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「腕貫探偵」の虜になった書店員が語るシリーズの魅力。 浜崎広江(今井書店)

2022年12月刊行文庫新刊『逢魔が刻 腕貫探偵リブート』作品解説
「腕貫探偵」の虜になった書店員が語るシリーズの魅力。 浜崎広江(今井書店)

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西澤保彦先生の「腕貫探偵」との出会いは、社内の文庫拡販企画でユーモアミステリーのミニフェアを提案したことがきっかけだった。リストアップする中で『腕貫探偵』に目がいった。
そのタイトルに惹かれ、読んでみると「腕貫」をした独特の風貌の男性公務員「腕貫探偵」が天才的な閃きで、市民の悩みや事件を解決に導いてゆくこの作品に、すっかり心を奪われてしまった。
これは、最近読んだミステリー短編集の中では一番面白い! と思ったので、「その面白さはナンバー1」と書いたポップを作成し『腕貫探偵』をメインにユーモアミステリーのミニフェアを行った。
その企画が出版元の営業さんの耳に入り、『腕貫探偵、残業中』が文庫化されるタイミングで、既刊本の重版の帯に私が作成したポップのコメントが採用されることに。
そして、本の学校今井ブックセンターリニューアルオープンの時は、「腕貫探偵」コーナーを作り、企画台で大々的な仕掛販売を行った。
その折には西澤先生から直筆の応援メッセージを頂き、『腕貫探偵』がその月の文庫の売り上げランキング一位を記録した。
それらのことがきっかけとなり、2014年3月29日に『探偵が腕貫を外すとき 腕貫探偵、巡回中』の新刊発売に合わせ、本の学校今井ブックセンターで西澤先生のトークショーを開催することになった。
なんと、「腕貫探偵」で、西澤先生の作品の虜になった私が司会を務めることになったのだ。
先生のお話では、「『腕貫探偵』は、やる気のない公務員が、相談に来られたから、あとは自分で考えてね」という設定にしたが、そのしばりが厳しかったので、シリーズ化は全く考えていなかったとのこと。
しかし、第一作のラストで相談者の悩みに丁寧に答え優しい感じにしていったことで、シリーズに繫がったという「腕貫探偵」が生まれるまでのお話はファンとしても大変興味深いものだった。
また、『探偵が腕貫を外すとき 腕貫探偵、巡回中』のラストは、腕貫探偵を慕う、セレブ女子大生・住吉ユリエと意味深な展開が待っている。二人の関係が今後どうなってゆくのか、質疑応答も多くファンの一番の関心事であった。
西澤先生も会場の熱におされたのか、その場で「腕貫探偵」シリーズはまだまだ続けるとお約束して頂いた。
そしてそのトークショーの様子が、実業之日本社さんの定期刊行誌「ジェイ・ノベル」に掲載された。
書店員として仕事をしてきた中で、至福の時間だった。
「腕貫探偵」シリーズは、これまでに七作品が刊行されている。
西澤先生は約束をしっかり守って下さり、「腕貫探偵」ファンとしては嬉しい限りだ。

このシリーズを読み進めてゆくと、特徴的な三つの「謎」の仕掛け方があることに気づいた。
一、普通の感覚では説明のつかない不思議な「謎」が連続して起こる現象。
二、人間関係が複雑に絡み合い、愛憎が交錯して起こる殺人事件。
三、腕貫探偵のアドバイスで埋もれていた記憶が甦り、恐ろしい真相が浮かびあがる。
というものだ。
これらの謎に、魅力的な登場人物が数多く絡んでくる。
捜査が行き詰まると腕貫探偵に相談を持ち掛ける櫃洗署の氷見・水谷川刑事コンビ。
シリーズ二作目の『腕貫探偵、残業中』には事件をさらりと解決した腕貫探偵に一目ぼれする、大富豪の女子大生・住吉ユリエが登場。腕貫探偵をだ〜りんと呼び、このあとの作品からは腕貫探偵に次ぐメインキャラクターとなる。初の長篇『モラトリアム・シアターproduced by 腕貫探偵』では、ユリエの兄のピンチを救う女子高生探偵・遅野井愛友と大富豪熟女探偵・月夜見ひろゑだ。
スピンオフ作品『必然という名の偶然』は、腕貫探偵が登場しない中、月夜見ひろゑが大活躍する。
そして、シリーズ七作目にあたる本書『逢魔が刻 腕貫探偵リブート』は、「腕貫探偵」を慕う、住吉ユリエがメインで活躍する。

