斜線堂有紀『廃遊園地の殺人』刊行記念インタビュー
自分の好きなものを詰め込んだミステリーー理想化された場所が寂れていく魅力
『楽園とは探偵の不在なり』ではミステリランキングを席捲、TikTokで話題になった『恋に至る病』がベストセラーになるなど2021年最注目の俊英、斜線堂有紀さんの最新作『廃遊園地の殺人』が刊行されました。本格ミステリ長編となる今作の舞台は、20年前の銃乱射事件のため廃墟となった遊園地・イリュジオンランド。新たな斜線堂ワールドの誕生秘話とその魅力について伺いました。
聞き手・構成/千街晶之
──新作『廃遊園地の殺人』の発想は、どのようにして生まれたのでしょうか。
斜線堂:去年、『楽園とは探偵の不在なり』で特殊設定ミステリを書いたので、今年はそうでないもので、かつ自分の好きなものを詰め込んだミステリを書こうと思い立ったのが最初です。小さい頃から遊園地と廃墟が好きだったので、その二つの組み合わせで何か出来たらなあと考えました。私が生まれたのは秋田県なんですけど、山の中のものすごく不便なところに遊園地があって、行くのが大変なんですよ。雨が降ると道路が通れなくなるので、ギリギリまで晴天かどうかを確認して行かないとまずい、みたいな。そういう、閉ざされた空間なのに、山道を抜けた先に遊園地があるというロケーションがすごく好きで、いつか物語の舞台にしてみたいなと思っていました。ところが、私が高校生くらいの時に廃園になってしまって……。取り壊されもせずに今もGoogleで見られるんですけど、無常だ……と思って、それでもここを舞台にしたいと思って書いてみました。
──何という名前の遊園地ですか?
斜線堂:天鷺(あまさぎ)遊園ファミリーランドというところです。私は大好きだったんですけど、行くのが大変だから、お客さんもあまりいなかったです。
──画像検索すると、忍者屋敷のような施設が出てきたりして、独特ですね……。
斜線堂:あの忍者屋敷も中身が公民館くらいシンプルなつくりで……若干怖いんですよね。異常に広い空間に龍の頭だけがあって、その空間に足を踏み入れた途端に鳴くという……何を意図したギミックだったのか全くわからない(笑)。
──作中で、遊園地がミステリに向かない理由が述べられていますね。遊園地が舞台の作品というと、実在した遊園地を舞台にした『映画 としまえん』というホラー映画があります。それから心霊ドキュメンタリー・シリーズとして有名な『ほんとにあった!呪いのビデオ』の15巻に収録されている、廃遊園地のミラーハウスを探検するとおぞましい声が聞こえてくる「ニューロシス」という傑作など、どちらかというとホラーの舞台になりやすいイメージがあります。今回、敢えて本格ミステリの舞台に選んだ理由は何でしょうか。
斜線堂:この小説を書くに当たって参考にしたのがスティーヴン・キングの『ジョイランド』でした。ホラーなんですけど、遊園地ミステリってあまりないなあと思ったのもそれがきっかけです。でも、実際に書いてみて「遊園地がミステリに向かない理由」がわかりました(笑)。遊園地ミステリの先行作としては、はやみねかおる先生の『そして五人がいなくなる』がありまして、偉大なるはやみね先生のマスターピースを意識しつつも、殺人が起こるという点で、自分なりのものを書けたらなあという気になりました。
◆アトラクションは最悪破壊してもいい
──多彩なトリックが出てきますが、これは先に遊園地という舞台があって、そのアトラクションに合わせてトリックを考えたのでしょうか。
斜線堂:ミステリの舞台として廃遊園地の一番の特色は何かと考えた時、最悪、アトラクションを破壊してもいいということでした。それで、必ずアトラクション破壊トリックは入れようと検討を始めました。
──着ぐるみが鉄柵に串刺しになるなど、「絵になる殺し方」を意識したように感じましたが、如何でしょうか。
斜線堂:そうなんです。遊園地といえば着ぐるみだなというイメージがあって、着ぐるみがどうなっていたら衝撃的か考えた時に、着ぐるみが夜歩いているというのと、着ぐるみが鉄柵に刺さっている、絶対起こり得ないインパクトある場面を見たいというモチベーションがありました。
──ギャニーちゃんという着ぐるみキャラはどこから思いついたのでしょうか。
斜線堂:これは、東京ヤクルトスワローズの球団マスコット・つば九郎が前転するところを見て、着ぐるみでもこんなに動けるんだと思った時に、可動域の広い着ぐるみってちょっと怖いなと感じました。そこからアクロバティックな着ぐるみを書こうと思ったのがきっかけです。
──この作品は一種のクローズドサークルものではあるのですが、とにかく広いですし、登場人物が誰も警察を呼びたがらないことでクローズドサークルが成立するなど、ちょっと風変わりですね。この発想はどのように生まれたのでしょうか。
