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英雄の成功と失敗に学べ

伊東 潤『英雄たちの経営力』刊行記念インタビュー
英雄の成功と失敗に学べ

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徳川家康、織田信長から、蘇我馬子や大隈重信まで、日本の歴史上のカリスマ=トップリーダーたちの成功と失敗を〈経営力〉という視点から読み解く、ユニークな歴史読み物を上梓したのは、吉川英治文学新人賞や山田風太郎賞など数々の文学賞を受賞した歴史作家の伊東潤氏。歴史からビジネスや人生の知恵を学ぶ極意とは!?

――本書『英雄たちの経営力』は、小説ではなく歴史読み物ですね。伊東さんの歴史読み物では『敗者烈伝』という著作もありますが、継続的に歴史読み物を執筆されている理由は何でしょう。

伊東:私にとって11作目の歴史読み物になります。本書は、WebメディアのPIVOT株式会社のWeb連載とデパート新聞の連載に加筆修正を加えたものになります。私の主戦場は小説ですが、こうした歴史読み物を折に触れ書くことで、歴史に対する自分なりのスタンス、昔風に言えば「史観」を養うことができるのです。それが、こうしたものを書き続ける動機です。

――歴史上の人物を「経営力」から論じる本書の視点がとてもユニークですね。幅広い知識や多彩な解釈力はもちろんですが、長年外資系企業に勤務しビジネスに詳しい伊東さんならではの「史観」も感じられる造りになっています。

伊東:読んで面白いだけでなく「役に立つ」ことに重点を置いた歴史読み物になるよう心掛けました。「史観」という言葉はあまり使いたくないのですが、あえて使わせていただくと、本書は単なる人物評伝ではなく、私の「史観」にまで昇華できたのではないかと自負しています。人というのは突然変異で生まれるわけではなく、時代という枠組みからは逃れられません。ですから人物評伝も、時代を洞察する目、すなわち「史観」が必要になってくるのです。

『敗者烈伝』では主に敗者の敗因について分析していきましたが、『英雄たちの経営力』では勝者も敗者もひっくるめて、時代の転換点で活躍した英雄や偉人を取り上げ、その経営力について分析・評価していきました。戦国時代の三大英雄のような有名人もいれば、荻原重秀のような無名の人もいますが、人物の選定には私なりの「史観」を込めたつもりです。

――本書の構成に沿って、取り上げた12人の「英雄」について聞かせてください。まずは古代から平安時代にかけては、蘇我馬子と白河上皇、平清盛を選ばれていますね。

伊東:蘇我馬子は日本の国造りのため仏教を導入した以外にも、渡来人の文化や技術を積極的に導入しました。とくに鉄製農具や鉄製武具の導入は、産業革命並みの衝撃がありました。稲目-馬子―蝦夷―入鹿という蘇我氏四代がいなければ、日本は100年以上も立ち遅れ、国力がピークを迎えていた新羅に侵攻されたかもしれません。

白河上皇は、すべて自分の思いのままになるほどの独裁体制を樹立しました。その権力の源泉は財力でした。彼は律令制という法を守る立場にありながら、法の抜け道を探して私財を貯め込んだところがすごいんです。それだけではなく荘園制を強固なものとし、院政という新たな政治体制を構築したことも功績として挙げられます。

平清盛は父忠盛の跡を受け、日宋貿易に本格的に取り組んだところが画期的ですね。また宋から輸入した銅銭を普及させ、物々交換の時代を終わらせようとしました。その成果は清盛が死に、平家が滅んでしまったので中途半端なものに終わりましたが、もしも平家政権が続いていたら、日本はより以上に開かれた国になり、上下共に交易や貨幣経済の恩恵を受けられていたはずです。

――鎌倉、室町時代では、本格的な武家政権を築いた源頼朝、そして、唯一選ばれた女性の日野富子の生きた室町中期は、応仁・文明の乱で都が荒れた一方、貨幣経済が進展した時代ですね。

伊東:平家は武家政権というには未成熟で、朝廷による従来の統治機構と利権構造に平家が入り込んだものでした。しかし頼朝は本拠を鎌倉に置いて朝廷と距離を取り、初めての本格的武家政権を樹立しました。これにより北条氏、足利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏と、覇権を握る者は代わっても、武家政権は明治維新まで続くことになります。

従来の富子の評価は「守銭奴」のようなもので、室町時代の腐敗を、夫で8代将軍の足利義政と共に背負わされてきました。しかし近年の研究成果により、実は富子は銭の力で京都を戦乱から守った人物として評価され始めました。彼女は為政者ではないので、画期的な政策が生み出せる立場ではなかったものの、混乱する室町幕府を支え、さらに戦乱を京都の外へと追いやった功績には、もっと注目してほしいですね。

