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6月の文庫新刊『怪盗はショールームでお待ちかね』によせて
伊園 旬 キャラクターの誕生

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怪盗紳士といういささか大時代なキーワードで連作短編のオファーを頂いたのは、一昨年の夏のことでした。私はこれを逃してなるかと二つ返事でお引き受けしました。なぜならそうした《仕掛ける》タイプのミステリーやサスペンスは、私自身にとっても大好物だからです。

犯行予告や変装で大向こうを煙に巻き、警察や探偵を翻弄して見得を切る、ケレン味たっぷりの賊もいいものです。しかしながら、そんな歌舞伎用語をもって語られる稀代の大泥棒よりは、現代の都会の空気を吸って生きている主人公にしようと思いました。

私の場合、登場人物を考える際に実在の誰かを下敷きにすることはあっても、モデルがたった一人だけということはありません。友人や知人、映画やテレビを通して見聞きした、複数の人から各部分を集め、架空のイメージを膨らませるのが合っているようです。またこれは余談ですが、強い共感を抱く登場人物にはサ行の名前をつけることが多く、本作でもそうしています。よろしければ偽名なども含めて確認してみて下さい。

主人公の洲崎圭二郎(すざき・けいじろう)は私と同い歳でもあり、彼にはかつての学友や会社の同僚などの特徴を当てはめました。若い頃に好景気を経験し、自由でありながら少しは歳相応の悲哀も感じさせ、好みの女性に対しては上品な下心を隠そうとしない男。

裏表二つの顔と仕事を持ち、人当たりよく社交的、金に困っても余裕を失わない、寛容さやバランス感覚を身に着けた男。

鷹揚にして周到、優雅にして繊細、何食わぬ顔をしてさりげなく仕事を片付けている男。

ドートマンダーやダニー・オーシャンのように軽妙かつ魅力的に仕上がっていればいいのですが、いかがでしょうか。

また打ち合わせの過程で、ある条件を提示されました。主人公の帰りを待つ美人秘書の存在は必須、できれば天然寄りの性格がいいとのこと。ここでは名前を伏せますが、元ニュースキャスターでもある素敵な女性タレントをキービジュアルに、前職や能力の設定を追加していきました。純真無垢な彼女は洲崎の裏の顔を知りません。

そこで洲崎の片腕となり裏の仕事もフルにサポートする、強力な仲間が必要になってきます。宇田川漣(うたがわ・れん)はスマートで有能な相棒ですが、洲崎より一回り若く、自分のポリシーにはやや頑ななこだわりを持っているタイプにしました。実は洲崎の裏稼業を手伝うことになった経緯についても考えてあるのですが、それはまた別のお話。

書かれていない背景があるという点は《作業服を着たアルチザン》こと柳武比古(やなぎ・たけひこ)や、《クルーズする引きこもり》中井薫(なかい・かおる)についても然りです。改めて機会を頂けたら、このキャラクター達の新たな活躍を書くこともできるでしょう。

そんなわけで、怪盗もの、襲撃もの(ケイパー・ストーリー)、信用詐欺(コン・ゲーム)ものミステリーや、ミッション遂行サスペンス。そのような《仕掛ける》タイプの物語における御用命があれば、ぜひまたお声掛け頂きたいと願い、心よりお待ちしている次第です。

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