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強烈なホワイ・ダニット趣向のミステリー。「淑女シリーズ」は新たな段階へ  香山二三郎(コラムニスト)

2021年9月単行本新刊 中山七里『嗤う淑女 二人』ブックレビュー
強烈なホワイ・ダニット趣向のミステリー。「淑女シリーズ」は新たな段階へ  香山二三郎(コラムニスト)

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中山七里『嗤う淑女』シリーズ待望の第三作『嗤う淑女 二人』にはびっくりした。

今回の読みどころは「最恐悪女が最凶タッグ」を組むことにあるが、驚いたのは実はそこではない。ご存じのように、このシリーズは悪女の犯罪を描いたミステリーだ。そして筆者のような高齢者が悪女ミステリーという言葉から思い浮かべるのは、ちょっと昔のフランスのミステリーなのである。

一例をあげるなら、「悪女書きのアルレー」の異名をとったカトリーヌ・アルレー。その代表作である世界的ベストセラー『わらの女』は老富豪の良縁を求める新聞広告に応じたヒロインが秘書の男と組んでまんまと妻の座に就くが、夫の急死をきっかけに彼女は殺人罪に問われるというクライム・サスペンスだった。アルレーは孤独で計算高い女が次第に追い込まれていく姿を冷めたタッチで描いてみせたが、かつての悪女ミステリーは高質な心理サスペンスと同義でもあった。

ひるがえって『嗤う淑女』もスタートはフランスミステリー調のオーソドックスな心理サスペンスを軸にしていた。第二作『ふたたび嗤う淑女』もそれを踏襲していたといっていいだろう。

しかし、第三作の『嗤う淑女 二人』では開巻早々、高級ホテルの宴会場で催された某中学校同窓会で、大勢の男女が毒殺されるのである。何と17人ですよ、17人。

いつから、こんな大量殺人を扱う話になったんだ!

ド派手な事件はそれだけにとどまらないのだが、新作に踏み込んでいく前に、これまでのシリーズの流れをざっとおさらいしておくとーー

第一作『嗤う淑女』は複数の視点人物を通して描かれていく。冒頭の「野々宮恭子」はクラスでいじめにあっている見た目冴えない中学生・野々宮恭子の運命が従姉妹・蒲生美智留のクラス転入をきっかけに一変する。完璧な美貌とモデル体型をそなえた美智留は程なくクラスに君臨、恭子の地獄の日々は過去のものとなる。美智留は難病に罹った恭子に臓器提供もし、二人の絆は深まったかに見えたが、美智留は底知れぬ闇を抱えていた。

表題の“淑女”とはむろん蒲生美智留のことで、これはいわば悪女の前日譚。続く「鷺沼紗代」はそこから一気に十数年飛んで、平成半ば。紗代は大手銀行に勤めるばりばりの働き手だったが、出世は叶わずカード破産に瀕していた。そんなある日、同窓会で元クラスメイトの野々宮恭子と再会、生活コンサルタントだという従姉妹の蒲生美智留を紹介される。彼女は美智留から危険な提案を持ちかけられる。続く「野々宮弘樹」は引っ越し手続きの不手際から美智留が産廃処理場を営む野々宮家に居候になるが、恭子のうだつのあがらぬ弟・弘樹は次第に美智留の虜に、というわけで、美智留の魔力は野々宮家にまで伸びていく。第四話「古巻佳恵」はそれから五年後、警察に追われる身となった美智留は、会社をリストラされ作家修業に入った夫を抱える名古屋のパート勤めの主婦の前に生活プランナーとして現れ、彼女に黒いアドバイスをするのだった。

そして最終章「蒲生美智留」は第四話で古巻佳恵が起こした事件の陰に美智留の存在ありとみた警察がついに彼女の過去の犯罪の証拠をゲット、新たな標的を射程に入れようとしていた美智留を逮捕して裁判に持ち込むのだが……。

一話完結の連作形式であり、全体がつながった長篇ミステリーでもあるという構造で、心理サスペンスを基調に、各話、コンゲーム(信用詐欺)から裁判小説、ミステリー作家の楽屋裏ものまで、様々な趣向に富んでいる。話作りが巧みなだけでなく、もちろんこの著者ならではのどんでん返しも用意されているという傑作であった。

その続篇『ふたたび嗤う淑女』も前作を踏襲していて、こちらも全五話プラスエピローグという構成。各話はやはり人名から成っており、冒頭の「藤沢優美」は国民党代議士・柳井耕一郎が理事長を勤めるNPO法人〈女性の活躍推進協会〉の事務局長。第二話「伊能典膳」は新興宗教団体・奨道館の副館長。第三話「倉橋兵衛」は前出・柳井耕一郎の後援会長。第四話「咲田彩夏」は柳井の政策秘書にして愛人。そして第五話「柳井耕一郎」は柳井代議士本人の登場となる(その前にも顔は出していたけど)。その皆が皆、欲にまみれた俗物というわけではないものの、それぞれの事情から悪女の餌食となってしまうのである。出色なのは、伊能が出版詐欺にあう第二話で、第一作の「古巻佳恵」に引き続き、出版業界の内幕を赤裸々にとらえた『作家探偵毒島』の著者らしい趣向が生かされている。

むろんこちらも基調は餌食となる人々の多様な心理の綾をとらえたサスペンスなのだが、それが第三作に至って一変するのは冒頭で述べた通り。

シリーズ第三作『嗤う淑女 二人』は目次こそ従来通り5人の人名から成っているが、冒頭10ページと進まぬうちに、高級ホテルの宴会場で催された中学校同窓会で17人が毒殺される。犠牲者の一人、代議士の日坂浩一は〈1〉と記された紙片を握っていたが、意味は不明。日坂は何かと問題の多い議員だったが、果たして彼が標的の暗殺テロだったのか。やがて会場内の女性従業員に外部者がいたことが判明、監視カメラ映像の解析から、それがかつて埼玉県飯能市で起きた連続殺人事件に関与、その後医療刑務所から脱走したまま未だ逃亡中の有働さゆりである可能性が……。

本シリーズのファンなら、冒頭の中学校同窓会が誰の母校であるか察しがつこうし、表題の二人が誰を意味するのかも早々と明かされてしまう。明かされてしまってもしかし、犯行はなお続くのである。第二話では日帰りツアーのバスが、第三話では東京・秋川の中学校の校舎が、第四話では千葉県流山のフィットネスクラブが狙われる。警察は容疑者を早くから特定し、読者にはさらに犯人があの二人であることが呈示される。にもかかわらず、謎の強度は出だしのまま弱まらない。それは、あの二人が何故結びつき、何を目的に戦うのかが、一向にわからないからだ。わからないまま、犠牲者の数だけ増えていく。

何と強烈なホワイ・ダニット趣向であろう!

かくて『嗤う淑女』シリーズは新たな段階に入ったのではなかろうか。心理サスペンス基調のオーソドックス路線から、強烈な謎を畳みかける謎解き基調のサスペンスへと。

なお本書では、有働以外にも他のシリーズのキャラクターが顔を見せている。警視庁捜査一課の麻生班長はすでに前二作から出ているが、今回は埼玉県警の古手川和也刑事や、悪辣弁護士・御子柴礼司がゲスト出演する。これって、他の主役キャラもこれからは蒲生美智留にバンバン絡ませまっせという予告なのかもしれない。

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