J_novel+ 実業之日本社の文芸webマガジン

がむしゃらにもがいた10年と、骨太な「罪と愛情」のミステリー

佐藤青南『犬を盗む』刊行記念インタビュー(聞き手・宇田川拓也さん)
がむしゃらにもがいた10年と、骨太な「罪と愛情」のミステリー

share

twitterでシェアする facebookでシェアする

佐藤青南さんがデビュー10周年に書き上げた長編ミステリー『犬を盗む』。同じ1975年生まれで、佐藤さんのデビュー当初から書店員として注目し続けてきた宇田川拓也さん(ときわ書房本店)が、今の心境と、『犬を盗む』に込めた思いを聞きました。
聞き手/宇田川拓也 まとめ/編集部 写真/泉山美代子

●思いついたことはとにかくやったこの10年

宇田川:『犬を盗む』は、デビュー10周年記念作品と銘打たれています。この10年、いかがでしたか? ひとことでは当然言い表せないと思いますけど、振り返ってみて。

佐藤:長いような短いような……そんなに長くやった感覚はないんですよね。

宇田川:2020年に「サイレント・ヴォイス」としてドラマ化された〈行動心理捜査官・楯岡絵麻〉や、〈白バイガール〉など、警察小説シリーズを精力的に執筆しつつ、書店員がプロデュースする企画(『たぶん、出会わなければよかった嘘つきな君に』)とか、いろいろな挑戦をされてきましたよね。自らPV動画を撮ったり、4コママンガを描いたり、ユニークな販促活動にも取り組まれてきました。

佐藤:思いついたことはとにかくやってみた10年でした。もがいてみて、今、ちょっと悟りを開いたような感じはありますね。結局、いい作品をたくさん書くしかない。だから最近は「変わったことをやろう」みたいな欲求はなくなってきました。

宇田川:2021年7月に中公文庫から刊行された『連弾』を読んだときに、あれ?って思ったんです。青南さん、エンターテインメントのコツというか、奥義のような何かをつかまれたんじゃないかと。目新しい構成とか、突飛なキャラクターで目を惹こうというより、人間ドラマに重心を置いた、読み応えのあるミステリーになっていました。がむしゃらに「どうやって読者を楽しませようか」と試行錯誤する段階から抜け出されたのかな、という印象を受けたんです。

佐藤:そうですね、たしかに、どこか力が抜けた感覚はあります。「なんとしても売ってやろう」とか、そういう気負いみたいなのがなくなって、もしかしたらいま、作家として脂が乗ってきている時期なのかもしれません。

宇田川:今作の『犬を盗む』も「人間と犬」という普遍的なテーマをしっかり真ん中に据えた、骨太なドラマになっていますね。いま目を向けてほしいテーマをミステリーという器にどっしりと乗せて、読み応えある見事な物語に仕上げられているなと思いました。

佐藤:ありがとうございます。僕にとっては久々の単行本ノンシリーズ作なので、文庫書き下ろしのシリーズ作でいつも意識する「軽さ」「キャッチーさ」を控えめにするようこころがけました。ただ「読みやすさ」だけは僕の生命線としてこだわっているので、読書に慣れていない方にも楽しんでいただけると思います。

●犬嫌いを克服したくて

宇田川:今回、犬をテーマに選んだきっかけは?

佐藤:僕はもともと犬が苦手だったんです。でも、なんとか犬嫌いを克服したいなという気持ちがあって。5年前に、初めて犬(ポメラニアン)を飼いました。そこで気づいたことがたくさんあったんです。犬は家族のようにかわいい存在です。でも、自分が犬を飼うこと自体、親犬から引き離してきたのだから、ある種残酷なことなんですよね。そこを抜きにして「家族同然だから」という描き方は絶対しちゃいけないと思いました。この問題意識がまずありました。

編集担当:それから、青南さんからおもしろいエピソードを聞いたんですよね。

佐藤:犬の散歩中、同じく犬を連れて歩いている人と言葉を交わすことがよくあるんです。犬同士が仲良くなったりして。あるとき、顔見知りになった年配の女性から突然、「うちの娘と結婚はどうかと思ってたんですよ」と言われて。

宇田川:なんと!

