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“存在しない犬”を題材にしたワケ――愛犬家の日常は事件に満ちている!?

『一億円の犬』刊行記念 作家・佐藤青南×漫画家・まんきつ 特別対談
“存在しない犬”を題材にしたワケ――愛犬家の日常は事件に満ちている!?

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最新作『一億円の犬』を上梓したばかりの佐藤青南さんは、プライベートでも大の愛犬家として知られています。そこで『犬々ワンダーランド』で人気の漫画家・まんきつさんをお招きし、愛犬との日々、そして犬を通した創作観について語り合っていただきました。果たして、愛犬との暮らしでお二人に起きたある変化とは――。
写真/国府田利光  構成・文/友清哲

▼愛犬との出会いを振り返る

――佐藤さんはポメラニアンのアロンちゃん、まんきつさんは保護犬のポテトちゃんと黒柴の銀ちゃんの飼い主として、いずれもファンにはおなじみです。まずは、お二人と愛犬との出会いから教えてください。

佐藤:僕はいまのペットOKのマンションに引っ越してきてから、ずっと犬を飼いたくて仕方がなかったんです。でも、一緒に暮らしているパートナーが大の犬嫌いで。どうすればいいかと考えた末に、一度抱っこさせてみれば情が湧くのではないかと、半ば強引にペットショップへ連れて行ったんです。すると、まんまと彼女が「この子と暮らしたい」と豹変しまして(笑)。

まんきつ: それは作戦勝ちですねえ。

佐藤:むしろ、あまりの変わりように僕のほうが戸惑ってしまって、「大丈夫? 命を預かることの重大さを、ちゃんとわかってる?」と何度も確認したくらいです。そうしたら、「どのみちいつか飼おうと思っていたんでしょ? だったらこの子がいい」と言ってくれて。めでたく、アロンをお迎えすることになりました。

まんきつ:わあ、いいお話! 私のほうは、ポテトを動物保護会から引き取ったのがいまから13年くらい前のことで、その後、ペットショップで銀をお迎えすることになります。

――ポテトちゃんは人にも他の犬にもなかなか慣れない、臆病な子だったと作品の中でも描かれています。それでも引き取ろうと考えたのはなぜですか?

まんきつ:当時、我が家には猫もいたので、おとなしい子のほうが共存しやすいと考えたんです。保護会でポテトを抱っこした息子が「この子がいい」と言ったのもあって、わりとすんなり決めましたね。もっとも、抱かれているポテトは小刻みに震えていましたけど(笑)。

佐藤:そこからもう1頭となったのは、何か理由があるんですか?

まんきつ:これはもう、ペットショップの策略にハマったとしか言いようがないですね。ポテトのごはんを買いに行った際に、じっとこちらを見ている子がいたので気にしていたら、案の定、店員さんが「抱っこしてみますか」と言ってきて。こちらからすれば、一目惚れみたいなものですよ。

佐藤:へえ、運命的じゃないですか。ポテトちゃんとの相性などは、気になりませんでしたか?

まんきつ:幸いというか、ポテトは外でしかトイレができないこと以外、基本的に手がかからない子なので、どうにかなるのではないかと思っていました。

▼“存在しない犬”を題材にしたワケ

――さて、『一億円の犬』が発売になりました。まんきつさんはこの作品について、どのような感想をお持ちになりましたか?

まんきつ:拝読してまず感じたのは、インスタ上の愛犬家の中には、こういう虚構にまみれた人が意外とたくさんいるのかもしれないな、ということでした。そのくらいリアリティを感じてしまったので、もしかすると主人公の梨沙にはモデルがいるのではと思っているくらいです。

佐藤:そう言われると、たしかに思い浮かべてしまう人はちらほらいますね(笑)。愛犬家という分野にかぎらずですが、何者かでありたい一心から、肩書や経歴を盛って自分を飾ろうとする人っているじゃないですか? SNSでそういうアカウントを見つけて、観察していた時期があったのは確かです。

まんきつ:ああ、わかります。私も梨沙のようなアカウントに心当たりがあるせいなのか、主人公を取り巻く登場人物の皆さんに、妙に感情移入してしまいました。「保護団体の真鍋さん、頑張れ!」って。

佐藤:ありがとうございます。ただ、そこに今回の着想があったわけではないんですよ。もともと昨年書いた『犬を盗む』という作品が好評だったので、引き続き犬をテーマに何か描けないかというのが発端で。ところが、僕の中で“犬を絶対に不幸にしない”というルールがあるので、この縛りの中でミステリーをやろうとしても、エンタメとしてはぱっとしない展開しか思いつかないんですね。だったらいっそ、実は存在していない架空の犬を題材にするのはどうだろうと考えたのが、今回の作品のはじまりでした。

