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作家デビュー20周年記念特別対談 堂場瞬一×菊池雄星
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メジャー3年目の今季、充実の投球内容で登板ごとに評価を高めている菊池雄星投手(シアトル・マリナーズ)は、無類の本好きとして知られています。スポーツ小説の旗手として、時代を先取りしたテーマに挑み、精力的に新作を発表。6月には高校野球小説『大連合』を上梓した堂場瞬一さんは、大のMLBファン。そんなお二人の初顔合わせが実現。本の選び方、読み方、書くことの意義……オンラインでアメリカと日本を繋いだ対談、じっくりご堪能ください。

構成・文/宮田文久

◆近年急増中の高校野球「連合チーム」がテーマ

堂場:菊池さん、初めまして。本日はお忙しいところ、本当にありがとうございます。

菊池:とんでもないです、よろしくお願いします!

堂場:『大連合』という作品は現代の新潟を舞台に、それぞれ不祥事と交通事故によって突然部員不足になった二つの高校が連合チームを組み、甲子園に出場しようとする……といった内容の高校野球小説なのですが、そもそも野球小説って読まれますか? ご自身が取り組んでいるスポーツが書かれるというのは、どんな気持ちがするものなのでしょうか。

菊池:とても楽しいですよ(笑)、よく読んでいます。

堂場:それはよかった、ホッとしました(笑)。菊池さんはかつて岩手の強豪校・花巻東高校でプレーされていたわけですが、連合チームと試合をしたことはありますか。

菊池:いや、対戦した経験はないですね。僕が高校に入学するぐらいからぽつぽつと連合チームが出てきていた記憶はあるのですが。

堂場:『大連合』で描いたような事情がなくても、人数が足りなくて一校では大会に出られず、連合チームを組む例は多くあるようですね。日本高校野球連盟は2012年夏から部員不足(8名以下)の高校に、連合チームの公式戦出場を認めています。コロナ禍の混乱があった昨年を脇におくと、一昨年2019年の夏の甲子園地方大会では、全国で86チーム(234校)の連合チームが出場しているというんです。

堂場瞬一

菊池:そうなんですね、初めて知りました。

堂場:富山で好成績をおさめた連合チームが21世紀枠の候補になって、春のセンバツ出場が期待されたけれど選ばれず、といったことも、今年1月にありました。そうした連合チームというものは、菊池さんの目からどう見えますか。

菊池:知らない選手同士が集まって、甲子園などの目標に向かって努力するということは大変ですし、本当にすごいことだな、という印象を抱いています。

堂場:強豪校では、3年間同じ釜の飯を食って、ずっと一緒に練習や試合をしてチームワークを組み上げていくわけですもんね。

菊池:そうですね、僕らは3年間ほぼ全寮制だったので、それこそ朝から晩まで一緒にいました。だからこそ真逆の環境である、連合チームで戦うことの難しさ、絆の深め方といったことに対しては、尊敬するところがあります。励まし合い、涙を流しながら、出会えてよかったといいあえるような関係になっていく――高校野球のすばらしさのひとつだなあ、と。

堂場:本当にそうですね、『大連合』のドラマの中心もそこにあります。一方で、野球のみならず、ラグビーなど他のスポーツでも、人数が足りずに一校ではチームが組めない、という状況は珍しくなくなっていますよね。子どもの数自体が少なくなっていますし……。

菊池:はい。もちろん少子化の影響はあるのですが、小・中学生の野球人口(2007年~2016年)は、少子化の6倍のペースで減少しているというデータがあります。いろんな魅力的な競技があるなかで野球を選んでもらうためには、甲子園を目指すわけではない子どもたちも野球を楽しめる土壌が広がっていくといいな、と思います。小中学生のレベルなら、野球って楽しい、グラウンドに行くのが楽しいと感じさせてくれる指導者が、どんどん増えてくれればいいですね。そこから先の高校野球や、それこそプロといったレベルなら、「この指導者についていきたい」「この人を勝たせてあげたい」と思わせてくれる監督というように、僕の理想像も異なります。