佐藤:お互い名前も素性も知らないんです。犬を飼っている、犬同士がちょっと仲がいいというだけで、こんなに相手のことを信頼しちゃうの?と驚きました。

編集担当:普通の人間関係ではありえない展開ですよね。感じのいい人だな、から一足飛びに結婚なんて。

佐藤:飼う前は気づかなかったけれど、街には「犬」がつなぐ、独特の人間関係があるんだと実感しました。公園のドッグランも、常連さんがいたり、仲良くなったりするんですよね。そこから着想して、いわゆる「イヤミス」ではなく王道のエンタメに近づけるように、物語を考えていきました。

●罪人が犬にそそぐ愛情

宇田川:冒頭、愛犬家のおばあさんが自宅で何者かに殺され、犬は消えた――というところから始まります。このおばあさんを始め、コンビニ店員の男、女性作家など、いろいろな犬好きが登場しますね。作家の小野寺真希は、犬への愛情が行き過ぎて、極端な行動に出ます。 命を守るためなら罪を犯してもいいのか、というテーマも浮かび上がってきます。私はこの作品を、「罪と愛情」についての物語でもあると感じました。犬好きはもちろんですが、そうでない方が読んでも存分に堪能できる、広い視野を備えたミステリーですね。

佐藤:ありがとうございます。この物語にはさまざまな背景を抱えたキャラクターが登場します。そして一般的なモラルから逸脱したり、ときには法に触れたりもしますが、それぞれが己の信念や正義に基づいて行動します。ある人にとっての「正義」が別の誰かにとっての「悪」になる。そういった価値観の危うさを描こうと思いました。

宇田川:終盤、予想外の探偵役が語り始めるところも、読みどころのひとつです。ネタバレになってしまうので詳しくは触れられないのですが。罪を犯した人間が犬に愛情をそそぐことは偽善なのか。罪人が犬にそそぐ愛情は、罪のない人よりも劣るものなのか。読み終わったときに、周囲の見え方がちょっと変わるようなドラマが織り込まれていますね。光の部分と影の部分の両方を偏りなくとらえつつ、それでいて気持ちよくページを閉じる余韻のよさがありました。

●読書の入り口に立つ作家に

宇田川:ラストに、刑事が粋な計らいをしますね。

佐藤:ああ、犬が苦手な刑事の植村ですね。犬嫌いの刑事という設定にすることで、物語に一定の客観性を担保できたと思います。世の中皆が皆、犬好きというわけではありませんから。植村は「犬」を世界の中心に据えた一種異様なコミュニティを、一歩引いた場所から俯瞰する重要な役割を果たしています。

宇田川:植村刑事には、この作品にとどまらず、今後の作品での再登場をぜひお願いしたいです。『犬を盗む』、10周年にふさわしい充実の内容でした。いちファンとして、15周年、20周年と、さらにご活躍されることをお祈りしております。

佐藤:ありがとうございます。これまでの10年と変わらず、読書の入り口に立つ作家を目指して、読みやすくておもしろい作品を書き続けていきたいです。

宇田川:私はいつもヤシの木にたとえるんですけど、われわれ書店の人間は、作品という実がなるのを木の下でずっと待ってるわけですよ。作家さんが小説を紡いでくださり、大きく実って落ちてこないと「おいしいのがあるよ!」と、お客様にアピールすることはできない。ですから、いっぱい太陽を浴びて、大きく育って、大きい実をいっぱい実らせていただきたい。

佐藤:そうできるといいなと思います。

宇田川:応援しております。

(2022年9月 千葉県船橋市・ときわ書房本店にて)

●プロフィール

佐藤青南(さとう・せいなん)
1975年、長崎県生まれ。「ある少女にまつわる殺人の告白」で第9回『このミステリーがすごい! 』大賞優秀賞を受賞し、2011年同作でデビュー。ドラマ化された「行動心理捜査官・楯岡絵麻」シリーズのほか『お電話かわりました名探偵です』『ストラングラー 死刑囚の告白』『嘘つきは殺人鬼の始まり』『人格者』など著書多数。2016年『白バイガール』で第2回神奈川本大賞を受賞。

宇田川拓也(うだがわ・たくや)
1975年、千葉県生まれ。JR船橋駅南口前、ときわ書房本店にて文芸書・文庫・ノベルス・サブカルを担当。横溝正史と大藪春彦を神と崇めるミステリー偏愛書店員。勤務のかたわら、新刊レビューや文庫解説を執筆。

関連作品