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信濃のコロンボの魅力 美村里江(俳優・エッセイスト)

2023年7月の新刊 内田康夫『追分殺人事件 新装版』作品解説
信濃のコロンボの魅力 美村里江(俳優・エッセイスト)

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「私達の心には物語世界の“理想の警察官”が居るよねぇ」

 警察署からの帰り道、友人がぽつりと漏らした一言だ。とある被害に遭い、警察へ事情を話しに行かねばならないが心細いということで、頼まれて付き添っていた私も思わず頷いた。警察官の方々は現実的なラインでしっかり対応をしてくださった。しかし、どうしても夢想してしまう。話を聞いてくれたのが、物語の中の、あの警察官達であれば……。

 この時、私が理想として真っ先に思い浮かべたのが、「竹村岩男」である。

 何年も前の出世祝いのレインコートを大事に着続け、どんな立場の人とも真剣に対峙し、こつこつと捜査を進める努力型の現場主義……。彼が話を聞いてくれたら、手続き上同じ結果でも、被害者である友人の表情はもう少し晴れた気がするのだ。(岡部警部も申し分ない警察官だが、そのハンサムさで友人が緊張しそうなので適任とは言い難い。)

 今回は、妻である竹村陽子を演じた6代目の役者の視点から、「信濃のコロンボ」の魅力を書いてみたいと思う。

 ご存知の通り映像化も多い内田康夫作品群。私の把握漏れがなければ、代表作の浅見光彦シリーズは、放送局を変えながらこれまで11名の役者が演じている。対して竹村岩男を演じた役者は、6名。

 単純に半分程度、と思いきや、原作の浅見シリーズが110作を超え、竹村シリーズが純粋には5作であると知れば、印象は覆る。浅見光彦は大変魅力的なキャラクターで研究会があるのも納得だが、少ない原作数にも拘わらず映像化が続く竹村岩男には、別の魅力があるのだ。

 閃きはあれどスーパーマンではない人間が、額に汗して諦めず進み続ける様子は、歳を重ねるほどに格好良さがわかる。時に「粘っこい」とまで評される捜査への執着により、映像では段階的な場面を作りやすく視聴者への説得力も増す。また、リラックスと緊張を自在に行き来して事実を聞き出す対話術も、演出映えする部分といえるだろう。

 演じる役としても竹村岩男は腕が鳴る。「一見平凡だが実は非凡」という、矛盾した威力を双方向に持ち続ける必要があるからだ。複雑な表現を求められるのは、役者として嬉しいものであり、6代目竹村岩男を演じた伊藤淳史さんも、「新・信濃のコロンボ 追分殺人事件」では色々工夫されていたと思う。

 特に終盤、事実を隠そうとする犯人に対し「貴方の信念は認めます。ですが、嘘は認めません!」と詰め寄るドラマオリジナルの台詞に、伊藤さんの思う信濃のコロンボ像が詰まっていたと感じる。

 映像化する際どうしても多くの改変が行われ、本好きの私は原作贔屓になりがちだが、この『追分殺人事件』はドラマ版も気に入っている。理不尽な苦難を乗り越え、仲間や家族を思い合ってきた人々が追分……人生の分岐ですれ違っていく切なさが、色濃く映像に変換されていると感じるからだ。未見の方は機会があればご覧頂けると嬉しい。

 また、竹村陽子として私が大事にしたのは、事件と無関係の日常を保つことだ。事件モノに出てくるのは、被害者、関係者、刑事と犯人であるから、どうしても芝居は重くなる。それを(時には無責任に)一旦リセットするのが、文字通り陽気な陽子さんの役割かなと考えている。

 少年時代の浅見光彦の活躍と、まだ二十歳の竹村巡査との初邂逅も描かれている大好きな作品『ぼくが探偵だった夏』についても触れておきたい。

 「人が死ぬって、どういうことなのか」という浅見少年の疑問に、戦争のため小説家になる夢を諦めたという同級生の祖父が答えた場面が印象に残っている。曰く、大きな満員電車に賑やかな連中が大勢乗っていて、笑ったり泣いたり喧嘩したりしている。皆切符を持っているが、誰も行き先を知らない。「そしてある時、停まった駅にぼく一人だけが降りるんだ。」ほかの皆は一瞬振り返るけれど、すぐにまた賑やかな様子に戻り、走り去っていく。「もうその電車にぼくはいない。」

 至って穏やかな筆致なのに、私は急にここで涙が出てしまった。すると作中でも、普段冷静な浅見少年がこの話を聞いて心細さを感じ、急いで自分の別荘へ帰宅、台所の母に抱きつき泣いたのだ。

 「あとがき ぼくが少年だった頃」での戦中体験を読んで、その理由が少し見えた気がした。人は必ず死ぬ。その当たり前のことが作者の根底にあるかどうかで、読者に手渡されるものは増える。

 ちなみに、作中で浅見少年から相談を受けた竹村巡査は、子供の話と流さず即日調べ、翌朝わざわざ報告にも訪れている。浅見少年もそのことですっかり彼を信頼するのだが、これこそまさに、冒頭で私が理想の警察官として思い浮かべた竹村岩男の姿である。

 クロスオーバー作品も多く、読者を存分に楽しませてくれた内田さん。飄々としたルポライターや推理作家として自ら劇中に登場し、各作品を跨ぎ越え名探偵たちと交流している様子は、いつも楽しげであった。

 「内田康夫役」を終え、一人降り立った駅には、よれよれのレインコートや車椅子の影があり、少し離れたところにソアラも停車していたのではないだろうか。皆で旅を続けながら、各地の事件を解決していく続編を、なぜか私は知っている気がする。

美村里江さん
プロフィールと最新情報 https://www.stardust.co.jp/talent/section1/mimurarie/

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