◆本を読みながら自分に問いかけて整理をするのが好き

堂場:なるほど。指導者ということでいうと、菊地さんが読書家になった大きなきっかけは、花巻東の佐々木洋監督ですよね。

菊池:もともと両親の影響で、小学校時代から本は好きだったんですが、その上で佐々木監督の言葉からは大きな影響を受けました。本を読めば、海も飛び越えて世界の一流の人の考えに触れることができるし、何百年も過去の偉人の話も聞ける――そんな本はとても大事なんだ、と。当時は、今のようにSNSもなかったですし。

堂場:菊池さんが読んだ本として紹介されているものを見ると、ジャンルを限定せずに乱読していますよね。あえてこだわらないようにしているんですか?

菊池雄星

菊池:はい、こだわりはむしろ持たないようにしてるんです。できるだけリアルな本屋さんで買うようにしているんですが、全部のコーナーを無心でまわります(笑)。特定のジャンルの本を読みたいと思って本屋さんに行ってしまうと、いろんないい本がそこにはあるはずなのに、目に入らないで目的に一直線に向かってしまいますから。「読みたい!」と思う本も、毎回変わります。メンタルの状態や、自分が必要なものの優先順位が、そのときによって全然違うので。本との出会いって、そういうものだと思っているんです。

堂場:小説もノンフィクションも読んでいらっしゃいますが、アスリートの方がよく好まれるような自己啓発系の本は、あまり読まれないのですか?

菊池:あまり読まないですね……いや、“栄養ドリンク”のように読むことはあります。元気になりたいときにサラッと読んで前向きになることはあるんですが、絶対的な法則はないといいますか、そんなに簡単にはいかない、人それぞれだよねとは思っているので。

堂場:心身をつくる“主食”ではなく、エナジードリンクのようなものなんですね。

菊池:そうですね。むしろ小説のように、「答えがない」というか、読みながら自分に問いかけて整理をしていくほうが、僕は好きですね。

堂場:まさに小説って、答えが出ないんですよね。読み終わってから自分でモヤモヤ考える時間へと誘い込んでくれるのが小説の役割じゃないかとも、僕は思っていて。そこをきっちり読んでいただいているので、われわれ小説家としては嬉しい限りです(笑)。 僕も今回、菊池さんの『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋)を拝読しました。日記がご自身の成長にとって重要な役割を果たしてきたことがわかります。僕が日記をつけるときはもっぱらパソコンなのですが、菊地さんの場合は、手書きで紙に日記をつけることで蓄積していく何かがあるのですか? 

堂場瞬一

菊池:ありますねえ。パソコンで入力することはなく、ノートに書いて、記憶させる、の繰り返しですね。スポーツ選手なら調子が良いときと悪いときが絶対にあるわけですが、自分のノートを読み返すことで「あ、このときはこう考えていたから良かったんだ」「こういう練習をしていたんだ」という発見がある。だから、貴重な財産になるんです。

堂場:たとえば、ある試合で調子がすごく良かったとして、その直前の調整だとか、食べたものであるとか、そういったものが後から役に立ってくることがある、と。

菊池:そうなんです。僕らは五感を使うので、そのときの……何でしょう、匂いだったり、身体の体勢の感覚であったり、そういったものが読みながら甦るんです。ああ、このときは身体がどっしりしていたな、とか。とても抽象的なんですけれど。

堂場:それは他人が読んでもよくわからないものでも、本人が読み返せば、字面(じづら)からわかるものなんでしょうか。

◆言語化できない感覚をあえて言語化する

菊池:はい。抽象的すぎて、感覚だけで思い出そうとしてもわからないものですが、言語化できない感覚をあえて言語化しておくと、わかるものがあるんです。二度とこの感覚を抱くことはない、ということは前提にしているんですが。

堂場:二度とない、ですか?

