名取佐和子『銀河の図書室』刊行記念インタビュー
絶望しても走るのをやめない、人と本を結ぶ物語
今を生きる高校生たちが宮沢賢治の作品と出会い、それぞれの「ほんとう」に向き合う、青春小説の傑作が誕生しました。著者の名取佐和子さんに、この物語が生まれた背景をお伺いしました。
構成/編集部 撮影/国府田利光
●青春の暗い面よりも明るい面を
――今作『銀河の図書室』は、高校の図書室を舞台にした青春小説です。前作の『図書室のはこぶね』(2022年)は、とても大きな反響がありましたね。各地の司書さんたちが選ぶ「おすすめ本」に選ばれました。
名取:幅広い年代の方から、今までにない数の感想をいただきました。その中で、多くの方がご自身の青春時代に触れてくださったり、あるいは「こういう青春が欲しかった(欲しい)」と書いてくださったりしたので、青春と青春まっさかりの人間模様は普遍的なのだと実感できました。
――嬉しい手ごたえでしたね。
名取:「いくつになっても、いくつの人に向けても、青春小説を書いていいんだよ」と励ましてもらった気がしました。
――その反響を受けて、同じ県立野亜高校を舞台にしたのですか?
名取:はい。『図書室のはこぶね』は、「青春」が内包する明るさや前を向く力を「行事」という形で切り取り、幅広い年代の方が楽しんでくださいました。なので次も青春小説を書くなら、「青春」の暗い面よりは明るい面を切り取りたいと決めていました。世界や自分にどれだけ絶望しても走るのをやめない高校生たちの希望の物語にしたいと。その舞台として、野亜高校以外考えられなかったのです。
●「先輩がいなくなる」から始まる物語
――宮沢賢治の作品と人生を研究する弱小同好会「イーハトー部」の面々の群像劇です。
名取:企画当初、部活は「図書室に入り浸れる文化系の何か」とぼんやりイメージしていただけです。まだ宮沢賢治の「み」の字も出てきていませんでした。ただ、『図書室のはこぶね』で、予想外に多くの方が物語で言及した実在の本に興味を持って、そちらも読んでくださっていたようなのです。これはとびきり誇らしい手応えでした。ですので、「本」という題材をもっとディープに扱ってみたいと思いました。
――物語は、野亜高校2年生の高田千樫が、桜舞う入学式で「イーハトー部」の部員勧誘をする場面から始まります。そして部長である3年生の風見昂祐が、不登校になっていることが明かされます。
名取:主要登場人物に同じ部活に所属する主人公(語り手)と先輩の男子二人を据えることは、早い段階で決まりました。そして先輩が主人公の前からいなくなることも決めていました。でもなぜ先輩がいなくなるのか、なかなかわからなかった(思いつかなかった)のです。亡くなるのか? 行方不明か? はたまた? と考えている時、「風の又三郎」の又三郎と三郎、「銀河鉄道の夜」のカムパネルラとジョバンニが頭の中に浮かんできました。
――どちらの作品も、作者は宮沢賢治。100年経っても、作品ともども国民に愛されている大スターですね。
名取:はい。この瞬間、主人公と先輩の所属する「図書室に入り浸れる部活」のアイデアが降ってきました。そうだ! 宮沢賢治同好会でいこう。名前はイーハトー部。このダサくもまっすぐなネーミングが出来る登場人物たちを揃えよう。宮沢賢治作品を掘ってみよう。こうして畏れ多くも、宮沢賢治さんと彼の作品を物語の軸にすることが決定したのでした。
●宮沢賢治は「宇宙文学」
――様々な賢治作品が登場します。かなり資料を読み込まれたのでしょうか?