まんきつ:なるほど。その、ご自身の中のルールもそうですが、佐藤さんは実際に保護犬を引き取ろうともされていましたし、随所に犬への愛情が感じられますよね。

佐藤:実際にはペットショップからお迎えすることになったので、ちょっと後ろめたく感じてはいるのですが……。

まんきつ:後ろめたく感じるのわかります。私もペットショップに加担してしまった罪悪感はいまだに引きずっていますから。ただ保護犬を引き取るのって、本当にハードルが高いですからね。独身は駄目とか、同棲カップルは駄目とか、なかなか難しいです。でも、『犬々ワンダーランド』で保護施設を取材させてもらった際に、保護活動をしている皆さんがいかに犬の一生を大切に思っているかが伝わってきて、それも大いに納得してしまったのですが。

佐藤:そういう取材のエピソードにしても、『犬々ワンダーランド』を読んでいると、まんきつさんの行動力にあらためて驚かされますよ。疑問や興味を感じたことに対して、自ら積極的に切り込んでいく姿を尊敬しています。

▼知られざる『犬々ワンダーランド』誕生秘話

――では、佐藤さんにとって『犬々ワンダーランド』の中で印象的なエピソードを挙げていただくとすると?

佐藤:保護活動をされている方のところにいた、まったく人馴れしていない犬が、10年以上経ってもまったく触らせてもくれない状態のままだったというお話は、ちょっと衝撃的でしたね。犬って個体差はあっても、最終的に人に懐くものだとばかり思っていたので。

まんきつ:あれは私もびっくりしました。ちゃんと愛情を注げばどんな犬でも心を開いてくれるものだと思い込んでいましたが、そうではないんだなと。

佐藤:過去に、よほど人間に酷い目にあわされたのでしょうか。そういう想像をすると、本当に辛い気持ちになります。ちなみに、ポテトちゃんと銀ちゃんは、すぐに打ち解けたんですか?

まんきつ:ポテトが臆病なので、1年くらいかかりました。銀は遊んでほしくて懸命に愛想をふりまくんですけど、ポテトのほうがずっと我関せずといった様子で。

佐藤:けっこうかかりましたね。そんな2頭が仲良くなったのは、何かきっかけがあるんですか?

まんきつ:冬だったと思うんですけど、ある日の昼下がりにふと見たら、日向のスペースで互いに背中を寄せ合ってすやすや寝ていたんです。何があったのかはわかりませんが、それからは仲良しですね。

佐藤:へえ、なんだか胸に来るシーンですね(笑)。そういう話を聞くと多頭飼いに憧れますけど、もし相性の悪い子が来ちゃったらと考えると、なかなか踏ん切りがつかなくて。

まんきつ:人間と同じで、1頭1頭まったく性格が異なりますから、そこは慎重に見極めたいですよね。

――『犬々ワンダーランド』はもともと、どのような経緯でスタートした作品なんですか?

まんきつ:最初は、当時ハマっていた気功の漫画を描こうと思っていたのですが、いろいろあってボツになりまして(笑)そこで、「代わりに犬をテーマにするのはどうですか」と提案されて、すんなり決まりました。

佐藤:気功から犬って、まったく違う題材なのが面白いですね(笑)。

まんきつ:その頃、たまにツイッター(当時)に犬の4コマ漫画を描いてアップしていたので、編集さんの頭の中にそれがあったのだと思います。

佐藤:なるほど。犬を漫画にしようと思ったのはなぜですか?

まんきつ:まさか自分が犬のマンガを描くなんて想像もしませんでした。ただ犬と生活していると、毎日何かしらの事件が起こるじゃないですか。これはネタにしない手はないなと考えたのは、漫画家のさがみたいなものでしょうね。

▼犬との生活で起きた変化とは

――犬と暮らし始めたことで、お二人は生活や仕事においてどのような変化がありましたか。

佐藤:僕は覿面(てきめん)に生活リズムが変わりました。僕はデビュー前に夜勤の仕事をしていたこともあって、昼夜逆転の不規則な生活が染み付いていたのですが、犬の散歩をするようになってから、完全に朝型になりました。

まんきつ:あ、それはありますよね。私もそうです。

佐藤:それまでは15時に打ち合わせのアポイントが入っても、「起きられるかな。大丈夫かな」と心配していたくらいだったのに、この変化は大きいですよ。いまは夏場など5時くらいに起きて散歩に出ますからね。

まんきつ:そうですよね。アスファルトが熱すぎて歩けなくなっちゃいますから。夏は6時でももう厳しい。あと、健康にすごく気を使うようになったのも、変化といえば変化ですね。

佐藤:それはご自身の健康ですか?

