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〈ジェンダー不平等国〉ニッポンに、出でよ、たくさんの芹沢小町。 斎藤美奈子(文芸評論家)

2021年6月の文庫新刊 西條奈加『永田町小町バトル』作品解説
〈ジェンダー不平等国〉ニッポンに、出でよ、たくさんの芹沢小町。 斎藤美奈子(文芸評論家)

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すでに本書をお読みになったあなたなら、「ジェンダーギャップ(格差)指数」についてはもちろんご存じですよね。本書の174〜175ページにも説明がありますが、いちおう繰り返しておきますと、これはスイスのシンクタンク「世界経済フォーラム」が2006年から調査している男女平等度をはかる指標で、経済、政治、教育、健康の四分野を対象に国別のランキングが発表されます。

日本はずっと100位あたりをうろうろしていたのですが、2019年にはついに121位に転落。21年版では156カ国中120位でした。

特に立ちおくれているのは政治分野で、政治だけのランキングだと、21年版でも日本は147位。これは女性議員や女性大臣の少なさが影響しています。21年4月現在の衆議院における女性議員の比率は9・9パーセント。OECD加盟37カ国の平均は29パーセント。日本はため息が出るほどのジェンダー不平等国なのです。

さて、本書『永田町小町バトル』はそんなお寒い状況の中で、何の政治経験もないひとりの女性が国会議員として奮闘する物語です。

吉川英治文学新人賞を受賞した『まるまるの毬(いが)』(2014年)や、直木賞を受賞した『心淋(うらさび)し川』(2020年)など、西條奈加はこれまで主として時代小説畑で活躍してきました。その意味で、同時代を舞台にしたバリバリの現代劇である『永田町小町バトル』は、彼女の異色作とも新境地ともいえる作品です。

永田町のバトルと聞くと、私たちがつい思い浮かべるのは、選挙戦に勝つまでの熱いが醜い戦いとか、政治家同士の足の引っ張り合いとかです。が、それは日頃のニュースが政局にばかり気を取られている証拠。『永田町小町バトル』にもバトルの要素は含まれておりますが、これは従来のオヤジ政治を描いた小説とは一線を画しています。

本書の読みどころは大きく二つあるといっていいでしょう。

ひとつはもちろん、主役の魅力とストーリーのおもしろさです。

主人公の芹沢小町は34歳。小学六年生の娘と二人で暮らすシングルマザーです。長崎県の離島で生まれ、幼なじみと結婚して娘が生まれるも、町議選に出たいといい出したのをキッカケに夫との関係がこじれて四年前に離婚。町議選にも落ちた小町は、逃げるように島を出て、福岡へ、東京へと居を移します。

ところが世間は思っていた以上に、ひとりで子どもを育てる母に冷たかった。夜の仕事に就いた小町は、夜間に子どもを預かる保育施設の少なさに呆然とし、〈ないなら、新しく作るしかないじゃない?〉とばかり、24時間体制で子どもを預かるNPO法人「いろはルーム」を開設してしまったのでした。

そんな小町が区議会も都議会もすっ飛ばして、なぜいきなり国会議員を目指したのか。議員になった目的を問われた小町は決然と答えます。

〈もちろん、子供政策です。待機児童、子供の貧困、学費援助と、子供に関わる問題は枚挙にいとまがありません。私が国会(ここ)に来た目的は、ただそれだけです〉

そうなんですよね。政治家って本当は、どうしても実現させたい政策があるとか、通したい法案があるから志すべき職業なんですよね。

もっとも小町には小町なりの計算もあった。「現役キャバ嬢」という肩書きはどのみち自分について回る。だったらそれを逆手にとろう。〈最初から色物なのだから、できるだけ派手に目立った方がいい。それには都区より、国会でしょ?〉

芹沢小町の最大の強みは「アマチュア」であることです。

新人議員を支える「こまち事務所」の面々も素人ばかり。

第一秘書の遠田瑠美は29歳。もとはといえば小町が働く店の同僚で、大企業の秘書だった経歴を買われて議員秘書に転職。地元事務所を預かるしっかり者です。

第二秘書の紫野原稔は、パン工場を定年退職したばかりの六五歳。かつて与党議員の秘書だった経験があり、みんなが頼りにしていますが、本人はご隠居風。

政策秘書の高花田新之助は三一歳。有名私立大学を出て大手商社に勤めた後、一念発起して渡英、MBAを取得した頭脳明晰な人物ですが、じつは小町が働く店のオーナー・高花田千鶴子の息子で、心配性なのが玉にキズ。

以上三人の公設秘書のほか私設秘書が二人いて、地元事務所には村瀬敦美(40代・元「いろはルーム」勤務の保育士)が詰めており、多部恵理歩(27歳・元保育士。政治の知識ゼロ)が永田町議員会館と地元を行き来しています。

紫野原以外はいささか頼りないメンバーですが、小町との絆は強く、永田町のしきたりには疎くても、自身の体験を通じて人々が何を欲しているかは知っている。

こうした素人同然の面々が、百戦錬磨の政治のプロが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する永田町に乗り込むのです。おもしろくないわけがありません。

