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ミステリの国からやってきた王子様の頭脳戦

『刑事王子』刊行記念 似鳥鶏インタビュー
ミステリの国からやってきた王子様の頭脳戦

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ドラマ化された『戦力外捜査官』、『育休刑事』など、ユニークな刑事もので定評のある似鳥鶏の最新刊『刑事(デカ)王子』。北欧の王子様とアラフィフ刑事がバディを組む異色の刑事小説だ。創作の背景を聞いた。
聞き手・文 千街晶之 撮影 国府田利光

●バディは対照的なほど面白い

――似鳥さんの新作『刑事(デカ)王子』は、日本にやってきた北欧の小国の第三王子ミカ(十六歳)と、警視庁組織犯罪対策部の巡査部長・本郷馨(五十一歳)がコンビを組む連作ミステリです。タイトルからしてインパクトが絶大ですけれども、この小説の発想はどのように生まれたのでしょうか。

似鳥:バディもの、それも刑事もので……という注文をいただいたので、誰とバディを組ませれば面白いかをいろいろ考えて、AIとか幽霊とか並べて、この中から選んでくださいと担当さんに丸投げしたら(笑)、王子が一番いいのでこれにしましょうと。でもそこからが大変で、自分で思いついておいてなんですが、リアル王子が捜査するわけがないので、どうすればいいのかと。結局、北欧某国の王子と刑事が殺人事件を捜査するということになって、どうすればそれが成立するかを考えていくと、自然とストーリーが出来ました。

――王子が十六歳という設定になったのは何故でしょうか。

似鳥:もうちょっと年上でも良かったんですけど、バディものは年齢とか性格などの対比が面白いので、主人公の刑事とのセットで考えていきました。最初は刑事を若くするかおっさんにするかを考えて、おっさんで書いてみたいとなった時に、息子ぐらいの年齢の相棒に、息子がいないおっさんがどう接していいかわからないのが面白いのでは……ということで十代にしたのと、あと日本人からすると、ヨーロッパ系の人は年上に見えるんですね。もっと上に見えるけど十六歳だったというのも異文化感が出せますし、王族ゆえに負わされた義務感と素顔のギャップというのも大事なので、王子が三十代くらいだとそのギャップが出しにくいわけです。

――一方の本郷馨刑事は実直な警察官人生を歩んできた、王子と対照的な人物です。

似鳥:全然違うほどバディとしては面白いので。それと、五十でも六十でも未経験のことはあるので、子供と接したことがないのでうろたえる……同じうろたえるなら二十代の若造より五十代のおっさんがうろたえたほうが面白いので(笑)、そのギャップを狙いました。そのおっさんが新しい刺激を受けて右往左往するので、主人公が五十代ですけど青春ものっぽくなってますね。また、五十代でもまっすぐな正義感を失わない、悪に迎合しない人物にしたかったので、物語の終盤に、そのあたりが出ています。

●王子だからこそ無茶ができる

――メリニア王国という架空の国家の設定は、どのように思いついたのでしょうか。

似鳥:遠くの国の王子にしたかったんですが、アジア人同士だとあまりヴィジュアル的に対比にならないので、自然と北欧の王子になりました。そこで架空の小国を作るならば、その国はそもそも何をやって成立しているのかを考えると、ああいうかたちになったんですね。経済とか周辺国との関係とか、あと歴史的経緯を考えていきました。そうすると芋蔓式に設定が出来て、例えば食生活はこうだとか文化はこうだとか、そのあたりはファンタジーの異世界とかSFの遠未来を考えるのと共通する感じでした。

――ミカ王子の指示に従って動く王室庁の人たちが出てきます。そのあたりの現実離れ感は読んでいて筒井康隆さんの『富豪刑事』を思い出しましたが、意識はされましたか。

似鳥:筒井さんは大好きですし、『富豪刑事』は成金ではない元からの金持ちの動きとしてリアルなので、そういう人を書く時の参考にはしているはずですね。自国から銃器をプライベートジェットで持ち込むとか、多少無茶なことが出来るのが王子っぽいので、リアルな部分と、この設定だからここは楽しく作らなきゃという部分とを調整しながら書きました。