まんきつ:そうです。先日、銀を抱っこしようとしてぎっくり腰になってしまったことがあって、散歩もできない状態になってしまったことがあったんです。これがショックで、健康でいなければ犬を育てることはできないなと思い知りました。

佐藤:なるほど。犬の散歩はこちらにとってもいい運動になりますし、いいサイクルですよね。うちのアロンはあまり散歩が好きじゃないようなので、どちらかといえば僕が散歩に付き合ってもらっているような状態ですが(笑)。

――逆に、犬と暮らすことの大変さは、どのような部分にありますか。

まんきつ:うちの場合、銀がパピー(1歳以下の子犬)の頃は、噛み癖が酷くて軽く育児ノイローゼのようにはなりました。油断すると洋服のボタンが全部食いちぎられていたり、玄関の革靴がバラバラにされていたりしましたからね(苦笑)。

佐藤:それは凄いですね。うちはそこまでではなかったなあ。

まんきつ:年齢と共に自然と落ち着いてきましたね、そもそも手(口)の届く場所に置いておいた私が悪いんですけどね。

佐藤:そうした辛い時期でも、手放そうなんて想いが微塵も湧かないのは不思議ですよね。

まんきつ:本当にそうですね。そこはやはり愛情でしょう。私、初めて銀を抱いた時、母乳が出そうになりましたから(笑)。これ、決して大袈裟ではなくて、海外で猿の赤ちゃんを拾った老婆から母乳が出たという実例があるらしいんですよ。

佐藤:へえ! ちゃんと調べているあたりが、まんきつさんらしいですよね(笑)。

▼SNSとの上手な付き合い方は?

――ところで、『一億円の犬』ではSNSが題材のひとつになっています。お二人もそれぞれ、ユニークなSNSの使い方をされている印象です。佐藤さんに至っては、いつの間にかX(旧ツイッター)のアカウント名が「アロンのかいぬし」になっていますし(笑)。

佐藤:もともとそれほど熱心に発信していたわけではないのですが、何かと煩わしいことも多いので、一時的に今回のプロモーションを兼ねて改名してみました(笑)。最近のSNSって、なんだか殺伐としているじゃないですか。

まんきつ:うん、気持ちはよくわかります。ちなみに、アカウント名はもうこのまま行くんですか?

佐藤:どうしようかなと考えているところです。ぶっちゃけ、今回の作品のプロモを終えたら、SNSを続ける意味はもうあまりないような気すらしていますが、犬をメインにしたことでタイムラインが平穏になったので、何らかの形では続けるんでしょうね。

――一方、まんきつさんは対照的に、最近あまり犬のことには触れていませんね。

まんきつ:そうですね。佐藤さんと同様、煩わしいことが多いので(苦笑)。それに、犬のお世話して家のことをやって仕事をしていたら、Xをいじってる時間があまり取れないんですよ。

佐藤:それはそうですね。仕事もあるし、他にも家のことをやらなければなりませんし。

まんきつ:それに、観なきゃいけないNetflixの番組もたくさんあるし(笑)。気づいたら、リツイート多めの宣伝主体のアカウントになってしまいました。

佐藤:僕もそうですけど、たぶんもともとあまりこういうツールに向いていないんでしょう(笑)。もちろん、虚飾じゃなくても、ある程度の虚栄みたいなものは必要だと思うんですよ。作家として、「まったく売れてないけど買ってください」と言うのは違うと思いますし、ポジティブな発信をするのは当然でしょう。でも、自分はあまりそういうことに興味が持てないですね。

――しかし、SNSがなかったら今作の題材には出会えなかったとも言えます。

佐藤:それはそうですね。だからやはり、適度な距離感を保つことが大切なのでしょう。まんきつさんも、けっこう不快な想いをされたことがあるのでは?

まんきつ:昔はけっこうありました。突然、「僕の歌を聴いてください」と動画を送り付けられたりとか。SNSにまだ不慣れで、そういうリプライにいちいち丁寧に返信をしていたのもよくなかったのだと思います。

佐藤:『犬々ワンダーランド』でも描かれていましたけど、そこはきっと犬のしつけ教室と同じなんですよ。噛まれても平気なふりをしていないとどんどんエスカレートする、という(笑)。

まんきつ:そうかもしれないですね(笑)。やはり距離感が大切である、と。

――愛犬家同士らしい着地ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

佐藤青南(さとう・せいなん)
作家。1975年長崎生まれ。「ある少女にまつわる殺人の告白」で第9回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞し、2011年同作でデビュー。2016年『白バイガール』で第2回神奈川本大賞を受賞。ドラマ化された〈行動心理捜査官・楯岡絵麻〉シリーズのほか〈ストラングラー〉シリーズ、〈お電話かわりました名探偵です〉シリーズ、『犬を盗む』『残奏』など著書多数。愛犬は、ポメラニアン・アロンちゃん(6歳・メス)。

まんきつ
漫画家。1975年埼玉県生まれ。2012年に始めたブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴びる。2019年に、ペンネームを「まんしゅうきつこ」から「まんきつ」に改名。著書に『アル中ワンダーランド』『湯遊ワンダーランド』『犬々ワンダーランド』などがある。愛犬は、雑種・ポテトちゃん(12歳・メス)、黒柴・銀くん(3歳・オス)。

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