名取:もともと宮沢賢治は好きで、人生の折々に彼の作品を読み、助けてもらってきました。ただそれはあくまで趣味の読書であり、お気に入りの作品ばかり読み返していたに過ぎません。今回は題材にさせていただいたこともあり、腰を据えて今まで自分が読んでこなかった詩や短歌や書簡、それから宮沢賢治自身やその作品について書かれた批評や評論や評伝なども読みました。
――「銀河鉄道の夜」が非常に重要な役割を果たします。
名取:主人公と先輩の関係性にカムパネルラとジョバンニが浮かんでいたこともあり、「銀河鉄道の夜」は最初から頭の片隅にありました。ただ、あまりに有名すぎるので、メインで扱うのはやめようと思っていたのです。他の作品で物語をリードできないかあれこれ足掻いてみたのですが結局無理で、あらためて「銀河鉄道の夜」の各バージョンを読み直し、やっぱりコレしかない! とメインに据えた次第です。
――『金曜日の本屋さん 冬のバニラアイス』(ハルキ文庫)の第3話「銀河タクシーの夜」でも「銀河鉄道の夜」が題材に取り上げられていますね。
名取:当然『銀河の図書室』とは舞台も登場人物も違うので、作品の読解方法も登場人物が読後に抱く感想も展開するストーリーも全然違うものになっています。このように「銀河鉄道の夜」のポテンシャルはハンパないのです。あらゆる読み方そして読者自身の物語をのせることができる器の大きな小説。私は敬意を込めて「宇宙文学」と呼んでいます。
●「ほんとうの幸い」というメッセージ
――宮沢賢治全集は、過去、幾つものバージョンが刊行されています。そのことが文学的謎解きのような存在を果たしていて、とても引き込まれます。これは資料をご覧になってひらめいたのですか?
名取:ネット上で宮沢賢治のある詩が引用されているのを見つけたことがきっかけです。その詩がすばらしく、また『銀河の図書室』の物語ともリンクしそうな予感がしたので、ちゃんと本で読もうと、そもそも本当に宮沢賢治の作品なのかどうかも確認しなきゃと、手元の資料を漁ったのですが、探せど探せど見つからない。どうして? と途方に暮れながらも、地道に資料を読んでいったところ、「補遺」と「異稿」の存在に行き着きました。そして、現在市場に出回っている本では補えない部分を読むために、花巻の宮沢賢治イーハトーブ館で学会誌のバックナンバーを買ってきたり、とっくに絶版になった古い全集を古書店で手に入れたりしました。このあたりの私の右往左往が、物語の中で登場人物たちの読み解きや感想に反映されています。
だからここに関しては、登場人物たちに負けないくらい、私自身も本をめぐる冒険をしたよ! と主張したいです。
――「ほんとうの幸いは、遠い」というメッセージを最後に、学校に来られなくなった「イーハトー部」の部長・風見昂祐の謎を追う、というのが物語の縦軸になっています。不登校を題材にしようとしたきっかけは?
名取:『図書室のはこぶね』では、“マイノリティ”と“マジョリティ”が、執筆するなかでテーマとして浮かび上がってきました。今作『銀河の図書室』での〝不登校〟も登場人物が動いた結果として題材になっていた──という感じです。学校に来なくなった先輩を慕う後輩があれこれ考え、行動していく様を描く上で、必然的に〝不登校〟に多く言及することになりました。
――「ほんとうの幸い」は、全編通したキーワードですね。
名取:先輩のメッセージは最初「デクノボーにはなれない」にしようと思っていました。ただ「デクノボー」という響きや字面だけ見るとユーモラスすぎて……。先輩の切迫したメッセージをより印象づけたいと考え、「ほんとうの幸いは、遠い」に変更した次第です。意味合いは両者同じですが、だいぶ印象が変わりました。「ほんとう」も「幸い」も現代の人たちが探し求めていることでしょうし、結果的にこのメッセージでよかったなと自分では満足しています。
●高校生が友達には見せない一面
――登場人物の高校生たちはみな愛すべきキャラクターですが、それぞれ人に言えない悩みを抱えてもいます。勉強のこと、家庭のこと、自分自身のこと……。きれいごとではない、リアルさを感じました。
名取:今回の登場人物たちは「部活動」でつながっています。しかも、その部活がイーハトー部という弱小同好会。部員数も少なく、上下関係も出欠もかなりユルユルの部活であることは想像に難くありません。きっと穏やかで笑いの多い部活動でしょう。放課後という限られた時間のそんな雰囲気の中であれば、人は余裕をもって自分の愉快な面だけを見せていられます。だからこそ、部活仲間には見せない(見せずに済んでしまう)面を登場人物それぞれが持っているだろうと想像して、キャラクターを、ひいては物語全体を、組み立てていきました。
――とくに描くのが難しかった人物は?
