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東京おでんだね×山本幸久

あっつあつのおでんに恋をした! 『おでんオデッセイ』刊行記念対談
東京おでんだね×山本幸久

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山本幸久さんの最新小説『おでんオデッセイ』は、地方都市にUターンしたアラサー女子が開店したおでん屋台で、個性あふれる客との心の交流を重ね再起していく姿を描くハートフルストーリー。本書刊行を記念して、東京周辺のおでんだね専門店情報を扱うWebサイト〈東京おでんだね〉(https://odendane.com/)の主宰者で本書の監修も手掛けた源太さんと山本さんが初対面&初対談。あつあつのおでん談義は、おでんの多様性から美味しい食べ方、おでんだね屋の現在にまで話は及び……。
(構成:編集部、写真協力:東京おでんだね)

おでんにハマったきっかけは?

――『笑う招き猫』でデビューして20年、『ある日、アヒルバス』『花屋さんが言うことには』など、お仕事小説を主に手掛けている山本さんが、今回おでんをテーマにしたきっかけはなんでしょう?

山本:妻が富山出身なんですが、富山の蒲鉾って板が付いてなかったり、細工蒲鉾のように、お祝いの席で飾ったりする独特な文化があって、まず蒲鉾が面白そうと興味を持ったのが最初ですね。おでんを題材に取り上げている作家も少ないのと、原材料が手に入りやすい環境や屋台を小説に登場させることも考慮して、最終的には地方のおでんだね屋さんを書いてみようと。それで、おでんのことをネットで調べ始めてみると、これがどうやっても〈東京おでんだね〉さんに行き着いてしまうんです(笑)。

源太:ありがとうございます。〈東京おでんだね〉のサイトは2018年10月から始めて5年です。「おでん」と検索するだけだとあまり出てこないんですが、ピンポイントのキーワードの「たね」「調理の仕方」といっしょに検索すると上位に出てくるんです。自分も、おでんのことを調べたくて検索しても自分のサイトしか出てこなかったりして……(笑)。

――おでんだね屋の情報サイトをつくったのはどういう経緯だったんでしょう?

源太:東京・北区の王子で育ったんですが、子供のころはおでんだね屋さんが多かったんです。たねを店で買って、家で調理するのが当たり前の時代でした。大人になってからはしばらく遠ざかっていましたが、40歳を過ぎて、当時のおでんだね屋さんに再会したとき、急に幼いころの一家団欒の思い出が蘇ってきたんです。それで、各地のおでんだね屋さんにも、そういうドラマが隠れているのでは、と思い立って調べ始めたところ、どんどん店が無くなっていくのを目の当たりにして。これはいかんと、おでんだね屋さんを少しでも応援できればという思いで、サイトを立ち上げました。

山本:どんな方がサイトをご覧になってるんですか。

源太:男女の割合は男性6割、女性4割くらいでしょうか。調理法も載せているので、サイトを見ておでんを作っているという男性の方も多くいらっしゃいます。自分が育った地域でもこんな店があったと、思い出を蘇らせている方もいるのかなと。メインは50~60代の方ですね。サイトには累計300本くらい情報がアップされています。冬になると一気にアクセスが増えて、大晦日がピークです。正月を過ぎると、ぐんと落ちます。一番アクセスが少ないのは8月です。今年の夏は最低でした(笑)。

Webサイト〈東京おでんだね〉

山本:おでんは冬中ピークが続くと思ってましたが、そうでもないんですね。おせちの後はカレーとか洋物も恋しくなるし、冬でも恵方巻とかイベントもありますしね。

源太:今回『おでんオデッセイ』を読ませていただいて、いい出汁が出た、まさにおでんぽい小説だな(笑)と感じました。主人公の静香はじめ登場人物の個性が強かったり、ものすごく驚くような出来事が起きるわけではないんですが、それぞれの人物の物語がからみあって、ひとつのハーモニーになっているなと。私は主人公の境遇や親との関係に共感を覚えましたが、読まれる方も十人十色で、それぞれのエピソードに自分事として共感されるだろうなと思います。20回も見合いをしているキツネ目の上司も、ストーリーの当初は嫌な奴だったのが、だんだん頑張れという気持ちになってきて、いい味が沁みだしてました(笑)。

