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「主人公は成長させない。プロットは作らない。毎回必死に考える」

今野敏『マル暴ディーヴァ』刊行記念ロングインタビュー
「主人公は成長させない。プロットは作らない。毎回必死に考える」

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弱気な刑事が主人公の人気警察小説〈マル暴〉シリーズの最新作『マル暴ディーヴァ』。本作の題材となったジャズ、人間味溢れる登場人物たちの人物造形や、「全体プロットは作らない」という創作の秘訣までたっぷりお伺いしました。
聞き手・文/西上心太 撮影/泉山美代子

●「弱気な刑事」を主人公に据えたワケ

――『マル暴甘糟』、『マル暴総監』に続く第三弾『マル暴ディーヴァ』が上梓されました。久しぶりなので待ちかねたファンも多いのでは。本書の主人公・甘糟達男巡査部長はもともと『とせい』(現在は『任侠書房』に改題)に脇役として登場したキャラクターでした。それから十年くらい経って『マル暴甘糟』が出て主役に出世したわけです。彼を主役に据えた経緯は。

今野:単純に大人の事情ですね。版元から何か書いて下さいと注文されたものの、何も思いつかなくて。それで〈任侠〉シリーズのスピンオフでどうですかと言ったら、それで行きましょうと。

――マル暴刑事にはヤクザの事務所に顔を出して様子を探るという、ルーティーンともいえる仕事がありますが、甘糟の場合はヤクザが怖くて大嫌いなので、いつもドキドキしながら事務所を訪れます。

今野:ヤクザや暴力団を相手にするマル暴刑事は、たいていこわもてするタイプに描かれることが多かったと思います。私の〈横浜みなとみらい署暴対係〉シリーズの刑事などもそうですよね。でも逆転の発想で、本当に気の弱いマル暴刑事がいたら面白いなと思って造ったキャラクターなんです。 〈任侠〉シリーズは傾きかけた堅気の商売に、昔気質の親分が手を出して若頭が振り回されるという、中間管理職の悲哀をテーマにしたシリーズです。コメディの要素も強いので違和感なく登場させることができました。脇役だったんだけど結構思い入れのあるキャラクターで、彼を主人公にして物語を動かせるだろう、どこかで書きたいなという気持ちがありました。

――甘糟達男は北綾瀬署のマル暴刑事で35歳独身。郡原虎蔵という同じ巡査部長とコンビを組んでいますが、この先輩刑事がヤクザと見分けのつかないこわもて刑事です。甘糟は彼に何かわっと強く言われると「ひゃー」と情けない悲鳴を上げたり、「あ、すいません」と反射的に謝ってしまいます。甘糟にとって郡原はある意味ヤクザより怖いようで、二人のやりとりも面白いです。

今野:これは私でも同じですよ。大学時代の空手部とか怖い先輩がいましたからね。まず理由もなく謝りますね。

●破天荒なキャラクターの源泉

――北綾瀬署は東京の足立区にあります。〈任侠〉シリーズに登場する阿岐本組は昔気質のヤクザの組で、地元の古い住民からは頼りになる存在と思われているようです。場末といっては足立区の方に失礼ですが、都心ではないこの土地がふさわしい気がします。

今野:たしかに失礼だけど、足立区だとなんとなくリアリティあるよね。

――今野さんの警察小説は大森とか渋谷、お台場など都心から南の方を舞台にした作品が多い。東京の北の方に土地勘はないですよね。

今野:私は世田谷区と目黒区にしか住んだことないからね。ただ綾瀬の隣駅が葛飾区の亀有で、友人が住んでいたのでしょっちゅう遊びに行っていたことがあって、あのあたりをうろうろしていたので、だいたいの雰囲気はわかってました。

――警察官に対して使うのはどうかなという気がしますが、甘糟って巻込まれ型キャラというか貧乏くじを引くタイプですよね。一作目ではヤクザっぽい奴らが喧嘩しているから見てこいと言われて現場に行ったら傷害致死事件になったり、二作目ではチンピラ同士の喧嘩の現場で、怪しい白いスーツ姿の男と遭遇したり。

