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それでもプロ野球が好きすぎて

異色対談! 東川篤哉×尾崎世界観
それでもプロ野球が好きすぎて

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東川篤哉さんの最新作『野球が好きすぎて』。プロ野球界の実際の出来事が事件の鍵を握る、広島カープファンで知られる東川さんならでは趣向の痛快作です。この刊行を記念して、尾崎世界観さんとの対談が実現しました。『野球が好きすぎて』について、コロナ禍で変わった野球観戦のスタイルなどなど、両者話の尽きない好試合ならぬ好対談、お楽しみください。

構成/友清 哲 撮影/小嶋淑子 ヘアメイク/谷本 慧

●消える打球に消える野手。“事件”だらけのプロ野球シーン!?

――熱心なスワローズファンとしても知られる尾崎さんですが、東川さんの新刊『野球が好きすぎて』をどのように読まれましたか。

尾崎:1シーズンにつき1編という形式なので、野球ファンとしては、読み進めながらいろいろ当時のことを思い返しました。何より、ここまで野球だけを題材にした作品を読むのは初めてだったので楽しかったです。

東川:ありがとうございます。

尾崎:DeNAベイスターズのスペンサー・パットン投手が試合中に冷蔵庫を殴って骨折したくだりを読んで、ヤクルトスワローズにいた中継ぎ投手のローガン・オンドルセク投手を思い出しました。オンドルセクの、退団の原因になった試合を生観戦してるんですよ。

東川:おお、いましたねえ、オンドルセク!

尾崎:満塁の状態で野手がレフト前ヒットを後逸してしまい、それでオンドルセク投手がブチ切れてしまうんですが、観客席から見ていて「あれは怒るよなあ」と思ったのを覚えています。

東川:懐かしいですね。それなりに活躍していた選手だったと思いますが、それでもこうして退団して何年か経つと忘れてしまう。意図していたわけではないのですが、今回の作品がそういう過去の出来事をアルバム的に思い返すきっかけになるのは、作者としてとても嬉しいですよ。

――毎年、様々なドラマが生まれるプロ野球シーンの中で、そのシーズンのどの出来事を作品に取り入れるのか、迷いどころだったのでは?

東川:それが、そうでもないんですよ。この作品では2016年から2020年までの計5作品をまとめていますが、書いているときはいつもネタ不足で、「今年は何があったっけ……」と思い出すのに必死でした。もっとも、書き上げてから「あんなこともあったな。いや、こんなこともあったな」といろいろ思い出すんですけどね。

尾崎:わかる気がします。

東川:2017年のマツダスタジアムでは、カープ田中広輔選手の打ったレフトへの飛球がラバーフェンスの裂け目にすっぽり入って、ボールが消えてしまったかのように見えたことがありました。こういうのはいかにもミステリ的ですよね。

尾崎:横浜スタジアムでは、当時DeNAベイスターズにいた梶谷隆幸選手が、ボールをキャッチしながらぶつかったフェンスの扉が開いて、グラウンドから消えてしまったこともありましたよね(笑)。

東川:ありましたねえ。そういう秀逸なエピソードが、こうして話しているとあとからたくさん出てくるんですよ。それが悔しくて悔しくて……。

尾崎:記憶をたぐって書くのは大変ですよね。

東川:メモしておけばいいのでしょうけど、この連作集はいつも、その年のシーズンが終わってから印象に残った出来事を思い返すスタイルでやっていたので。それに、そもそも私はいつも、あまり試合を直視していないですし。

――と、言いますと?

東川:負け試合って見ていられないじゃないですか(笑)。ストレス溜まりますし。先にネットニュースなどでカープが勝ったことを知っていれば、あとからテレビのプロ野球ニュースなどを安心してじっくり見られるんですけどね。タイガースファンに多いタイプかもしれません。

尾崎:たしかにそうですね(笑)。

●「テレビ中継は3回まで見て、いったんテレビを消します」(東川)

――尾崎さんは球場で生観戦される機会が多いそうですね。

尾崎:平均すると、年に15試合ほどは生観戦していると思います。今年も、現時点(6月下旬)で5度行っています。

東川:それはすごい。

尾崎:スケジュールの空きと試合が重なったら、必ず球場に足を運ぶんです。

東川:それはすべて神宮球場なんですか?

尾崎:そうですね。ビジターのときのヤクルト戦はヤクルトファンが少ないので、どうしても神宮ばかりになってしまいます。

――以前と比べて観戦方法も大きく様変わりしました。テレビ観戦の場合はやはりDAZNで?

