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読者の心に「プラスα」の力を生む 原田ひ香ワールドの作りかた

原田ひ香Special Talk
読者の心に「プラスα」の力を生む 原田ひ香ワールドの作りかた

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2022年は『三千円の使いかた』が文庫年間売上ランキング1位に輝き、新刊も軒並み増刷されるなど、原田さんにとって大躍進の一年となりました。生活に密着するモチーフを独特の着眼点で物語に紡ぎ出す「原田ワールド」が熱く支持されるのはなぜか。人気の秘密に迫ります。
文/三浦天紗子 写真/永田雅裕

★取材らしい取材はしない

 深夜専門の見守り屋をするヒロインが、夜勤明けに開く小さな祝宴を描く「ランチ酒」シリーズや、仲がいいとは言えない三姉妹が、朝昼晩で業態を変えて店を切り盛りする「三人屋」シリーズなど、ヒット作品を多数発表。さらに、2022年秋の『一橋桐子の犯罪日記』(NHK)や、23年の年明けから始まった『三千円の使いかた』(フジテレビ系)などが立て続けにドラマ化され、原田ひ香さんの注目度はうなぎ上りだ。
 ファンならお気づきだろうが、実は初期から、お金や不動産などをめぐり、「どう生きるべきか」というテーマに主人公たちが向き合う小説を、多く手がけてきた。

「デビュー2作めの『東京ロンダリング』では、事故物件に住んで賃貸マンションなどの瑕疵をロンダリングしていく女性を主人公にしました。ネットで目にした情報を元に『そういう仕事があってもいいかも』と、私自身がほぼ想像で作ったのに、取材して書いたと思われたことも多かったですね」

 一風変わった仕事を取り上げても、読者が身近な物語として夢中になるのは、作中の隅々にまでリアリティが張り巡らされているからだ。だが、原田さん曰く、「それほど取材らしい取材はしない」というから驚く。

「『ランチ酒』や、連載中の続編『朝酒』に関して言うと、お店が登場するのでそこにお酒を飲みに行ってみるくらいはするのですが、取材という感じではないですね。何回かプロの方を紹介していただいてインタビューしたこともあります。けれど、私はそれを小説にうまく落とし込むことが得意ではないみたいです。せっかくお話をうかがったのに、イヤな人物にしてしまうのは気が引けるし、小説としてはキャラクターを“いい人”にだけしておけないし……。なので、誰かにお話をうかがったりするのは最小限にしますね。
ただ、たまたま会った人、たとえば不動産屋さんとする10分とか20分とかの雑談は貴重です。そのときに、業界の人ならではのナマの言葉が出てくると、ものすごく物語が生きてくるというか、俄然面白くなる。『古本食堂』で使った〈本は触ると売れるんだよ〉というのも、確か書店の方と雑談していたときか、あるいは古本屋さん関係の本を読んでいたら出てきた言葉で、棚とかを整理して本に触るとその後不思議と売れていくんだというエピソードを覚えていたんですよね。リアルなひと言ふた言から物語が生まれたり、物語を締めるのに役に立ったり、そういうのはめずらしくないです」

★主婦雑誌はアイデアの宝庫

 もちろん、書籍や雑誌、メルマガやSNSは、小説のヒントを探したり情報収拾のため、ずっと参考にしてきた。

「特に主婦雑誌が好きなんですね。10年、いえもう15年以上読んでいるかなあ。たとえば貯蓄のためのアイデアや節約の考え方などお金のことを考える上で、ネタの宝庫なんです。いわば“主婦雑誌あるある”から学べることはとても多いです。例を挙げると、『サンキュ!』が、確か10年ぐらい前に1000万円貯めた人のやりくりのコツや貯蓄テクなどを記事にして、話題になったことがあったんです。知っている人からすると何でもない知識でも、初めて聞く人にとっては目からウロコ。その雑誌のコア読者は20代、30代の若い主婦で、読者からすれば、自分と同世代の、地方在住とかの主婦がそんなに貯めることができるんだという意外性があったんでしょうね。私も切り抜きを長く取っておいたほどその記事が面白くて、『こういうトピックは絶対、小説になる!』とそのころから思っていました。それもあって、小耳に挟んだ情報はわりとこまめに保存しますね。プチ投資や生命保険のことなども、Twitterなどで見つけてもすぐ流れていったり消えたりするので、丸ごとコピーしてどんどんメモに貼り付けて、後で見直したりします」

 原田さんの小説には、そうして集めたうんちくが、登場人物たちにとって何かプラスになるような形で織り込まれている。

「自分が取り入れたお得情報を『よかったらこんなこと、どうぞ』と、人に教えたい気持ちが、ちょっとあるのかもしれないですね。小説を楽しんでいたら新しいこともわかった、と思われるよう、自然に落とし込みたい。これまでの経済小説だと、マネーロンダリングだの企業買収などの、題材が大きい話が多かったと思うんです。私が書くのは、貯金や節約やマネープランなどにフォーカスした等身大のお金の話ですから、ある種のブルーオーシャンになっているのかもしれません」

 『財布は踊る』では、奨学金の返済に苦しんでいる若い女性が起死回生のアイデアで転機をつかむさまが、『ランチ酒』や「朝酒」では、人生に行き詰まった悩める女性が随時登場し、変わるきっかけが描かれる。

