絵本セラピスト協会代表・岡田達信×作家・桜木紫乃 特別対談
大人が絵本で癒される理由
桜木紫乃さんの新刊『青い絵本』に収録された短編「卒婚旅行」には「絵本セラピスト」を志す主人公が登場します。この仕事を日本で初めて考案した、絵本セラピスト協会代表の岡田達信さんとぜひお話ししたいという桜木さんの熱望が叶い、刊行を控えた10月半ば、オンラインでの初対面が実現しました。モニター越しに盛り上がった対談の模様、ボリュームたっぷりにお届けします。
構成・文/編集部
▼絵本セラピストになった友人がつないだ縁
岡田:やっとお目にかかれましたね!
桜木:はい! でも今回、せっかく北海道にお越しになるのに、直接お会いできなくてごめんなさい。講演をされる釧路までは片道5時間かかってしまい、日帰りが難しくて。
岡田:北海道は広いですものね。僕、札幌や旭川には講演や絵本セラピストの養成講座で年に数回訪れているんです。釧路では絵本セラピストの大津洋子さんにアテンドしていただきますよ。
桜木:以前雑誌で、岡田さんのご著書『新・絵本はこころの処方箋』を紹介した時にも書いたのですが、大津さんと出会わなければ、私、絵本とも出会わなかったと思うんです。親に絵本を読んでもらった記憶もなくて、大津さんのおかげでやり直せていることがたくさんあります。
岡田:そうなんですか。
桜木:彼女が六十歳になった時、「桜木さん、私、絵本セラピストになる!」って宣言されたんです。釧路でラジオパーソナリティとして活躍し、私もイベントのMCで長年お世話になってきた方が、ずっとやってみたかった新たな道に向かうーーその姿を目の当たりにして、私も絵本に興味を持ち始めました。すると、ほぼ同じタイミングで、絵本を書いてみませんか? という依頼が来たんですよ。
岡田:不思議ですね。
桜木:本当に不思議。数年前に『家族じまい』という小説を書いたあと、番外編みたいな形で、『いつか あなたを わすれても』という絵本を出したんです。それを大津さんがとても喜んでくれました。尊敬する人に喜ばれると調子に乗る性質(たち)なので、そこから更に開けてきたことがある気がします。彼女のおかげで、こうして岡田さんにお目にかかることができましたし。
岡田:新作『青い絵本』をゲラで読ませていただきました。一冊全部、絵本がテーマで、とてもびっくりしましたし、時間を忘れて没頭できました。
桜木:ありがとうございます。これも大津さんと出会わなければやらなかったことです。入れ子構造の話は世の中にいくつもあるけれど、ひとつの短編の中に一冊、架空の絵本を入れて物語を作るのは、あまりなかったと思うんです。
岡田:一編読むごとに「こんな絵本、あったっけ?」と、記憶の中の絵本を探してしまうぐらい、中に出てくる絵本はリアルに構成されていて、すごいと思いました。何よりも、絵本セラピストを初めて小説で取り上げていただいたのがとても嬉しくて。アンソロジー『Seven Stories 星が流れた夜の車窓から』(短編「卒婚旅行」初出書籍)が発売された時は、絵本セラピスト業界が「おお!すごい!」「認知されてる」と、ざわめきましたからね。
桜木:あのお話は、大津さんに仕事の内容を詳しく教えてもらいながら書きました。大津さんも、絵本セラピスト協会の講習を受けたと聞いています。絵本セラピストになるためには、どのくらいの訓練が必要なのですか?
岡田:基礎的な講座は四日間でやります。二日間で基礎を学び、さらに、宿題を出して発表してもらう二日間を設けています。でも、それを終えてからが本当のスタートで、実践で経験を積むことが大事ですね。
桜木:絵本セラピストになりたくて、岡田さんの門戸を叩き、意欲的に取り組んでいらっしゃる方は多いと思いますが、向き不向きというのはあるのですか?
