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一夜が過ぎて「この仕事も悪くない」と思えるように

阿川大樹『終電の神様 殺し屋の夜』刊行記念インタビュー
一夜が過ぎて「この仕事も悪くない」と思えるように

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聞き手・文/青木千恵 撮影/編集部

●大人向けを意識した4作目

――第1作目の『終電の神様』が2017年の刊行ですね。2作目『終電の神様 始発のアフターファイブ』は終電と始発の間の時間帯の物語、3作目『終電の神様 台風の夜に』は台風の一夜を舞台にした物語と、それぞれユニークなコンセプトでした。シリーズ4作目となる今回は、5話のコンセプトをどのように立てましたか?

阿川:若い読者も多いシリーズで、1作目を読んだ方が5年の間にいろいろな経験をして、以前と違う自分になっているんだろうなと、今回はより大人向けに描くことを意識しました。それと、ひとつひとつ新鮮な気持ちで書くために冒険したい思いがずっとあって、でも全部で冒険したらとんでもないことになるから、第4話の「遮断機」だけ、ホラーのような、SFのような、不条理な話にしました。短編集は冒険できる場であることが少しずつ分かってきて、いい場所をもらえたなと思っています。

――今回は、独立した5話の短編集ですが、構成は最初に立てるんですか?

阿川:ぜんぜん(笑)。3本くらいを思いついた順に書いて、そこからどう振れ幅を作ろうか、反対側から見てみようとか、そんなふうに考えました。3話を書いたところで収束していく方向が漠然と見えて、5話を書き上げたら、その順番で並べるのがいちばん自然な流れになっていました。第3話「月の誘惑」は、工場で働いているエンジニアが終電めがけて会社を出て、ふと反対方向の電車に乗る話です。それで第5話「正門警備詰所」を、帰宅する人を見送る警備員さんの物語にしました。同じ場所、同じ人物でなくても、ある状況の裏表を書いたら、それぞれ独立した話ではあるけれど、まとまりが生まれるだろうと。そんな感じで、なんとなく起承転結的な相関関係を持たせるようにしました。 終電が走る時間帯は、だいたいみんな疲れているので、疲れている人、それをちょっと離れた位置から見守っている人という、そういう関係性です。職場も街も、人の数が減っているから、話は交わさなくてもなんとなく意識しあう無言の出会いが終電の時間帯にはある。そんな人同士の相互の視点をかかわらせたら、ちょっと面白いのかなと。

――第1話「殺し屋の夜」は、今から40年以上前、中学の同窓会に出たサトルとジュンが終電を逃して、東京から横浜まで歩いて帰る話です。歩くプロセスが詳細ですが、実際に歩いたことはあるんですか?

阿川:僕は結構歩くんです(笑)。新宿や自由が丘から、横浜まで歩いたことが4回くらいあります。血の循環だけよくなって手の先が充血してむくんだり、人も車もまったく通らない時間帯があって、そのうちに新聞のトラックに追い越されるとか。今だったらスマホで位置を把握できるけど、それがない時代は、横浜まで何キロという看板を見つけたら、ものすごくほっとする(笑)。ある種の野生に放り込まれた状態で、冒険なんです。その独特の感じを伝えたいなというのはありました。 第1話は、「実は殺し屋なんです」と豹変されるシチュエーションを使いたかったのが始まりで、それで床屋を絡めたり、そう言われて受け入れられる人間関係ってどういうものだろうと、後付けで組み立てていきました。

●人が潜在的に抱える「逃げる」という誘惑

――第2話「三分の遅れ」は、洋裁店を営む50代の女性と、ワンオペ育児で疲れてしまい、赤ん坊を捨てに行く若い母親の物語です。

阿川:あるときに知人から、「子供を殺したいと思ったことがある」と聞いたことがあるんです。いつも穏やかな女性から「殺したい」という言葉を聞いたのはショックで、その状況を自分なりにとことん考えてみようと思いました。物語を書いてどんどんのめり込んだときに何が見えるのか。妄想ではあるんだけど、書くことで自分なりにその状況を体験できるのは、物語を書く人間の特権かもしれません。ただ、崖っぷちのお母さんの視点だけで書いたらつらすぎる話になるから、面倒を見てくれそうな人がすでにいる安心感があった上で、お母さんが戻ってくるかこないか、ぎりぎりまで引っ張るようにしました。

――第3話「月の誘惑」は、工場に勤める若いエンジニアが主人公です。

阿川:第3話のエンジニアの生活は、僕の若いころを思い出して書きました。仕事は面白くてやりがいを感じているけど、もうちょっと報われてもいいんじゃないかとぼんやり思い続けていて、あるとき逃げ出す。僕もエンジニア時代は、会社に夜中まで残って、今ここで死んだら朝まで発見されないよなと思った経験がありました。