尾崎:そうなのですが、マツダスタジアムの試合だけはDAZNでは見られないので、その場合はラジオですね。Radikoを通してRCC(中国放送)を聴いてます。

東川:私はもっぱらケーブルテレビです。

尾崎:昔のように地上波で見られなくなって寂しさもありますけど、逆にそのつど手段を選べばたいていの試合が見られるようになったのは、野球ファンにとっては良いことだと思います。

東川:それは確かにそうかもしれませんね。

尾崎:おかげで、本当に野球が好きな人とそうでもない人の差がはっきりして、こうして熱心なファン同士で対談させていただく機会も増えました。

東川:私は最近なんだか変な見方をしていて、テレビ中継を3回くらいまで見て、そこでいったんテレビを消すんです。で、しばらく仕事をしてから試合の終盤に「どうなったかな?」とまたテレビをつけて、結果を確認するという。

尾崎:4回以降の展開が気になったりはしませんか?

東川:だって、どうせ負けてるんだろうし……。

尾崎:(笑)

東川:その点、試合開始の時点では絶対に0対0なわけですし、3回くらいまでならまださほど大差はつかないので安心なんです(笑)。

尾崎:僕は逆なんです。リードしているときのほうが不安で。

東川:ああ、徐々に追いつかれたり、逆転されたりするところを見たくないんですよね。それもすごくわかります。

尾崎:そう言った意味では1点差で負けてるくらいの状態が、精神衛生的には一番好ましいです。

東川:ああ、わかるなあ。球場で見ている分には、負け試合でも楽しいんですけどね。目の前でプロのプレイが見られるというだけで、一定の満足感がある。

尾崎:でも、現地観戦で負けると、帰り道の足取りが重くなります。相手チームのファンが嬉しそうに前を歩くのを、どんよりした目で見つめます(笑)。

●「カープのビジターユニフォームはうらやましいです」(尾崎)

――そうした心境をお聞きしていると、お二人ともマニアとしてもはや不思議な境地に達していますよね。

尾崎:生観戦の場合は、トイレに行くタイミングが難しいんですよね。トイレの中まで相手側のレフトスタンドから歓声が聞こえてきたりすると、もう気が気じゃないです。

東川:確かに、怖いのは攻撃よりも守備のときですよね。だから私はテレビで見ている場合、カープが守備にまわるとチャンネル変えたりしています。で、そろそろいいかなと思ってチャンネルを戻すと、状況が一変して大ピンチに陥っていたりする(笑)。

尾崎:本当は現地よりテレビのほうが、試合自体は細かいところまでよく見えるんですけどね。

東川:実際問題として、それはそうですよね。

尾崎:それでも、展開によって客席が沸いたりするライブ感がやっぱり楽しい。だから球場にいるときは、けっこうスタンドを眺めていたりするんです。

――また、ナイターのときはとくに、生で見る球場の芝生は美しいですよね。

尾崎:そうですね。球場の中に入ってスタンド席に上がっていくとき、コンコースから芝生が見えた瞬間、テンションが一気に上がります。マツダスタジアムにもぜひ行ってみたいです。新幹線から見えるので、いつも気になってます。

東川:当然ですが、球場からも新幹線が見えるんですよ。それがまた、味があっていいんです、あそこは。

――カープは近年、急速に人気が上がった印象がありますが、要因は何でしょう。

東川:何でしょうね? でもひとつ言えるのは、カープにかぎらずプロ野球全体として、ファンの観戦の仕方が変わってきたようには思います。ユニフォームを着てグッズを持って、みんなで盛り上がりながら観戦する人たちが明らかに増えました。

尾崎:あと、女性ファンも増えましたよね。

東川:そうですね。昔のようにおじさんたちがお酒を飲みながら観戦するのが中心ではなくなった印象です。カープの赤いユニフォームは、そういうイベント的な楽しみ方をするのにいいのかも。

尾崎:とくにあのビジター用の真っ赤なデザインは、気分が盛り上がるでしょうね。

東川:あんなに赤い服、普段はなかなか着る機会がないでしょうから、非日常的な気分が味わえるのかも。

尾崎:スワローズは長らくそういうカラーが定まらずにいたので、ちょっとうらやましいです。

東川:たしかにスワローズは最近ずっと、模索していた感じがしますよね。緑に定着しつつあるようですが、あのユニフォームはファン的にはどうなんですか?

尾崎:これから馴染んでいくと思うんですけど。でも色が定まらないところも、それはそれで愛しいです(笑)。

●「安楽椅子探偵の名前に大笑いしました」(尾崎)

――尾崎さんは小説家としても活動していますが、ミステリを読む機会もありますか?