斜線堂:いざ書きはじめた時に、遊園地は広すぎて目撃者を作るのがものすごく難しいということに気づいて、これはクローズドサークルの強みを活かすには工夫が必要だぞ……と思ったのがひとつ。もうひとつ、容疑者たちがみんな警察を呼びたがらない、何かある……というのは、作中でも触れましたけどアガサ・クリスティーの『ひらいたトランプ』の構図です。大富豪のシャイタナ氏が、このパーティーに集まってる人間はみんな殺人犯だみたいなことを言い出して、読者は、えっ、ここにいる優しそうな人たちも何かあるということ? と思って読み進める……というのが私はものすごく面白くて。同じことを舞台を変えてやってみたい、というのが発想源です。
◆名探偵はコンビニ店員
──主人公の眞上永太郎ですが、探偵役が廃墟好きなコンビニ店員という設定はユニークですね。
斜線堂:まず最初に、探偵は故郷喪失者であると設定しました。そんな探偵にふさわしい職業は何かと考えた時、何でも対応できる柔軟性を持たせたくてコンビニの店員にしました。弟が実際に大学生の時にコンビニでバイトをしてたんですけど、覚えることがものすごく多いんですよ。印象的だったのは、税金の支払いの手続きが面倒くさすぎるということです。そんなことまでやらないといけないのかと訊いたら、「コンビニはすべてをやらないといけないんだよ」と。そうか……と思って、包容力がある職業として設定した感じですね。
──「困難は分割せよ」というのはミステリの探偵役が難事件を推理する際の方法としてよく出てきますが、それがコンビニ店員の仕事内容と共通する点があるというのは目から鱗でした。眞上がメモを取る場面も多いですね。
斜線堂:それも弟の体験をもとにしていて、取り敢えず問題点をメモすることで解決した気になるんだよみたいなことを言ってたんですけど(笑)、メモを取っていちいち立ち止まる探偵のほうが今回のキャラクター性に合ってるんじゃないかなと思いました。
──終わり方から推察すると、眞上は廃墟探偵として今後も活躍するのでしょうか。
斜線堂:そうですね。今回はシリーズ展開が出来る探偵を生み出そうというコンセプトで、ああいう終わり方になりました。
◆自分が一番ワクワクするタイトルは
──斜線堂さんの書く本格ミステリは、『詐欺師は天使の顔をして』にしても『楽園とは探偵の不在なり』にしても特殊設定ミステリでしたが、そうではない本格ミステリに挑戦する上で、どこに気を遣ったのでしょうか。
斜線堂:特殊設定ミステリの良さは、あらすじの部分、つまり設定の部分で読者の興味を惹きつけることができることだと思うんですよね。今回は特殊設定は使わないということで、大きなインパクトがあるあらすじにするのは難しいのではないかと自分では思っていました。もちろんそれでも読者の興味を惹かなければならない。そこで、廃遊園地で過去に事件があって、同じ場所でまた殺人事件が起こるという構造を考えました。過去の事件で、遊園地が廃墟になるだけの理由ってなんだろうというところでまず読者の興味を惹こうとしました。特殊設定の部分で興味を惹いていた代わりに、過去の事件に加え、更に新たな事件を起こすという二重の構造で読者の方に興味を持ってもらおうと考えました。
──トリックや伏線の張り方で工夫した点、苦労した点は。
斜線堂:今回、他の作品と明確に違うところがあって、時代設定をちゃんと決めてあるんです。他の作品だとぼやかしていますが、今回は舞台となった年代に起きたことを実際に調べて逆算して物語を作っていきました。工夫したのはその点かもしれませんね。
──『廃遊園地の殺人』というストレートなタイトルにしたのはどうしてでしょうか。
斜線堂:読者として、私が一番わくわくするタイトルは、やっぱり『○○の殺人』だなあと。ミステリとしては王道中の王道なので、こう名付けるのは怖いという気持ちもあったんですけど(笑)。
◆凝った造本は「本当に実在しているのか」と自分で戸惑うくらいだった
──かねがね斜線堂さんの小説は登場人物のネーミングのセンスが独特だなあと思っていたのですが、編集者が編河だったり売店担当だった人が売野だったり、その人物の属性を名前が象徴していて。
斜線堂:これは『楽園とは探偵の不在なり』でも同じことをしたんですけど、ミステリを読み慣れていない方から「名前を覚えやすかった」と好評だったので今作でもこの命名法則にしました。
──『廃遊園地の殺人』は本そのものも大変凝ったつくりになっていますね。これは斜線堂さんが出したアイディアですか。
斜線堂:どちらかというと、実業之日本社の担当さんがアイディアを出してくださって、「そんなことが出来るのだろうか」と私は思っていたんですけど(笑)、想像以上にしっかり作ってくださって。見本をいただいた時、「イリュジオンランドは本当に実在しているのか」と自分でも戸惑うくらいでした。