――ジョン・スミスという犯罪コンサルタント的な人物が出てきます。事件の裏にいる彼の考えたアイディアということにすれば、普通の警察小説にはあまり出てこない密室殺人とか、普通の犯人なら手間がかかりすぎてやらないようなアリバイトリックとかを出せるというのが工夫だなと思いました。

似鳥:最初、本格ミステリ的なトリック路線では行かないつもりだったんです。爆弾が仕掛けられてとか、沈む潜水艦から脱出するのはどうかとか……でも考えれば考えるほど、そんな物理的な危険に王子を晒せるわけがないので、そうすると刑事が絡む余地もなくなる。でも、犯罪マニアが出てきて、日本の警察の手に負えないような突飛な事件が起きるけれども、常に危険に晒されるわけではないから王子が前線に出てもいい……というのを思いつくまでに一カ月くらいかかりました。そうすれば派手なトリックや大がかりなトリックを使えると気づいたら急に楽しくなりまして(笑)。ネタ帳の中に、思いついたけど現実の犯罪ではやらないだろうというトリックがいっぱい溜まっていきまして、それを成仏させる機会を窺っているという。

――まさに作中のジョン・スミスそのものですね。このトリックを使いたい、という。

似鳥:ほぼ著者ですね、彼の言ってることは(笑)。でもトリックを書きたがる本格ミステリの作家ならたぶんわかってくれると思うんですね。俺も成仏させてないトリックがいっぱいある、みたいな(笑)。そのあたりは「本格ミステリの国」の人だ、これは……と楽しく読んでいただければと思います。

●頭脳戦を高い精度で描く

――アクションシーンも読みどころですが、似鳥さんの最近の作品では『唐木田探偵社の物理的対応』もアクションが重視されていました。アクションを描く際に意識することや楽しさはなんでしょうか。

似鳥:分析していくと、青崎有吾さんの『地雷グリコ』みたいな頭脳戦と描き方が近いところがありまして、相手とその状況で対峙した時に最善手をこちらが出すと、相手がその裏をかいてきて、こちらがそれを上回る最善手を出す……という、これはアクションですけど頭脳戦のやりとりでもあって、それを考えるのは非常に楽しいですし、高い精度で書いていくと読者に喜んでもらえるというのもあります。

――日本人の抑制の強さや、日本にいる外国人もそうであったり、ジョン・スミスがわざわざ日本で犯罪を起こす必然性をかなり周到に用意しているという印象を受けました。

似鳥:「なんで怪獣はいつも日本を狙うんだろう問題」と同じで(笑)、そこはエンタテインメントであれば納得の上で飛ばしてもいいところなんですが、でも理由を用意できたほうがいいところでもあって、そこは「日本に怪獣が狙う何かがあるから」みたいに解決しておきたい。必然性を探してみたところ、渋谷のスクランブル交差点とかを見ていると、最初に一人だけ歩きだす人とかいないですよね。あれを同調圧力と言っていいのかわかりませんが、いい悪い以前に、人と違う目立つことをしないという抑制が非常に強い人たちで、それは日本民族だからというのでもなくて、日本にいる外国人もそうなんですね。そういう特性が日本にあるという。遠い北欧の人の文化の違いを日本側から一方的に見るんじゃなくて、向こうから見た日本もだいぶ奇妙だぞ……というところをちゃんと書きたかったんで、それが上手くはまった感じですね。

●カルチャーギャップを楽しむ

――特にジョン・スミスがそうですが、メリニア王国の人たちは、かなりオタク的に偏った知識で日本を把握していますね。

似鳥:ジョン・スミスは日本の漫画やアニメの引用でしか喋ってないですからね。日本語は得意ではないけど漫画の台詞は喋れるという。これはネットで検索するとそういう台詞ばかり出てくるからというのでもなくて、現実に外国から日本に来たがる人ってほとんどサブカルが動機なんじゃないかと。もちろん、観光地として安くてサービスがいいとかご飯が美味しいとか、そういう理由もあるんですけど、日本にディープな興味を持って来る人って、ほとんど漫画やアニメといったエンタテインメントへの興味からですね。二十年前だと変わり者のオタク訪日客というイメージだったのが、今やスタンダードになったんじゃないかと。それが日本のリアルな捉えられ方じゃないかなということで、ああいう感じに描きました。

