた信念が見えるような、熱い物語となっている。この物語の冒頭、辰見は、機動捜査隊の同僚で警察学校の同期である成瀬から「年内で別の部署への異動が決まっていて、刑事は廃業」という話を聞かされる。そろそろ定年の声が聞こえてきそうな年齢なのだ。だが辰見は、刑事であることをやめようとは考えない。その一方で、大切な人を守るためには、たとえ職を失おうとも最善の行動を尽くして闘う。辰見のこうした身を引き裂かれるような思いが書き込まれているだけに、シリーズのなかでも衝撃的な一作となっている。





持ってるヒロイン刑事
稲田小町の登場

しかし驚いたのは、第四作だ。これまでは辰見と小沼のコンビによる警察小説の形をとってきた。

ところが、『刑事小町』では、新たにヒロインが登場する。稲田小町という女性刑事なのだ。しかも浅草分駐所の班長に就任したのである。小町は、もともと保育士だったが、そのときに起きた、ある悲惨な事件がきっかけで警察に入ることとなったという異色の経歴を持つ。

『刑事小町』で扱われているのは、まず幽霊屋敷として知られる元病院で首吊死体が発見された事件だ。死んでいたのは弁護士。じつは六年前の小学生殺しに関係していた。本作では、稲田小町が、いかに〝持っている〟のかが強調されている。犯罪を取り調べ、犯人を逮捕するのが刑事の仕事とはいえ、何度も手柄をたてる警察官がいる一方で、容疑者に手錠をかけることなど、なかなかできない者もいる。その点、小町は、前者の側なのだ。

現代日本の悩める一面を反映
最も前衛的な真犯人を追え

そして、2014年12月に刊行されたばかりの第五作『失踪』では、前作同様、稲田小町がふたたび大いなる活躍を見せる。

この作品では、近年のペットブームとそこにつけこんだ犯罪、そして未婚者の人口が増え続ける現在日本の悩める一面を見事に捉えている。

なにより『失踪』では、その犯人像が斬新だ。『刑事の柩』の「護謨男」と対照的かもしれない。いや、もしかすると、犯罪小説において、もっとも前衛的な真犯人の登場なのではないだろうか。まさしく時代を映す鏡としてのミステリーがここにある。本作の誘拐犯と同じような境遇や心境の人は、おそらく現実に少なからずいるだろう。世間を震撼させるような猟奇犯罪や警察を翻弄する知能犯ではないが、本作『失踪』で描かれた犯罪は、それらと同じくらい不気味に見える。ネタを明かすことになるので詳しくは書けないが、これは同時に、稲田小町自身の悩みとも重なっているため、より作品に深みが感じられるのだ。

これからも続く
機動捜査隊の活躍!

さて、第一作から第五作まで、〈浅草機動捜査隊〉シリーズをざっと紹介してきたが、まだまだ語り尽くせてはいない。

たとえば、男女の性愛をめぐるエロス、いささか下品で野卑な表現を含むユーモアなど、このシリーズでは、あっけらかんとした生身の人間臭い部分が遠慮なく描かれており、そこがまた魅力となっている。シリーズ第一回から登場する中華屋〈生馬軒〉をはじめ、刺身のうまい喫茶店〈ニュー金将〉など、食欲がわきたつ下町B級グルメの紹介も多い。〈不眠堂〉という世間から見ていかがわしい古本屋の店内は、なにか聖と俗、知と痴が渾然とした様相を見せている。まさに浅草ラビリンス。そこにふさわしい店や人物が次々に登場するのである。

本シリーズはまだまだ続き、2015年の春に、第六作が刊行される予定という。次作で活躍を見せるのは、はたして辰見か小沼か、それとも小町なのだろうか。

ぜひシリーズ第一作『マリアの骨』から手にとっていただきたい。すでに第四作まで読まれた人は、最新作の『失踪』をお見逃しなく。浅草や周辺の下町がどんどんと新しくなっているように、この〈浅草機動捜査隊〉シリーズも、ますます変貌を遂げ、新たな魅力を発揮していくだろう。

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