J_novel+ 実業之日本社の文芸webマガジン

察することのむつかしさ 松村幹彦(図書館流通センター)

2024年8月の新刊 名取佐和子著『銀河の図書室』ブックレビュー
察することのむつかしさ 松村幹彦(図書館流通センター)

share

Xでシェアする facebookでシェアする

 宮沢賢治は太宰治と愛され方が似ていると思いながらいくつかの作品を読みかえすと、読者との距離という言葉が浮かんだ。読者のすぐ隣に座って、賢治は童話を語り、太宰は自身を独白するという性格こそ違っても、「私だけに書かれた物語」だと思わせるこの距離感はとても心地よい。

 宮沢賢治の作品は読む人の年齢やこれまでの経験、その時の感情によって様々な印象を残す。なかでもとりわけ大きな余韻を残し、深い哲学的な問いかけや感動をもたらし多くの愛読者を持つ作品として「銀河鉄道の夜」の右に出る作品はないだろう。『銀河の図書室』はそれを下敷きに高校生たちが悩み、ときに間違え、遠回りしながらもふたたび歩み始めるまでの一年間を描く作品だ。彼らがともに過ごした“旅”によって相手を慮り、絆を深め、少しずつ自分を変えながら進んでゆく姿に何度も涙がこぼれた。

 舞台は前作に登場した高校生たちが“はこぶね”から旅立った数年後だろうか。野亜高校の図書室を活動拠点とする「イーハトー部」は宮沢賢治を「賢治さん」と愛してやまない三年生の風見先輩、語り手のチカと人数合わせで絶賛仮入部中の友人キョンへの二年生で全員という極小の宮沢賢治同好会だ。

 そこに入学式当日の勧誘でいきなり入部してきた新入生のマスヤスが加わるのだが、その時すでに風見先輩は姿を消していた。昨年修学旅行先から「ほんとうの幸いは、遠い」とチカにメッセージを送ったまま、学校に来なくなり音信不通となっている。「ほんとうの幸い」……「銀河鉄道の夜」の終盤でジョバンニがカムパネルラにむかって「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。……」から取ったこの言葉はいつ読んでも心を掴まれる。チカ、キョンへ、マスヤスの三人は先輩がなぜ学校に来られなくなってしまったのか、この言葉は先輩からのSOSではないかと考え、本人の気持ちを知るために行動をおこす。

 実はこの三人もそれぞれ人に言えない切実な悩みを抱えて苦しんでいるが、それが何であるかわかるたび、物語は幾層にも厚みを増してゆく。反対に私の予想はことごとく安易な思い込みだったと気づき、幾度となく呆然とし、考えさせられた。だから彼らの一言から、ちょっとした指の動きのひとつにいたるまで読み落とさずに進んでほしいと一応は書いておくが、むしろ私のように驚きとともにページを遡ってほしいのでこれ以上内容には触れない。

 前作『図書室のはこぶね』から二年。待望の続編は前作以上に読了に時間がかかった。物語のいたるところに面白そうな未読の作品が登場し、そのたびに途中下車し、ふたたび列車に乗ることを繰り返したからだ。でもご安心を。この物語は読書が大好きでたまらない“ガチ勢”だけが楽しめる作品ではない。彼らの見た風景を自分も見たいと思うなら、すでにあなたのポケットにも切符は入っている。彼らが銀河鉄道に乗ってどこまで旅を続けるのかを特等席で最後まで見守ってほしい。

イラストレーション/カシワイ

関連作品