2021年5月の新刊 東川篤哉『野球が好きすぎて』あとがきより抜粋
作家人生で初めて「あとがき」を書いた理由 東川篤哉
私は『あとがき』を書いたことがありません。間もなく二十年にも及ぼうかという作家生活の中で、これだけは本当に未経験。いったいなぜ、そうなったのか?
「べつに書くよう求められなかったから」「何を書けばいいのか判らないから」「所詮、何を書いても蛇足だから」などと、様々に理由を挙げることは可能ですが、結局いちばんの理由はコレ ――「面倒くさいから!」
そりゃそうでしょう。本編を書き終えた後でさらに違う何かを書き残すなんて、見事リーグ優勝を果たした後でさらに二位や三位のチームと戦えっていわれるようなものですもんね。やってられませんよね(ちょっと違いますか?)。
とはいえ、べつに私は『あとがき』が嫌いなわけではありません。他の作家が書く『あとがき』は、むしろ大好物。大抵は本編よりも先に読むタイプです。あるいは書店での立ち読み段階で『あとがき』だけ読むことも、しばしば( ――あッ、いいんですよ、お客さん! あなたを皮肉っているわけでは全然ありませんから!)。
そんな私ですが、今回は『あとがき』を書きます。面倒を承知で敢えてそれを書く理由は、なかなか説明しづらいのですが、エモやん風にいうなら、それこそがこのミステリを十倍楽しく読む方法、いや、読んでもらう方法だからでしょうか。 ――エモやんって、判りますよね?
ではまず、このちょっと特殊な連作短編集のちょっと奇妙な成立過程の話から。
そもそも事の始まりは二〇一六年、実業之日本社の編集部が立案した野球小説企画でした。それは複数の作家に「高校野球」をテーマに短編を書いてもらい、文庫アンソロジーとして刊行するというもの(二〇一七年『マウンドの神様』として刊行済み)。それで野球好きの私のところにも執筆依頼が舞い込みまして、こちらはもちろん即OK。カープファンの名に懸けて渾身の全力投球で書き上げた短編が、『カープレッドよりも真っ赤な噓』というわけです。 ――と、このように書くと、読者の中には首を傾げる向きもあることでしょう。
「おいおい、テーマは『高校野球』なんだろ? この作品の、いったいどこが高校野球小説なんだよ。どう考えたってプロ野球小説じゃないか。こんなのルール違反だ、ルール違反!」
――はぁ、ルール違反!? 立ち読みしているあなたに、いわれたくないですね!
いや、べつにいいです。疑問を感じるのも無理ないですしね。だけどホラ、この作品、よーく読んでみてくださいよ。ちゃんと書いてあるでしょ、ほんの数行ですけど『智辯学園』に纏わる薀蓄が。もちろん『智辯学園』といえば、野球好きなら誰もが知る甲子園の常連校。てことは、これはもう立派な高校野球小説ってわけです。 ――私はそう思いますよ!
それに裏話を披露しますと、そもそも執筆依頼があった時点で、当時の担当編集者I氏から「東川さんはカープファンだからプロ野球の話でも構いませんよ」と、しっかりそそのかされて、いや、しっかり了解を得ていたのです。だから問題はありません、たぶん。
とにもかくにも、そんな事情で生まれた『カープレッドよりも真っ赤な噓』ですが、いざ世に出してみると、意外なほど反響がありました。まずは本格ミステリ作家クラブが編纂するアンソロジー『ベスト本格ミステリ2018』の一編として選出されたことが、ひとつ。もうひとつは、とある有名ミステリ作家に褒められたことなのですが……いや、その話をする前に!
――あとがきはまだまだ続きます。以降は書籍『野球が好きすぎて』でお楽しみください。(編集部)