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『飛ぶ教室』をめぐる深い謎と、秋晴れのように清々しい読後感 松村幹彦(図書館流通センター)

2022年3月の新刊 名取佐和子『図書室のはこぶね』ブックレビュー
『飛ぶ教室』をめぐる深い謎と、秋晴れのように清々しい読後感 松村幹彦(図書館流通センター)

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入学した中学校には図書室が無かった。正確には棚に本が無かった。
 世にいう「第二次ベビーブーム」世代の私たちは既存の学校に入りきらず、急ピッチで用意された学校は、いろいろなものが間に合わなかった(校章もなかった!)。かくして図書室の本は私を含む図書委員たちが近所の書店で好きな本を好きなだけカゴに入れ、後日届いた膨大な本も自分達で装備した。

この時の経験は間違いなく今の自分を形作ったにもかかわらず部活にかまけて高校(ここも開校5年目!)の図書室からは全く足が遠のいた。だから冒頭の主人公花音の胸のうちの後悔はそのまま私の言葉にもなる。あの図書室の窓からはどんな風景が見えたのだろうか、と。

『図書室のはこぶね』は伝統の体育祭を一週間後に控えた喧騒の陰、静まりかえる図書室で見つかったエーリヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』の文庫本をめぐるミステリタッチの青春学園小説だ。ここで少し物語の底を流れる川のような役割を担っている『飛ぶ教室』について語ることを許していただきたい。

この作品はドイツのとあるギムナジウム(九年生の高等学校)の五年生の腕白五人組が中心となって、クリスマス劇「飛ぶ教室」を上映する目前の学校で起きるいくつもの“事件”を知恵と勇気で解決してゆく物語だ。

リーダー格で秀才のマルティン、その親友で文才著しいジョニー、ケンカなら誰にも負けないマティアスとその親友で慎重派のウーリ(後半彼が見せる勇気に涙した読者も多かろう)と理知的なゼバスティアン、そして彼らを厳しくも優しいまなざしで見守る舎監の“正義さん”=ベク先生とよき相談相手の“禁煙さん”が脇を固める。

ケストナーの描く人物は常に正直に生きる。その気持ちのよさに大人も夢中になる。これが彼の作品の魅力だが、機会があれば彼の年譜も紐解いてほしい。彼が戦ったとてつもなく強大な敵を知るとさらに深みが増すからだ。

ここで話は本題に戻る。図書室で見つかった『飛ぶ教室』はなんと十年前に貸し出されたまま未返却のものだった。それがなぜいまここに。友人の代理で図書委員を引き受けた花音は、図書委員の仕事にすべてを捧げる朔太郎や、とある理由でクラスから浮いてしまった一年の奈良君らとともに謎解きを始めるがその謎は思いのほか深く、周囲を巻き込んで展開する。種をあかしてはいけないからどんな筋かはこれ以上書かないが、『飛ぶ教室』同様に本当の悪者が出てこない、秋晴れのように清々しい読後感を約束する。

この作品にはもう一つの顔がある。登場人物の心の内を映すかのように、実在する本を何冊も登場させるブックガイドとしてのそれである。最後まで読み終えたあなたの手は、すでに次に読みたい本を両手いっぱいに抱えているだろう。

本作は著者が手掛けた初めての学園ものだそうだが、よほど水が合うのだろう。手にした皆が時を忘れて身をまかせられる、まるで「はこぶね」のような乗り心地だった。

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