──巻頭にあるイリュジオンランドの地図は、最初は斜線堂さんが大まかなところを考えたんでしょうか。
斜線堂:そうですね。模造紙に手書きで図を作って……流石に手書きだとごちゃごちゃしてるので、それを写真で撮って、図表ソフトでなぞり直して提出したかたちです。
◆好きなアトラクションは「びっくりハウス」
──最初、遊園地と廃墟が好きとおっしゃいましたが、どのようなところがお好きなのでしょうか。
斜線堂:遊園地は、そこにいる人たちみんなが浮足立っている感じがするじゃないですか。遊ぶための場所であって、それ以外の目的を持っている人がいない空間だという点で、お祭り感があって好きです。一方で、廃墟のほうは、人間の関心がなくなった場所だなと感じられるところが好きですね。この二つの「好き」は「人間が楽しんでいるところ」と「人間が見向きもしなくなったところ」と真逆ですよね。なんでこんな両極端になったのかよくわからないですが……。
──それを組み合わせた時の落差も狙った感じでしょうか。
斜線堂:そうですね。自分の中で遊園地というのが理想化された場所としてあって、それが見向きもされなくなって廃墟として寂れていくという、滅びの美じゃないですけど、その部分にすごく惹かれたのかもしれないですね。
──去年、としまえんの閉園が世間の話題になりましたが、その影響はありますか。
斜線堂:としまえんが閉園するというのがイメージできないくらいで、あんなに有名な遊園地が廃園になるのかと。私、としまえんに行ったことがなかったんですけど、それでも寂しかったですね。「私たちのとしまえんがなくなってしまう!」という物哀しさに襲われてしまって。遊園地って有名であればあるほど、多くの人にとって「心のふるさと」と似た存在になるのかもしれません。それもあって、廃遊園地を書かなければならないと思ったのを覚えています。
──遊園地で好きなアトラクションは何でしょうか。
斜線堂:今回登場させてないんですが、びっくりハウスが好きです。座席に座ると内装がぐるぐる回るというアトラクションなんですけど、子供の頃にそのトリックが全然わからなくて。私は遊園地に行った時に、びっくりハウスがあるとまずは回り具合を確かめにいきます(笑)。今回使わなかったのは、びっくりハウスって規模が小さくて、内装が回ってるだけなので、乗ってる本人は楽しいけど絵面が地味だなと(笑)。
◆読者の「もっと読みたい」という声は挑戦する勇気を与えてくれる
──主人公の眞上は廃墟マニアという設定ですが、シリーズ化された時は今後どんな廃墟が出てくる予定でしょうか。
斜線堂:ひとつやりたいと思っているのは、廃植物園のガラス張りの廃墟です。あと、王道ですけど、廃病院ですね。
──お気に入りの廃墟小説や映画などはありますか。
斜線堂:そうですね、一番印象に残っている廃墟というと、Wiiで出てたゲームの『FRAGILE~さよなら月の廃墟~』という、廃墟を探索するだけのゲームが原体験ですね。人間がいなくなった世界が舞台で、そこを月の光を頼りに、物寂しいところを歩いていくという、本当に孤独を具象化したような廃墟です。そう考えると、映画や小説よりもゲームのほうが廃墟が描かれがちなのかな。映画の廃墟だと、今『とっとこハム太郎』の映画の第一作の『劇場版 とっとこハム太郎 ハムハムランド大冒険』しか浮かんでこない(笑)。
──では最後に、読者へのメッセージがありましたらお願いいたします。
斜線堂:斜線堂有紀のミステリが読みたいとおっしゃってくださる方のために、もうちょっと成長したいなと思って、今までやっていないことにチャレンジしてみようという気持ちで取り組んだ作品です。特殊設定ミステリや恋愛小説(今冬には集英社から恋愛小説短篇集を刊行予定)をメインに書いてほしいという方もいらっしゃるかもしれませんが、こういった挑戦をしようと思ったのは、読者の方の「もっと読みたい」という声でした。挑戦する勇気をくださってありがとうございます。よろしければ楽しんでいただければ嬉しいです。
しゃせんどう・ゆうき
上智大学卒。2016年、『キネマ探偵カレイドミステリー』で第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞してデビュー。『コールミー・バイ・ノーネーム』『恋に至る病』など次々と話題作を発表する他、ウルトラジャンプ連載中の『魔法少女には向かない職業』などでの漫画原作や、ボイスドラマの脚本も担当するなど幅広く活躍している。2020年、『楽園とは探偵の不在なり』で『ミステリが読みたい! 2021年版』国内篇第2位を獲得するなど各ミステリランキングに続々ランクイン。新世代の旗手とも言うべき若手最注目作家。