本書のもうひとつの特徴は、国会審議のしくみ、小さな政府と大きな政府といった経済政策の基礎、子ども政策の現状、保育行政の煩雑さなどなどが、小説とは思えないほど詳しく書かれていることです。実際、この本で、政治のしくみをはじめてリアルに理解したという人が、私の周辺には何人もいました。

議員になり、前から温めていた議員法案を提出するつもりだった小町ですが、野党の新人議員でしかない小町の前には高い壁が幾重にも立ちはだかっていた。

〈法律の立案に参加できるのは、原則、与党議員だけなんだ〉と語る高花田。しかも予算をともなう法案には、賛成議員を〈衆議院なら五十人、参議院で二十人そろえないとならない〉。法案の行く末にはだから、高花田も紫野原も悲観的です。たとえ50人集められても〈国会の本審議にも、一〇〇%上ることはないね〉〈たぶん委員会で止められて、ほとんど相手にされないだろうね〉。

〈私は、後のことなど考えてないわ。いまのうちに、どれだけ派手な花火を上げてみせるか、それが大事。私が国会議員を選択したのも、そのためよ〉

そう豪語する小町ではありますが、はたして右のような高い壁を彼女は突破できるのか。それが、物語後半の読みどころです。

興味深いのは、小町が別の女性議員を計算に入れているところでしょう。

まず小町と同じ新人議員の小野塚遼子(36歳)。名門大学から外資系の証券会社に入社したエリートで、祖父は総理大臣、父も曾祖父も政府の要職を歴任したという、与党・自雄党の世襲議員です。もうひとりは小町が議員になる道を拓いた野党第一党・民衛党の久世幸子(59歳)。五期目を迎える現在は民衛党の代表代行です。

二人とも小町とはちがい、従来の永田町のセオリーに則って政治家になった女性ですが、待機児童や子どもの貧困などに寄せる思いは小町と同じ。

自分とは立場の違うこの二人をどうやって法案の成立に巻きこむか。小町がとったのはオキテ破りともいうべきアクロバティックな方法でした。このような方法が、実際の永田町で実現可能かどうかはわかりません。しかし、小町は考えるのです。〈与党であろうが野党であろうが、そんなことはどうでもいい〉〈どこの誰が作ろうと構わないから、子供のための法案を小町は是が非でも通したかった〉

与党と野党の攻防が、ひいては選挙が政治のすべてと考えがちな従来型の政治家と、小町がまったく異なる発想の持ち主であることを右の台詞は示しています。女性政治家の少なさを憂い、日本の将来にまで思いを馳せる小野塚遼子とも芹沢小町は違っている。70年代の第二波フェミニズム(ウーマンリブ)は「個人的なことは政治的なこと」という秀逸な標語を生み出しましたが、小町はまさにそれを地でゆく女性なのです。

日本はため息が出るほどのジェンダー不平等国だと申しました。なぜ女性議員を増やす必要があるかって? それはね、数合わせの問題ではなく、女性や子どもに関わる政策には当事者である女性の視点が欠かせないからです。芹沢小町のようなアマチュアの女性がもっとたくさん議会に送り込まれれば、日本は確実に変わるでしょう。小町は政治のアマチュアではありますが、生活難のプロですから。

思想信条の異なる与野党の女性議員が共闘するなんて無理、と思われるかもしれません。ですが1990年代には、実際にも超党派の女性議員が動いて通った法案がいくつもあります。1999年に成立した男女共同参画社会基本法は、当時社民党党首だった土井たか子さんと新党さきがけ代表だった堂本暁子さんが中心になってできた法律ですし、母体保護法、ストーカー規制法、育児休業法(現在の育児・介護休業法)、改正均等法ほか、超党派の女性議員の協力で多くの法律が成立しています。

本書では、小野塚遼子がジェンダーギャップ指数の順位を大きく上げたフランスの例を挙げていましたが、2021年にも前回の53位から30位まで順位を上げた国があります。この分野では遅れていたアメリカ合衆国です。

共和党のトランプ政権に代わって誕生した民主党のバイデン政権は、副大統領にカマラ・ハリスさんを指名し、25人の閣僚中12人が女性で、史上はじめて男女ほぼ同数になりました。大統領選と同時に行われた上下両院選でも、女性議員が過去最多を更新、女性議員比率は20%から27%に上がりました。

ジェンダー平等後進国の日本でも、変化の兆しは見えています。2018年には「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」(日本版パリテ法)が施行され、曲がりなりにも女性議員を増やす方向性が示されました。2021年には元首相の女性差別発言を機に「わきまえない女」が流行語になりました。

その意味でも『永田町小町バトル』は、世間より永田町よりひと足早く、政治を志す女性たちにエールを送る小説だったともいえます。

本書の陰の主役は小町の娘の菓音でしょう。幼い頃から大人の都合に振り回されてきた菓音。しかし彼女は一貫して母の味方だった。

〈お母さん、配信見たよ! 今日のお母さん、最高に恰好よかった!〉

出でよ、たくさんの芹沢小町。菓音が大人になる頃には、小町のような苦労を味わわなくてもすむかもしれない。そう思わせてくれる、希望に満ちた結末です。

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