尾崎:それが、普段はあまりミステリを読まないんですよ。だから『野球が好きすぎて』のような作品は新鮮で、テクニックの部分に注目して読んでいました。野球観戦にたとえて言えば、「あ、ここで盗塁するんだ」とか、「右打ちでランナーを進めたな」といった具合に。

東川:たしかに、ミステリとしてオーソドックスな手法をいくつも使った作品ですからね。

――『野球が好きすぎて』は安楽椅子探偵ものでもあると思います。

尾崎:あの、ベースボール・バーにいる毎回名前が変わる謎の女性ですよね。最初に出てきたときに名乗った「神津(かみつ)テル子」に大笑いしたので、2話目でもう違う名前になっていてびっくりしました。

東川:2016年当時は「神ってる」という言葉が通用したからいいんですが、翌年にはもう古い言葉になってしまったので、変えざるを得なかったんですよ。おかげで毎回、彼女の名前をひねり出すのに一苦労で、こんなことなら最初からずっと使える名前にしておけばよかったと後悔しました(笑)。

尾崎:もともと、毎回名前を変えることを想定していたわけではなかったんですか。

東川:そうなんです。というか、1話目を書いている時点では単なる短編作品のつもりでしたからね。それがこうして連作形式になったがゆえに、毎年そのシーズンに相応しい名前を考えなければならないはめになりました。

●コロナ禍のライブと野球、客席の風景

――さて、世はまだまだコロナ禍の真っ只中にあります。プロ野球を取り巻く事情も、以前と比べて大きく変わりました。率直にお二人の今の思いを聞かせてください。

東川:中継を見ていて、単純に「これで球団経営が成り立つのかな?」と疑問に感じていますよ。なかなかお客さんをフルに入れられない状況が続いていますが、それでも選手の年俸が下がるわけではないので、どうしても台所事情が気になってしまいますよね。とくに広島は親会社というのが存在しないので心配しています。

尾崎:確かにそうですね。僕も去年は1回しか球場へ足を運べていません。でも、悪いことばかりでもないと思います。観客数を5000人に抑えていると、人と人との距離が空いて快適です。逆に、これまでいかに密な状態で観戦していたかをあらためて痛感します。だから、初めて球場に行く方にとっても良い環境なのかもしれないですね。

東川:今は球場へ行っても、歓声をあげてはいけないんでしたっけ?

尾崎:そうですね。でも、つい小さく出てしまう時もあります。

東川:ああ、やっぱり。テレビで見ていても、誰かが打つと歓声が聞こえるからおかしいなと思っていたんですよ。

尾崎:あれはもう不可抗力ですね。

――音楽のほうでも、客席で声を出すことは禁じられていますよね。

尾崎:そうですね……。

東川:客席が静かだとやりにくかったりはしないんですか?

尾崎:それはあまりないです。どちらかというと、そんな状況でも会場に来てくれていることが嬉しくて、そのことにテンションが上がります。

東川:なるほど。その点、僕の仕事はコロナ前と比べてほとんど変化がないんですよ。幸い、必要であれば編集者の方とも会うことができていますし。もっとも、パーティーの類いがなくなったため、新しい編集者と出会う機会は失われているのかもしれませんが。

――一方ではワクチン接種が進むことで、希望も見えつつあります。

尾崎:ただ、まだ状況が刻一刻と変わっているので、仕事でも私生活でもそのときに必要な対応が日々変わってくるはずです。これは、打席に立つバッターと同じですね。ちゃんと状況と球筋を見て振らないといけない。

東川:そうですね(笑)。それに仕事でもスポーツでも、コロナを機にオンラインが浸透しましたが、これはきっとこれからも続いていくでしょうから、それぞれ好きなスタイルを選べるようになったのは、進歩かもしれません。

尾崎:そうですね。選択肢が増えたこと自体はプラスに受け止めていいはずです。

――そうして状況を少しポジティブに捉えることも大切ですよね。お二方の今後の変わらぬご活躍に、大いに期待したいと思います。

(2021年6月対談)

東川篤哉(ひがしがわ・とくや)
1968年広島県生まれ。岡山大学法学部卒。2002年、カッパ・ノベルス新人発掘プロジェクトにて『密室の鍵貸します』でデビュー。11年、『謎解きはディナーのあとで』で本屋大賞受賞。著書に、『放課後はミステリーとともに』『探偵部への挑戦状 放課後はミステリーとともに』『君に読ませたいミステリがあるんだ』など多数。

尾崎世界観(おざき・せかいかん)
1984年東京都生まれ。2001年結成のロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル・ギター。12年、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。16年、初小説『祐介』を刊行。現在単行本が発売中の小説『母影』が、第164回芥川賞候補となる。他の著書に『苦汁100%』『苦汁200%』『泣きたくなるほど嬉しい日々に』。

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