多種多様! 全国のおでんだね

山本:ありがとうございます。今回、作品の舞台になった町は太平洋に面した架空の町ですが、おでんのたねにはかなり地方色があるんだということは、改めて感じました。

源太:例えば、ちくわぶは好きな人とそうでない人がはっきりと分かれますね。ちくわぶ評論家になるくらい好きな人もいますし、東と西では全然扱いが違います。材料は小麦粉ですが、こんなもん粉モンじゃないという意見もあります。ま、たこ焼きは確かにうまいですけどね(笑)。

山本:なんで日本全国の地方によって、いろいろなおでんがあるんでしょう。

源太:そもそも鍋って地方色があるじゃないですか。つけだれや出汁も違うし、それぞれの地方で、自分たちの味覚に合いやすいように具を加えていくんですね。九州や沖縄では肉で出汁をとったり、名古屋だと八丁味噌を使った味噌おでんだったり、東北だと魚介類を入れたり。「これ入れたら、うまいんじゃね?」というノリだったんでしょうね(笑)。
練り物の原材料も地方によって魚の種類が違いますね。全国的にはスケソウダラですが、九州とかはエソとかトビウオだったり。サメのすり身を材料にしたスジは関東特有のたねです。

――東京の練り物はどういう特徴があるんでしょう。

源太:小田原だとグチという魚を原材料にした蒸し蒲鉾が有名なんですが、東京はいろんな種類の魚がたくさん入ってくるので、それをどう美味しく加工するかという技術が発達しました。味が強く出てしまう蒸し蒲鉾よりは安い魚でも美味しく食べられる揚げ蒲鉾が主体なので、東京ではさつま揚げが盛んになりました。戦中戦後は動物性タンパク質の補給の意味でも重宝されて、最初の東京オリンピックの頃からは焼売巻や餃子巻のような新しい発想が出てきて、たねも増えてきました。ウインナー巻もその当時からですね。

山本:ソーセージ巻ではなくウインナー巻が正しいんですね(笑)。

源太:今はあまりウインナーって言いませんけど、当時の言い方が残ってるのでそれだけ、歴史が古いということですね。今はいろんなたねがあって、本書で取材された吉祥寺の塚田水産だと、地元のラーメン屋のホープ軒本舗とコラボしたチャーシューさつまや中華のみんみんとコラボの焼き餃子巻も美味しいですよね。中身が秘密のびっくり天とか。『おでんオデッセイ』でも取り上げている東京揚げは、おでん料理屋から塚田水産が依頼を受けて、東京蒲鉾組合に残っていたレシピを取り寄せて作ったもので、まさに幻の絶滅危惧種だねです。

山本:チャーシューや餃子が美味いんだから、これは美味いに決まってますよね(笑)。今回買ってきたびっくり天は、店で「お弁当に入っていてみんなに人気の食べ物」とヒントを出していました。それが何かは食べてのお楽しみで。

吉祥寺の人気おでんだね屋・塚田水産

源太:練り物の味覚の基本は足、つまり弾力で、かつては足が強いのが美味しいとされていましたが、今の基準は“ふわふわ”が美味しいということになっています。日本人の好む食感自体がソフトになって、昔ながらの揚げ蒲鉾や普通の蒲鉾は敬遠されるようになりました。しんじょのような“ふわもち食感”が好まれて、職人さんは今の感覚に合うように色々考えてたねを作っていますが、多くの人は練り物の原材料が魚かどうかも知らないし、まず考えようともしないですね。知ってたからって、どうということはないですが(苦笑)。

山本:ただ、おでんだねの人気ランキングで、トップは不動の大根、ちくわ、その後にちくわで、実は練り物は上位じゃないんですよね。主人公の実家が練り物屋だからおでん屋台のたねは全部揃えられると考えていたらそうでもないので、ちょっと面倒くさいなと(笑)。

おでんだねの食べる順番は?