菊池:同じことをやりたいんですが、完璧にマッチすることはないから、なかなか難しいです。それをあえて紙に書いて残し、何年か後に読み返すと、「ああ! あのときのあの感じって……」と、五感で思い出す。その感覚とたしかにつながって、身体で表現できるときは、それこそ調子は良いですね。とはいえ、文字で見て頭ではわかっても、表現できないということもあります。割合としては半々くらいですね。

菊池雄星

堂場:なるほど、面白い。いずれにしても、文字だからこそ記憶が思い起こされるのかもしれないですね。

菊池:たしかに、僕の場合は文字です。聴覚が優位な人もいるでしょうし、いろんなタイプがあると思うんですけど、僕はたぶん、もともと視覚が特に優位なんじゃないかと思います。 逆に伺いたいのですが、堂場さんがハイペースで執筆されるコツはあるのでしょうか。

堂場:それこそ毎日練習するような、アスリート感覚に近いものかもしれません。5年先ぐらいまで書きたいものはあって、そのために全方位にアンテナを張りながら、毎日書く。

菊池:僕もいろんな方向にアンテナを伸ばすようにしています。野球のために勉強したものよりも趣味に近いもののほうが、「あ、これは野球に使える」とストックになる、そんな可能性を秘めていると感じるんです。

堂場:菊池さんの読書傾向が、まさにそうですね。

菊池:はい。コーヒーも好きなんですが、そうしたものを、五感をフルに使いながら楽しんでいます。

堂場:その積み重ねの日々の中で、苦境に陥ることもありますよね。まさに『大連合』はそうした苦境に立ち向かう話なのですが、菊池さんはどう挑みますか。

菊池:今思い浮かんだのは、ある人の言葉です。プロ1年目、すごく悩んでいたときに通っていた、西武ライオンズの寮の近くのごはん屋さんがあるんですが、そこの大将と仲良くなりまして。大将がすごくいいことをいってくれたんですよね。 氷のとける時間は固めた時間で変わる。ゆっくり固めた氷はとけにくいんだ。雄星も今は大変かもしれないが、じっくり固めればきっと長く続けられるから頑張れ、って。 その言葉は、10年以上経った今でも覚えています。

堂場:いい話ですね。僕のまわりに、そんなことをいってくれる飯屋のオヤジはいなかった……(笑)。 最後にひとつ、「こんな野球小説が読んでみたい」というようなものってありますでしょうか?

菊池:手前味噌になってしまいますが、僕の母校はすごく面白いと思います(笑)。岩手県内の選手だけで日本一を目指そうとしていて、本気のメンバーが集まっている。まだ目標には届いていないですが、いい高校だなあと、改めて感じています。

堂場:いいですね、今度またみっちり、高校時代の話を伺えればと思います(笑)。

菊池:ハハハハハ! 楽しみにしています。

堂場:こんな状況ではありますが、またいつか渡米できる日が来たら、シアトル・マリナーズの本拠地T-モバイル・パークのスタンドで応援させてください!

菊池:はい、ぜひ!

堂場瞬一

どうば・しゅんいち●1963年生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。警察小説とスポーツ小説の両ジャンルを軸に、意欲的に多数の作品を発表している。小社刊行のスポーツ小説に『チーム』『チームⅡ』『チームⅢ』『キング』『ヒート』『大延長』『ラストダンス』『1934年の地図』『ザ・ウォール』などがある。

菊池雄星

きくち・ゆうせい●1991年、岩手県盛岡市生まれ。2007年に盛岡・見前中から花巻東高に進み、09年、3年春の甲子園で準優勝、夏は4強入りを果たした。高校卒業後に米大リーグ挑戦の意思もあったが、日米球団との面談を経て断念。同年のプロ野球ドラフト会議で6球団から1位指名を受け競合の末、西武ライオンズ入団。プロ野球通算158試合に登板し、73勝46敗1セーブ、防御率2.77。19年、10年の時を経てMLBに挑戦し、シアトル・マリナーズに入団。16年、フリーキャスターの深津瑠美さんと結婚し、19年には第1子となる長男・嶺雄(レオ)君が誕生。年間300冊を読むなど球界屈指の読書家として知られ、20年からは地元岩手県で50年以上に渡り開催されている「岩手読書感想文コンクール」を全面バックアップ。こどもたちに読書の大切さを伝える活動を展開。

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