名取:マスヤス(増子耶寿子)です。
最初はアイドル的なルックスの女子生徒として描いており、物語の中での立ち回りがどうもぎくしゃくしていました。その段階での原稿を担当編集さんに読んでいただいたところ、「マスヤスはもっと愛嬌タイプに寄せてみたら」とアドバイスされたのです。それで今度は小鬼のような女の子をイメージしながら書き直したら、各場面で驚くほどしっくり動いてくれるようになりました。物語の展開も3割増しでおもしろくなったはずです(※当社比)。
――とくに描くのが楽しかった人物は?
名取:全部やる男こと笠原将矢です。
彼はイーハトー部の外側にいる人間ですが、彼を通してこそ浮かび上がるイーハトー部やイーハトー部員たちの一面が存在するため、描く時の醍醐味がありました。
●書店員さん、司書さんの感想を読んで
――プルーフ(発売前のゲラをまとめた冊子)を読んだ書店員さんや司書さんから、とても熱い感想が寄せられています。感想をお読みになっていかがでしたか?
名取:どの感想を読んでも「わかってもらえた!」「届いた!」「通じた!」という安堵と喜びがありました。また、家の本棚に眠っていたり、学生時代に読んだきりだったりした宮沢賢治の本を読み返したいと書いてくださる方が多くいらして、微力ながら賢治さんとみなさんをつなぐ役目を果たせたことが誇らしいです。
それにしてもみなさん、読後のパッションはそのまま保ちつつ、明晰に読み解き、感じたことを細やかに言語化されていて、読書感想文が苦手だった私は尊敬の念しかありません。何より、忙しい業務の合間に完成前の本を丸々一冊読んで、感想までしたためてくださる熱意に、「この方たちが働く売場や図書館をにぎわせる本にしたい!」と最終稿に向けて奮起できました。感謝しております。
――とくに印象に残った感想は?
名取:たくさんありすぎて困りますが……。
「今高校生の人に読んで欲しいです。この本が救いになる人がいるはずです。でも大人が読んでも、学生時代の自分が救われるかもしれません」と書いてくださった方がいて、ああ、私も野亜高の小説を書くことで学生時代の自分を救っているのかもなと、ふと思いました。
あとは物語内容から「読書」に言及してくださっている感想も多く、「本を読んでいると、自分と似た感情と共に、全く違う誰かの心を想像することができる」や「読書は自分の心と向き合うこと」ゆえに「本は読書家だけのものではない事を是非多くの方に知ってもらいたい」などには、激しく同意! とうなずきました。
他にも、この物語の結末を見届けての「チカ、やるじゃねーか」のお言葉には、理屈抜きで嬉しくなり、「本ソムリエが私に『銀河の図書室』を選んでくれました」という感想の結びには、IPPON! と高らかに叫びたくなったものです。
――書店員さん、司書さんへのメッセージをお願いします。
名取:いつも本を愛してくださり、ありがとうございます。
『銀河の図書室』はタイトルが示すとおり、本や本のある場所が人と交わり生まれる物語です。数多の本を目の前の誰かに手渡していく、また読破する日常を送られるみなさま自身の物語とも重なる部分がきっとあると思います。推しの一冊になれますように。
どうぞよろしくお願いいたします!
――これから読む方へのメッセージをお願いします。
名取:『銀河の図書室』は高校生が出てくる青春小説ですが、青春が高校生だけのものではないように、青春小説も学生だけが読むものではありません。だいじょうぶ。どなた様もしかるべき目的地まで運ぶ鉄道のような小説を書きました。ぜひ読んで、ご自身の心を旅してください!
(2024年8月 東京都内にて)
●プロフィール
兵庫県生まれ。明治大学卒業。ゲーム会社に勤務した後、独立。2010年『交番の夜』で作家デビュー。著書に第5回エキナカ書店大賞を受賞し た『ペンギン鉄道 なくしもの係』、『金曜日の本屋さん』『江の島ねこもり 食堂』『逃がし屋トナカイ』『ひねもすなむなむ』『図書室のはこぶね』『文庫旅 館で待つ本は』ほか多数。