――そして戦国時代・江戸時代初期の三英雄、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ですが……

伊東:この3人については説明不要でしょう。本書では、信長はその国家構想に、秀吉は茶の湯を使った文化政策に、そして家康は経済政策と治水事業に重点を置いて、その経営力を評価・分析しています。

――江戸時代中期では、幕府の経済官僚として元禄の貨幣改鋳を主導した荻原重秀、そして、金権政治の権化のようなイメージもいまだ強い田沼意次ですね。

伊東:荻原重秀は悲劇の主人公です。粘着質な新井白石に付きまとわれ、最後まで足を引っ張られました。しかし彼の構想と実行力、そして成果は特筆すべきものがあります。

田沼意次は運のない人でした。なぜ運がないのかは、本文をお読みいただきたいのですが、彼のやろうとしたことは、様々な事情からすべて中途半端に終わりました。しかしその構想は見事なもので、忠臣の名に値するものだと思います。

――幕末、明治で取り上げたのは維新三傑の一人・大久保利通と、大隈重信でした。

伊東:明治維新を呼び込み、新しい国家を作った主人公の一人が大久保なのですが、そんな大久保にも限界がありました。大久保には何が足りなかったのか。また西郷との二人三脚が破綻した理由は何だったのか。大久保の栄光と挫折を考察していきます。

大隈の事績で知られているのは、早稲田大学を創設したことくらいです。しかしそのほかにも、大隈には画期的な事績の数々がありました。また大隈の強みは誰にもまねのできないものであり、それこそは近代国家日本に必要不可欠のものでした。

――12人の英雄を紹介した各回で「リーダーシップ」「企画構想力」「人間力」など、経営力を測る8つの指標で英雄たちを分析、評価し、「あとがき」では、12人の英雄の中で最も「経営力」のある人物を選ばれていますね。それが誰か、は本書を読んでのお楽しみですが……。

伊東:本書での分析、評価はあくまで私の視点、つまり私論なので、異論があるのは承知の上です。「私はそうは思わない。その理由はこれこれだ」といった意見こそ貴重です。識者の言うことを何でも受け容れるだけでなく、自分の視点から評価し、持論を持つことが大切です。本書が刺激となり、自分の歴史解釈や史観を醸成していっていただきたいですね。

――巻末には、PIVOT株式会社の代表取締役である佐々木紀彦氏との対談が掲載されています。

伊東:WebメディアのPIVOT株式会社は、時代の最先端を行く人たちを取り上げ、インタビューや対談をサイトにアップしています。佐々木氏は「ビジネスマンは、もっと歴史から学ぶべき」と提唱し、本書のベースとなる私の連載も掲載してくれました。歴史を学んでも知識の域を出ず、「なるほどね」で終わらせてしまうことが多いものですが、大切なのは、歴史上の人物の成功や失敗の事例を自分事にピボット(換骨奪胎)することです。そうした意味でも、この対談は、歴史と現代のブリッジとなる画期的なものになりました。

――衛星放送BS11では伊東さんがレギュラー・コメンテーターを務める歴史教養番組「偉人・敗北からの教訓」も始まりました。

伊東:この番組は、単に知識としての歴史を伝えていくだけでなく、歴史上の英雄や偉人から学べる教訓を伝えていこうという趣旨なんです。偶然なのですが、『英雄たちの経営力』や『敗者烈伝』とテーマやコンセプトが同じでした。オファーは番組制作サイドからあったのですが、不思議なことです。番組も高視聴率ということでうれしい限りです。こうした偶然が大きなトレンドを生み出すので、「歴史から学ぶ教訓」ブームになるかもしれませんよ(笑)。

●プロフィール

1960年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業後、外資系企業に長らく勤務後、経営コンサルタントを経て2007年、『武田家滅亡』でデビュー。『黒南風の海――加藤清正「文禄・慶長の役」』で第1回本屋が選ぶ時代小説大賞を、『国を蹴った男』で第34回吉川英治文学新人賞を、『巨鯨の海』で第4回山田風太郎賞と第1回高校生直木賞を、『峠越え』で第20回中山義秀賞を、『義烈千秋 天狗党西へ』で第2回歴史時代作家クラブ賞(作品賞)を受賞。近著に『天下大乱』『一睡の夢 家康と淀君』『浪華燃ゆ』など。敗者となった日本史の英雄たちの「敗因」に焦点を当て、その人物像に迫るエッセイ『敗者烈伝』がある。

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