山本:作家デビューの前は漫画の編集者だったんですが、おでん屋で漫画家と食事をしたときに、ちくわぶを最初に食べたら、「最初にちくわぶ?」と突っ込まれたことがあるんですよね(笑)。

源太:たねを食べる順番って、江戸前寿司でもないので、食べたいものを一番先に食べるのがいいんじゃないかとは思います。おでんはすぐにお腹いっぱいになってしまいますし。食べる人それぞれのこだわりもあると思うので、自分なりの考え方も出てきて、それがいいんじゃないかと。

山本:おでんの味覚の表現も難しいんですよね。出汁が沁みてて美味しいと書いていても、あれ、それでいいんだっけと(笑)。どう書き分けておられるんですか。

源太:いや、もう惰性になってますが(笑)。ただ、おでんは、わかりやすいように、あご出汁とか、かつお出汁が美味しいとかいうんですけど、それももちろんありますが、汁の旨味の多くは“たね”、特に練り物から出る旨味がブレンドされているんですね。逆に言うと、煮ると旨味が抜けるということでもあって、練り物は本来はそのまま食べたほうが弾力も仕上がっているし、すり身の旨味もすべて詰まっていて、実は一番美味しいんです(笑)。だから練り物は、季節に関係なく美味しく食べることができます。夏に冷やしたまま食べるのもいいし、オーブンで温めたり、あぶったりして、おろししょうがやわさびで食べるとよい酒の肴にもなります。最近は冷やしおでんも人気ですし。あと揚げたてはやっぱり美味しいですよね。

山本:今年の真夏に取材で伺った目黒平和通り商店街の柳屋蒲鉾店のナス揚げが揚げたてで本当に美味しかったですね。

源太:柳屋のはんぺんは真ん中が盛り上がっていますが、手取りはんぺんといって、手造りの証拠です。このたねで農林水産大臣賞を取ってます。

柳屋蒲鉾店のおでんだね(提供:東京おでんだね)

おでんだね屋の今は?

山本:この小説では、屋台が合法的にできるところを考えて、空き地を利用した設定にしたんですが、今はめっきり見なくなりましたね。

源太:今は路上で屋台はできないので、東京ではおでん屋台は本当に少ないです。おでんだね屋さんも昔はどこの町にもありましたが、東京は競争が激しいし、店があった商店街自体が寂れてきている状況もあります。コロナ禍で、一時期地元のお客さんが戻ってきたことはあったそうですが。
それに加えて、跡継ぎ問題は大きいです。今東京には45軒くらいおでんだね専門店があるんですけど、その7~8割の店の店主やご夫婦の年齢は70~80代なので、あと10年もすればかなりお店も減ってしまうのではないかと。本作の主人公の母親はまだ若いですが、娘には実家の店を継がせるかどうか悩んでいますね。取材で会う職人さんと重なることが多くて、一番好きなキャラクターです。

山本:この作品では実家のおでんだね屋は従業員が数人いますし、現実のおでんだね屋さんと比較すると恵まれているほうでしょうね。ただ作家として言い訳をさせてもらうと、従業員が何人かいないと話が回らないんです(笑)。

源太:一方で、主人公の静香がデパートの催事に出店の挑戦をする姿は元気を与えてくれますね。いろんな人との出会いを通じて人生も前向きになれる、そんなメッセージを受け取りました。ただ、デパート出店の大変さは、業界の人もリアルな話として読むんじゃないかなと思います。

おでんの背後に物語があり、人がいる

源太:山本さんのこれまでの作品のキャラクターが登場されているのも面白いですね。『ある日、アヒルバス』のアヒルバスも出てきました。

山本:デビュー作『笑う招き猫』の漫才師のアカコとヒトミがこの小説でも登場してますが、読者サービスというより、僕自身も安心するんです。せっかく生まれたキャラクターなので、ここで生き続けているぞと伝えたいというのもあって。
自分の小説を書く指針として、知らない世界を書くのが好きなんですが、今回も、おでん屋の物語の後ろに、自分も予想もしないような、いろんな人の人生があるだろうと考えることが楽しいんです。ただ、最終的に小説に出てくる登場人物は全部自分なんですよね(笑)。キツネ目も僕だし、主人公の静香も僕だし。

源太:僕もおでんが好きというよりは、おでんの周りにある物語や人が好きで、顔が見える職人さんが作ったものを食べるからこそ美味しくなるのかなと。屋台も同じで、調理してくれる人が目の前にいて普通の店より垣根が低くなるから美味しいんだと思います。
おでんってひとつの料理なんですけど、別の料理が入ってもすんなり溶け込めたりします。この小説を読んで、改めておでんはダイバーシティな、多様性を許容する料理なんだなと再認識しました(笑)。このおでん屋さんの続きがもっともっと読みたいですね。

山本:本書を読んでいただいたら、たねを作る人の顔も思い浮かべなら、おでんを食べてほしいですね。

(23年11月・東京都内にて)

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