――それであるとき反対方向の終電に乗るのは、このシリーズならではの展開ですね。

阿川:反対方向の電車に乗るのは、人が潜在的に抱えている誘惑ですよね。違う人生に舵を切るわけで、これも冒険なんです。スマートフォンが使える時代になっていて、調べようと思えばまだ間に合うルートはあるかもしれないけど、「月の誘惑」の主人公はもう、なりゆきに任せる決心をしている。衝動的に知らないところに行って海に出て、同じように居場所のない女の子に出会う。

●大変なときこそ必要な、自分を肯定するプロセス

――第5話は、工場で警備員をしている60代の男性が主人公です。全5話の人々の年代、性別、職業は多様ですが、「ワケアリ」の点で共通しているように思いました。

阿川:高齢になると働き口がない。僕は会社員を辞めてから作家デビューするまでの9年間、投稿生活をしていました。ときどきハローワークで求人票を見ていたのですが、見事になかったですね。再就職する人は、前とは違う仕事をする中で、これでいいと現状を肯定したいと思うんです。肯定しにくい人のほうが実際は多いかもしれないけど、このシリーズの中では、ある一晩が過ぎたときに、この仕事も悪くないよって思えるようになるといいなと思って書きました。

――第2話の岩村陽菜も、夫の浮気で離婚して、前よりも待遇のよくない仕事と育児で疲れ果ててしまっている。

阿川:生きるのが突然大変になることは実際に多々あって、救われる人も救われない人もいるのが現実でも、フィクションだからこそ救われてほしい。大変なときこそ、肯定するプロセスが必要だと思う。

●コロナ禍で変わった「終電」のありよう

――2020年刊行の第3集は、2019年の台風を受けて描かれたのかなと思いましたが、今回、コロナ禍の影響はあったんでしょうか?

阿川:コロナ禍がどうなるかは予想がつかないから、何かしら予想したような物語を書いても、出版される段階では物語が陳腐化してしまうので、コロナや社会の方向性を断じる物語は書けないなと思います。 ただ人間の心の動きにコロナはすごく影響を与えていて、共通の体験には普遍性があるから、コロナを取り入れた物語はいくらでも成立するとは思っています。「終電」で考えると、コロナの前後で、終電のありようが変わってしまっていること。同僚と酒を飲んだり、友達と遊んでいたら終電の時間になるという場面が激減して、終電を利用する人といえば、働いている人ですよね。そういう意味で言うと、今回は仕事をしている人が終電に絡んで登場しているかもしれません。

――コロナ禍をきっかけにリモートワークが定着したりと、私たちの生活も大きく変化していますが、「書く」ことを仕事にしている阿川さんにはどんな影響がありましたか。

阿川:無駄なことをしなくなって、人と会いにくくなっていましたから、物語の奥の方でコロナの影響を受けていたかもしれませんね。なんとなく会いたい、話をする時間を、人は潜在的に渇望していると思います。 今もこうやって話しながら、僕自身が話したい人なんだなって思います。いつも妄想しているし、いろんなことに疑問を感じては取材に行ったり、起きている間はずっとそんな感じです。それをいっぺんに吐き出す対象みたいなものを求めている。でもそれはコロナとは関係なくて、僕がそういう人間なんだと思います。物語を作るときは、あそこにしまった妄想をここで使えばいいなと結びつけていきます。じっとしている時間が長くなって、それならもっと小説を書いてもいいんだけど、なんだか社会を見ています。いろんなことが次々起きるので、見ていることに対して一生懸命になっていますね。

――吐き出したいものがあったりするけれど、たくさん書くかというとそうではない。

阿川:熟成期間があればいつか出てくるんだけど、きっかけを作って吐き出すことも必要なのかもしれないですね。この仕事は書いてなんぼなので(笑)。ただ今はいろんな人のSNSを見たりして、個人レベルのものの考え方を知るのが興味深い。今見ておかなくちゃという感じがして、結局、パソコンの前にいるんです。

●プロフィール

あがわ・たいじゅ

あがわ・たいじゅ
1954年東京都生まれ。東京大学在学中に野田秀樹らと劇団「夢の遊眠社」を設立。企業のエンジニアを経て、シリコンバレーのベンチャー設立に参加。99年「天使の漂流」で第16回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞。2005年『覇権の標的』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞を受賞し、デビュー。主な著書に『D列車でいこう』『インバウンド』『横浜黄金町パフィー通り』など。『終電の神様』で第9回エキナカ書店大賞受賞。

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