今野:とにかく気の弱い奴が振り回されるというパターンなんですね。たいていは先輩の郡原のせいなんですけど。

――チンピラ同士の間に入って喧嘩の仲裁をする白いスーツ姿の男が、実はお忍びの警視総監とわかるのですが、これには驚きました。

今野:これはテレビ時代劇の「暴れん坊将軍」です。時代劇みたいにチャンバラをやるわけじゃないけど、警視総監が無茶な行動をしたら誰も止められないだろうと。そこの壁に警察官と二人で写っている写真が架かってますが、この方は当時の警視総監のSさんです。もう退官されたから言えますが、なかなか破天荒な方で、そこからこのキャラクターのイメージを取ってますね。今でもお付き合いがあって、よく会ってます。〈隠蔽捜査〉シリーズに登場する神奈川県警本部長は、この方の名前を少し変えて名付けました。実際、ご本人も同じ役職だったことがあり、その当時本部長室に訪ねていったこともありました。名前の件はご本人承知の上だし、作品もお読みになってます。

――本書は管内のジャズクラブで麻薬取引が行われているというたれ込みがあり、ガサ入れを決行することに。その前に郡原と甘糟が店に行ってみると、めちゃくちゃ上手い女性シンガーのステージに遭遇し、驚いたことに客席には警視総監が。この店のオーナーは元警視監というお偉方で、星野アイという女性シンガーも大河原和恵という現職のキャリア警視正だとわかってびっくりします。

今野:自分たちの担当地域に、大物キャリアの警察OBがやってる店があったら迷惑だと思うよ。たぶん、すごく緊張するだろうね。

――ディーヴァ(歌姫)が現職キャリア警察官という設定には、これまたびっくりしました。

今野:実際にものすごく歌のうまい女性キャリアがいるんです。前作『マル暴総監』の次に何にしようかと考えていた時に、そのOさんのことがぽっと浮かんだんですよ。Oさんは以前に函館方面本部長をやっていたんです。その時にオレオレ詐欺、特殊詐欺防止のキャンペーンソングを自分で作詞作曲して歌ったCDを作って、啓蒙活動の一環で地元に配布していたそうです。

●日本のジャズシーンに触れた青春時代

――キャリア警察官もいろいろな方がいるんですね。今野さんのデビュー作「怪物が街にやってくる」はジャズミュージシャンが主人公でした。初期の代表作〈奏者水滸伝〉シリーズは特種能力を持ったジャズミュージシャンの話でしたし、デビュー初期のころは音楽がからむ作品が多かった印象がありました。

今野:高校時代からジャズを聴いていまして、東京に出てきてまず最初に行ったのが新宿のピットインというライブハウスでした。そこでフリージャズの山下洋輔トリオを聴いて、VAN99ホールという小さな小屋でつかこうへいの芝居を観てという、そういう青春だったんです。大学卒業後は東芝EMIに入って音楽の仕事もするわけですが、60年代の終わりごろから70年代にかけてジャズが面白かったんです。チック・コリアとかウェザー・リポートとかも出てきて、いろいろなジャンルのジャズが元気があったんだけど、それからパタッとすべてがつまらなくなって。最近、ジャズギターの演奏を勉強し始めたので、久しぶりに思い出してきたんですね。甘糟が脇役になるあっちのシリーズの最新作『任侠楽団』もジャズのビッグバンドの話だし、ちょっとジャズ付いていますね。

――甘糟の先輩の郡原ですが、各作品で意外な一面を見せますね。『マル暴総監』では、口は悪いけど実は面倒見がいい奴だということがわかりましたし、今回は実はジャズファンで、蘊蓄を披露するような場面がありました。

今野:それはちょっと狙っています。こわもてで乱暴で傍若無人な先輩というだけではなくて、「えっ?」って思わせるようにね。これからもいろんな一面を見せてくれるんじゃないかと思うんです。