岡田:誰でもできるんですよ。誰でも気楽にできないと意味がないとも思っています。協会で掲げているスローガンがあって、「絵本でうっかり世界平和」なんです。「ガッツリ」「熱く」じゃなくて、「うっかり」。あら、平和になっちゃったわね、みたいな感じですね。
桜木:それ、いいですね。最近「うっかり」が許されなくなっているでしょう。「うっかり世界平和」。とても和む一言で、コピーとして魅力的だと思います。
岡田:ありがとうございます。僕はよく、絵本セラピーを料理にも例えるんです。材料とレシピがあれば、誰でも料理はできますね。でも、世界中にレストランがあって、お店に行けば誰かに会える、あそこの店主は腕がいい、など、いろんな理由でレストランが成り立ちます。絵本セラピストは、レストランのオーナーシェフになってほしいんです。材料となる絵本は世界中どこにでもあるので、誰でも絵本セラピーができるように、「絵本セラピーのやり方」というレシピは公開しています。そして、全員が五つ星レストランを目指す必要はなくて、おうちカフェでもいいし、子ども食堂でもいいし、キャンプファイヤーでもいいんです。
桜木:表現の方法は自由であれ、と。
岡田:その人自身に適した形でお店を開けばいいなと思っています。
▼絵本が大人の心にスッーっと入ってくる理由
岡田:紫乃さんと同じく、僕も子どもの頃、絵本を読んでもらった記憶がないんです。僕自身が大人になって絵本に目覚めて、絵本ってすごいなと思うようになりました。そして実は「絵本セラピー」っていう名称、ノリでつけたんですよ。
桜⽊:ノリなんですか!?
岡田:2007年に「絵本セラピー」という名称でワークショップを始めました。当時「なんとかセラピー」がけっこう流行っていたんですよね。
桜⽊:アロマテラピーとか、何かで癒されるとか、癒しブームの頃ですね。
岡田:その頃はセラピーって言葉も、厳密な意味合いではなくイメージで使われていて、僕も誰かを「セラピってやろう!」みたいな気持ちはなかったんです。語感から「絵本を優しく読んで癒してくれる」と思われがちですが、やっていることは、絵本コミュニケーションとか、絵本グループカウンセリングが近い。でも、今では「絵本セラピー」という固有名詞が僕の中に染み付いて、もう違う名称は考えられないですね。
桜⽊:そんな岡田さんの活動によって、いまや絵本は子どもだけでなく、大人も読むものになってきましたね。なぜ絵本は、大人の気持ちにスーッと入ってくるのでしょうか?
岡田:絵本の文章は子どもがわかる範囲のボキャブラリーで書かれるから、シンプルで短くて、行間がたっぷりです。
桜⽊:すべてひらがなにしても通じるように書かれていますよね。
岡田:ある意味、抽象度が高いとも言えます。絵本セラピーでは、基本的に子ども向けに書かれた本を使いますが、子どもの読み方と大人の読み方は根本的に違います。子どもは、そのまま絵本の中に入って、主人公になって冒険して帰ってきて、ああ面白かった、もう一回! そんなふうに、体験型の読み方をします。けれど大人は純粋に体験できるほど、無垢な状態ではなくなっています。
桜⽊:自分の体験がベースにありますものね。
岡田:動物とは喋れないし、空を飛べないことも知っている。代わりに大人は、知識や経験、価値観を使って読むことができます。例えば、家庭の情景が描かれるのに、そこにお父さんはいなくて、窓際の写真立てにお父さんの写真があるのに気づくと、これは死別なのか、それとも別れたのだろうか、そんなことまで考えます。これは大人にしかできない読み方です。読者はそれぞれに生きてきた人生が違うから、絵本の内容を自分に引き寄せて、自分の心の鏡のようにして読んでいる気がします。だから、スーッと胸に入ってくるんじゃないでしょうか。
桜⽊:私は大人になって絵本と出会ったので、逆からのアプローチ、小説家の感覚を持って、『青い絵本』の中に入っている一冊一冊を作っています。
岡田:「いつもどおり」という短編では、絵本を作っていくプロセスが描かれていますね。主人公の作家が文章を削っていく場面、すごく絵本らしいなと感じましたし、一番読んでみたい、絵本セラピーで使ってみたいと思ったのは、あの絵本ですね。
桜⽊:「今際」ですか! 私、以前から写実絵画に興味があって、担当編集者と一緒にホキ美術館に行ったんです。その時に見て感じたことを言語化してみたのが、この短編です。どんな話にするのかを決めて書かないので、最初はわからないんですよ。書き進めると、向こうから来る、という感じで。編集者の小川乙三がバッグから取り出した絵が、人が死ぬ間際を描いた作品集「今際」だったのには、ビビりました。そんなの、誰が読むんですか、とも思いました。向こうからやってきたものに忠実に、曲げないように書き進めてみたんです。
岡田:それは映像で見えるんですか?