「最悪の状況にある人が少しずつ立ち直ったり、考え方や生き方を見直したり、小説ってどこか人が変化していくさまを追うものだという意識があるんですね。最近は興味があっていわゆる貧困女子の本などをよく読むのですが、『もしこの人が目の前にいたら、どうやって手を差し伸べたらいいだろう』と、なるべく具体的なやり方が浮かぶまで勝手に延々とシミュレーションしたりするのは好きです。
具体性と言えば、以前、厚切りジェイソンさんと話したことがありまして。彼もお金の本をいろいろ書いていらっしゃいますが、意見が一致したことがあります。お金を増やす方法は、『生活費を見直して、節約して余ったお金を投資する』なんだけど、それじゃ2行で終わるね、って(笑)。詰め込み知識よりお話として読んだほうが頭に入ってくると言ってくださる方がいるので、自分の子どものころの話なども書くのだ、ともおっしゃっていました。とはいえ、書きたいのはお金持ちになるノウハウでもないし、経済的な知識を教えたいとか、啓蒙したいわけでもありません。ただお金の話は、その人の生き方や選択につながるので、私自身がシンプルに面白いなと感じているんですよね」

 届く小包をめぐってさまざまな人生を垣間見せる『母親からの小包はなぜこんなにダサいのか』や、ルイ・ヴィトンの長財布がさまざまな人の手に渡っていくさまを通して現代社会を映す『財布は踊る』など、原田さんはさりげないモチーフを良質なエンタテイメントに仕立てるのが上手い。長編や連載のときは、事前にプロットを細かく立てておくのだろうか。

「以前はプロットがある方が編集者さんも安心するだろうと、用意して打ち合わせに臨んだりしたのですが、それもだんだん変わってきました。最近は特に連作短編などは、一話一話をつなげながら書き、ラストに近づくあたりで全体を読み直しながら、いちばん盛り上がりそうなエンディングを探るようにしています。実際問題、構成を決めたところでその通りに書き終わることはないです(笑)。ラストが見えてくるとまた物語をどんなふうに落ち着かせようかと違う方向が見えてくる。私自身も、ストーリーが走っていくというのかな、そういうスピード感がある物語が好きなので」

(下の写真は、原田さんの「アイデア帳」。作品別に、構成や登場人物や編集者との打合せ内容等が書き留められている。原田ワールドはここから生まれるのだ)

★シナリオから小説へ

 ご存じのように、原田さんは脚本家として活動していた時期がある。しかし、作家デビューは純文学の新人賞からで、徐々に、純文学作品とエンタテインメント作品の両方を手がけるように。心理描写や人間観察の鋭さと、リーダビリティのバランスが、原田さんの武器だろう。

「シナリオを書いてたころは、仕事として無理にでもエンタテインメント小説を読まなくてはいけなかったんですね。そこからの逃避みたいな気持ちで、久しぶりに高校時代に夢中になった村上春樹さんや保坂和志さんの作品へ戻ったとき、『やっぱり私はこういう物語を書きたい!』と、一気に純文学に気持ちが向いたんです。もっとも、会話でテンポ良く話が進んでいくのも基本的に好きなので、いまはだんだんとエンタテインメントに軸足が移ってきました」

 一日のスケジュールでは朝の9時ごろから2時間ほど、1日6、7枚を目安にコンスタントに執筆に当てるという。午後は校正などそれ以外の仕事をすることが多く、構想を練るのもそんなとき。

「午後は、執筆中の小説のことなどは何も考えないようにします。夕方に喫茶店などで、携帯電話のメモ機能にあれこれ思いつくままに書き込んだりは、よくやりますね。プロットほどまとまっていないのですが、のちのちストーリーを考えるときに役に立ったりします。頭の中に浮かぶいろいろが、点と点でつながっていったり、どこまでも広がっていったり、ぐわーっと一気にまとまっていく感覚が来ることがときどきあって。そのせいか、小説を書くことは芸術的な仕事だと思われているふしがありますが、インスピレーションが湧いても、それで終わるわけではなく、実際はそれをコツコツと文字に変換していく積み重ねの作業の連続。個人的にはつくづく職人的だなと思ってるんです」

★ “物語の力”はもっと必要になる

 2023年は、居酒屋を舞台にした作品や珈琲店を始めた男性主人公の作品など、新たに2、3冊が刊行予定。新聞や雑誌で新連載も始まる。さらに、過去作がヨーロッパ主要国で邦訳出版が決まっているとのこと。ますますファン層を広げそうだ。

「『三千円の使いかた』と『古本食堂』と『母親からの小包は~』、この3冊が、来年から再来年にかけてイタリアやスペイン、イギリス、ドイツ、オランダなどでありがたいことに本になります。よく小説は売れない、本が売れないという話題が出ますよね。これだけマンガやアニメ、ネットフリックスなどの定額制動画配信サービスなど顧客を奪われてしまって、本なんて求められなくなると。逆に私は、そういうコンテンツが求められているということは、どんな形であれみんないつだってストーリーを求めているんだと思えるんです。それは連綿と変わっていなし、むしろもっと“物語の力”は必要とされていくのではないでしょうか。ストーリー表現の中で、小説はもっともプリミティブな形式ですが、そこからドラマやマンガなどのマルチメディアに変わったりもする。伊坂幸太郎さんの『マリアビートル』がブラッド・ピット主演で映画化されたとか、すごく夢がありますよ(笑)。そこから入った人たちが「原作も読んでみたいな」と戻ってきたりします。小説の可能性を思うと、私はまったく悲観してないんですよね」

●プロフィール

はらだ・ひか
1970年神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」でNHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞を受賞し、作家デビュー。著書は『三人屋』『サンドの女 三人屋』、『ランチ酒』『東京ロンダリング』『母親ウエスタン』『口福のレシピ』『古本食堂』『財布は踊る』『老人ホテル』など多数。節約家族小説と話題を呼び、80万部を突破した大ベストセラー『三千円の使いかた』や、“ムショ活”を描く『一橋桐子(76)の犯罪日記』など、著書のドラマ化も続いている。

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