――あと東美波という交通巡査が出てきましたね。

今野:今回は顔見せ程度でしたが、また登場しそうな気がするし、彼女で一本書けそうな気がします。

――星野アイこと大河原さんが潜入捜査みたいに、悪巧みをしているヤクザの店に行って歌うシーンで、初めてのミュージシャンとリハーサルをするんですが、ちょこっと声を聞いただけで、バックの彼らの態度ががらっと変わるという描写がありました。付け焼き刃ではない音楽の知識がないとなかなか書けないシーンだと思いました。

●伏線回収の秘訣は……

今野:歌や音楽の持つ魅力や雰囲気が上手く伝わっていれば嬉しいんですが。あとね、シリーズものの三作目って難しいんですよ。二作目は一作目を書いた勢いのまま書けるんです。でも三作目は変化球を投げなけりゃならないんです。「暴れん坊」総監だってずっと同じじゃ飽きられる。郡原が実はジャズ好きだったというのも変化球です。新しいキャラクターを出したり。でも東美波も登場させる予定なんてなかったんだけどね。

――連載を始める前にプロットは決めないんですか。

今野:全体のプロットなんて考えたことないです。というかできない。連載しながらその回ごとのプロットは一応考えますが。プロットを書いちゃうとそれだけで使い果たしちゃうんで興味がなくなっちゃうんです。

――プロットがないと矛盾が出たり、伏線の回収ができなくなるから怖いという声はよく聞きますが。

今野:プロットなんか作らないから面白い回収ができるんです。連載があと数回で終わるというころで読み返すんです。そうすると「あ、これ拾える、こんなことまで書いてるじゃん、俺」みたいな箇所が見つかるので、それを拾ってくるんです。意外な展開とかどういう発想でとかよく聞かれるんですが、後から考えて書いているんですよ。だから犯人だって変わっちゃうこともあります。意外なのは当たり前です。書いてる本人だって少し前まで知らなかったんだから。

――プロット通り知っていることを書くのでは躍動感が失われるということですね。

今野:プロット通りに書くのはつまらない。だから毎回連載の終わりに、「引き」を作るわけです。次回に続きを書こうとした時、どうして俺こんなこと書いちゃったんだろうと思うくらいの「引き」を作っておくと、そこで必死に考えるわけです。そうすると面白くなるんです。やはり必死に考えないとね。

●甘糟は成長せず、ずっと右往左往させたい

――貴重な今野メソッドともいうべき創作の秘密が聞けました。それはキャラクターにも言えることでしょうか。

今野:甘糟たちが車で張り込みに行っているところに、交通課の奴が駐車違反の切符切りで来て、その警官がとんでもない奴だったらさらに面白いなとひらめいて、登場させたのが東美波です。連載始める時はあんなキャラはぜんぜん考えていませんでした。

――甘糟はハードワークが嫌いでとにかく楽をしたいと四六時中考えている男ですが、なんやかやありながら、事件を解決して、なんとなく物語の終わりには少しは成長したのかなと、思える部分もあるのですが。

今野:いや、甘糟は成長しません。成長したらだめなんです。成長しないでずっと右往左往するのが面白いんです。

――なるほど。次作ではリセットされちゃうんですかね。

今野:物語を引っ張っていく視点人物は案内役であり、あまり成長させたらいけないと思ってます。他のシリーズの主人公たちも、微妙に変わっているところはありますが、基本は大きく成長させずぶれないキャラにしていますね。ですから甘糟はリセットというよりも、ぶれない。ぶれなくずっと弱い。そういうキャラクターであり続けるはずです。

(2022年8月 都内の事務所にて)

●プロフィール

こんの・びん
1955年北海道生まれ。上智大学在学中の78年にデビュー。警察小説の人気シリーズを数多く手がける。99年より空手道今野塾を主宰、臨場感溢れる武道小説にも定評がある。2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、08年『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞。17年「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。近著に『探花 隠蔽捜査9』『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』『石礫 機捜235』『任俠楽団』など。本作は、『マル暴甘糟』『マル暴総監』につづく〈マル暴〉シリーズ第3作。

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