――書いていて一番楽しかったところはどこでしょうか。

似鳥:やっぱりカルチャーギャップですね。王子が日本文化に驚くだけじゃなくて、本郷も王子の国の文化に驚きながらも、なるほどと互いに認め合っていく……わりと日常のどうでもいいシーンとか書いていて楽しかったですし、あともう一つやりたかったのは、ガンガン言い合うシーンですね。ワイズクラック的なやりとりは日本人同士だといったんリアリティに目を瞑らないと成立しにくいので、日本語は喋ってるけど翻訳された日本語として喋ってる人とだったら、そういうやりとりが出来るんじゃないかと。もともとの企画がバディものだったんで、バディものの楽しさはそこだろうと。それで事前にドラマの『MIU404』を見直して、全然違う者同士がここから始まるというのを参考にして書きました。わりと青崎有吾さんの影響を受けて書いてるんですけど、青崎さんが同じようなことを書いてたんで、「いいなあ、楽しそうだなあ」と。実は『唐木田探偵社の物理的対応』の時もそうで、『彼女。 百合小説アンソロジー』に収録された青崎さんの「恋澤姉妹」を読んで、「青崎、好き勝手なこと書いてるなあ、楽しそうだなあ」と(笑)。じゃあ俺もやる、みたいな。

――意外な成立の事情ですね。

似鳥:青崎さんはそんな感じで周りにかなり影響を与えてると思いますよ。

●成仏していないトリックはまだまだある

――最初は担当さんからの無茶振りだった王子の設定から、さまざまな要素がどんどん上手くはまっていった感じですね。

似鳥:はめていったらこうはまるんだ、みたいな感じですね。最初につく大きな嘘が突飛であればあるほど、それを現実化させる過程がそのまま話作りになるので、それは有効なやり方なんだろうなと思います。あと、ミステリ作家にありがちなんですが、起こり得ない突飛なことに現実的な説明をつけていくのがすごく楽しいんですね。

――読む側からしても楽しかったです。

似鳥:それはとても嬉しいことで、これはここ数年思うんですけど、楽しみながら書いたところって、著者が楽しんでるのを読み手もわかるんですね。そして、読み手も書き手が楽しそうにやってると楽しくなってくるという。フィギュアスケートで最初のジャンプが成功すると、選手はすごく楽しくなります。そうすると動きがダイナミックになって、お客さんも選手が楽しんでいるのがわかって盛り上がってきて、結果いい点数が出たりする。それと同じことで、自分の性癖を知られるのは恥ずかしいことではあるけれども、どうせ隠しようがないんですから、ノリノリで書いて「自分が楽しいからみんなもいいよね」と開き直りまして。

――シリーズ化のご予定は。

似鳥:膨らませたいキャラクターはいろいろいますね。書いているうちに、このキャラクターは膨らませたいと思うのもシリーズものの大事な条件ですし。あと成仏していないトリックがいっぱいある(笑)。手間がかかりすぎて、このシリーズでしか使えないトリックが。「ミステリの国」の住人ってわりとそういうのを喜んでくれるので、「お前ら好きだろ、俺も大好きだよ」みたいな感じで書けるのがとても楽しいです。

(2024年2月 東京都内にて)

●プロフィール

にたどり・けい
1981年千葉県生まれ。2006年、『理由あって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選し、デビュー。同作品を含む〈市立高校〉シリーズ、〈楓ヶ丘動物園〉シリーズ、〈戦力外捜査官〉シリーズ、〈育休刑事〉シリーズがいずれもロングセラーに。このほかの著書に『名探偵誕生』『彼女の色に届くまで』『叙述トリック短編集』『小説の小説』ほか多数。

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