【ユリエのお見合い顚末記】
住吉グループの総帥・祖母からお見合い話を勧められたユリエ。美味しい食事につられ約束のレストランに行くと、祖母とお見合い相手らしい男性とその祖父がいた。四人で美食を堪能したあと、ユリエはお見合い相手と二人だけでまたまた食事に行った。そこで彼からとんでもない話を聞かされる。彼の母親の不可解な死の謎と彼の秘密。実はあるキーワードで、もしかしたらこんな真相かなと気づくが、彼の複雑な人間関係の説明で、あれッ? 違うのかと翻弄される。しかし、ユリエさんは見事に真相を暴いてしまう。その推理は「腕貫探偵」並なのだ。

【逢魔が刻】
住吉ユリエを秘かに思っている櫃洗大学の男性講師は、複雑な家庭環境で育った。ほぼ絶縁状態にあった父親が亡くなり、葬儀に出席するため故郷に戻ると、彼の実家は警察車両に取り囲まれ、葬儀は中止になっていた。なんと、喪主である叔母が殺人容疑で逮捕されたのだ。さらに、彼は同級生たちから死んだと思われていた。昔よく訪れていた食堂に行くと、そこに住吉ユリエが友人たちと宴会をしていた。彼女たちの会話をなんとなく聞いているうちに、叔母が殺人を犯した理由が徐々にわかってくる。過去に自分と両親の間に何があったのか振り返っていくと、封印していた恐ろしい記憶が甦ってきた。記憶甦りの過程は読んでいる方もドキドキしてくる。そして、真相がわかった時の衝撃が半端なく凄かった。

【マインド・ファック・キラー】
櫃洗大学で臨時講師をしている、外国人男性講師たちは、日本人の女性たちときわどい関係を続けていた。そんな彼らはある日、一泊で日本人女性の知り合いの別荘でパーティーを行うことになった。ところが、それが想像を絶する愛欲地獄絵図に発展! 「腕貫探偵」史上、最も過激! 最凶最悪の展開に復讐譚と叙述トリックをプラス。ラストのどんでん返しの一撃で「え〜ッ」と思わず叫んでしまう。

【ユリエの本格ミステリ講座】
ある日、同級生の男の子から、「二十年前の親族が絡んだ事件をもとにミステリー小説を書きたい」と相談を受けた。全く面識のない三人の女性を一人の男性が意図的に殺害した後、自殺してしまったという筋書きのミステリー小説にするつもりで、ユリエの友人たちとともに構想を練ったが、結局「だ〜りん」こと腕貫探偵に相談することになった。
ユリエたちの構想に駄目出しを続ける腕貫探偵は、事件に隠された真相にたどり着くが……。えっ? この作品まだまだ推理が続くの? と思わせぶりな結末。これは、再読必至の作品だ。
本書は、前に提示した、三つの特徴的な謎の仕掛けを踏襲しつつ、腕貫探偵が登場しなくても、第一話でユリエが鮮やかに謎を解いたり、表題作「逢魔が刻」では、物語の主人公本人が自分自身で真相に気づくなど、新たな魅力がプラスされていて、謎解きの面白さがさらに増している。
タイトルで、リブート(再起動)とつけられているのも納得。
そして、これまでの登場人物たちも、それぞれのエピソードにしっかり登場している。
「腕貫探偵」シリーズのファンも、この作品で初めて「腕貫探偵」に出合う読者も両方が楽しめる作品、ご堪能あれ!

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