2022年7月単行本新刊 『終活中毒』刊行に寄せて
人生の最期に待つのは最高、いや最悪のサプライズ!? 悲喜交々の〈終活〉ミステリー 秋吉理香子
数年前、『婚活中毒』(実業之日本社文庫)を刊行したあと、さまざまな世代の方から反応をいただき、「あぁ婚活というものは、こんなに多くの人の興味をかきたてるのだな」、と感じた。結婚適齢期世代はもちろん、結婚に夢を抱くティーンエイジャー、娘や息子の結婚が気になる親世代など、老若男女、「婚活」が気になるお年頃だと言っても過言ではない。
そもそも我々は、「〇活」が好きである。朝活、就活、妊活、終活、腸活、温活、オタ活、保活、菌活などなど。通常のルーティンワークでも「〇活」と銘打たれれば、たちまち充実した生活を送っている気持ちになる。みんな、程度の差はあれ、なんらかの「〇活中毒」を患っている。だから版元さんから「次の作品を」と言っていただいた時、また「〇活」を扱った短編集がいいな、と思った。
ではなんの活動にするか。やはり「婚活」のように幅広い世代に「読みたい!」と感じてもらえるのがいい――そしていろいろ迷った末、「終活」を選んだ。
「終活」とは、「人生の終わりに向けて行う活動」である。いくら「婚活」が多くの人の興味を引くとはいっても、人類全員に関係があるわけではない。結婚はしなくてもいいし、しない人も、したくない人だっている。個人の意思が尊重され、自由だ。
けれど、「終活」は違う。死は、必ず人類全員に訪れる。しなくてもいい、しない、したくない、というわけにはいかない。個人の意思など尊重されはしないし、自由などない。我々は決して死から目をそらせず、逃れられないのだ。そして積極的に「終活」している人でなくても、日々、誰でも生活の中で何気なく「死ぬ前にこれだけはしたい」、「自分がいなくなったらコレクションはあの人にもらってもらおう」など考えるくらいはするだろう。それだって、立派な「終活」の一部だとわたしは思っている。
というわけで、本作のテーマは、人類の100パーセントが経験する「終活」に決めた。きっと面白い短編集になるだろう、とわくわくした。
しかしいざ書こうとすると、非常に難しかった。死は、当然ながらとてもセンシティブなテーマである。どうしてもシリアスで重いストーリーになりがちであるが、それはわたしの目指す短編集ではなかった。思い切って全体的に明るく書く手法もありだが、それも求めるテイストとは違う。かといって不謹慎にならない程度にユーモアは交えたい。それに、やはりミステリー要素も盛り込みたい――考えれば考えるほど、書こうとすればするほど、ハードルがどんどん高くなっていった。
アイデアが思い浮かんでも、なかなか良い形におさまらず、何度も何度も書き直した。『終活中毒』の短編はどれも70~80枚程度で、通常であれば2週間もあれば仕上げられるところを、2ヶ月近くかかってしまった一編もある。書き直しても書き直しても満足できず、わたしの手には負えない、とんでもないテーマをえらんでしまった、とものすごく焦り、後悔した。
しかし、なんとか書きあげ、短編集として完成してみると、どの話も重すぎず、明るすぎず、ユーモアとペーソスのバランスが取れた作品になったのではないか、と我ながら満足している。4話それぞれに、ゾッとするもの、ハッとするもの、じんとするもの、ホッとするもの、と異なる味つけをし、主人公たちも、中年女性、高齢男性、小説家、お笑い芸人と、バリエーションを持たせることができたのも良かったと思っている。
そして4話とも、ミステリーの要素を良い塩梅で配合することができた。前述通り、それぞれ全く味わいは違うものの、どの作品にも最後にはどんでん返しやサプライズが待っている。当初の目標であった「終活×ミステリー」という試みは十分に達成できたので、ぜひお楽しみいただきたい。
『終活中毒』の執筆は、生命や死についても、じっくりと真正面から考える機会をもたらしてくれた。そして書きながら、いかに人間とはいじらしく、滑稽で、愚かで、そして愛すべき存在であるかと、あらためて感じいった。『終活中毒』は、秋吉理香子なりの、人間賛歌であるのかもしれない。
本作を読みながら、読者のみなさんが主人公たちの悲喜こもごもに寄り添い、見守ってくだされば、作者としてこれほど嬉しいことはない。