桜⽊:バッグから取り出すまで、わからないんです。自分の頭の中をうまく説明できないのですが……映像というか、イメージが浮かんできます。輪郭を持ったイメージなんですけど、不思議と、登場人物の顔の造形は出てこないんです。だから私はこれまで、目が小さくて鼻が大きくて口が広がって、というような表現はしたことがないと思います。ただ、顔はもやっとしてるのに、その人の手元や見てる先とかは、よく見えるんですよ。おそらく、私が視点人物のこの辺(側頭部の横あたり)にいるせいなんですね。
岡田:視点人物と同じ側を見てるんですね。
桜⽊:そうなんです。だからその人が転ぶと、私も一緒に転ばなきゃならなくて、ちょっと大変。痛い思いをするときは自分も痛いんです。それにしても、まさかの「今際」に興味を持たれたことに、驚いてます。
岡田:この絵本が実際にあれば、絵本セラピーで使ってみたいです。主人公の作家は、老いた男の絵から想像して、彼の人生をいったん積み上げて書いた後、削りに削って、現在の「いつもどおり」の日常を描き出しますよね。ということは、その裏側の描かれない部分を、読み手一人一人が埋める絵本になると思うんです。絵を見て、誰もがそれを「死に顔」と思うか、「今際の際」と感じるか、わからないじゃないですか。写実的な絵と短い文章から、それぞれの読者は、いったい何を読み取るのか、すごい興味ありますね。
桜⽊:今回の本に向けて何本か書いた中で、いちばん気持ちが削られたのがこの話なんです。やっぱりそういうことって、ちゃんと通じるんですね。
岡田:この絵本は、読んだ人の中からいろんなものが一番、出てきそうな気がしますね。
▼長く書き続けて、この物語が出来上がった
岡田:僕、桜木さんの小説をそんなにたくさん読んでるわけじゃないので申し訳ないのですが、最近の作風は今回の『青い絵本』っぽい、優しい雰囲気なんですか?
桜⽊:いえ、私自身、こういうものを書くようになるとは思わなかったです。私は三十代から小説を書き始めて、来年六十歳になるんですけど、書くものの幅は、どんどん広がっている感じがあります。長く書き続けてきて、「年を取ってみたら、ここに居た」っていう感覚ですね。
岡田:ということは、仮にデビュー作や初期の作品と、『青い絵本』しか読んでない方にとっては、すごいギャップがあるわけですよね。
桜⽊:たぶん……。
岡田:最初の頃に書かれた作品は、その年齢の時のものならではという感じで、すごく生々しくて、生き生きしてるんだけど、虚無的なイメージがありました。でも今回は、死や老いを描いてるのに前向きで、希望がある。そんな印象を持ちました。
桜⽊:最近、小説家は長くやらないと答えが見えてこないなって思い始めています。これまで出した一冊一冊、必ず答えを見つけながらやってきました。一冊ごとに出てくる答えはもちろん違うし、私の納得の度合いもまた違います。ただ正直、『青い絵本』は、収録作を全部揃えて読んでみた時、すごく戸惑ったんです。これまで私はずっと、一人でも生きていける人を書いてきましたが、この本では、二人あるいは二・五人という関係性、そこにもう一つ「絵本」の物語を入れ込む構成になっています。ただ、びっくりするくらい体温があるんです。自分らしくなかったんですよ。担当編集者に「どうしよう」ってこぼしたら、「大丈夫、ちゃんとあなたの作品ですよ」って言われて、出すことになったんですけれど。自分の看板が変わってしまう、というくらいの衝撃はあって、出る前の今は怖いし、ドキドキしています。
岡田:初期の作品も、今回の作品も「桜木紫乃の本」という同じ列に並ぶわけですね。どの本から桜木紫乃に出会うかは、人それぞれですものね。
桜⽊:読者の入り口を一つ一つ増やしているとも言えますが、一冊読んで終わっちゃう読者もいるわけで。だからやっぱり、一つ一つ大切に作っていくしかないんですよね。
岡田:ただ、同じ作品でも、読み手の年齢が変われば、きっと受け取り方は変わります。六十代になれば、今回のお話が響くかもしれないですし。作品が本の形として残るのは、とても幸せなことだなと思います。
▼「絵本セラピスト」の仕事を知ってほしくて
岡田:紫乃さんの小説には、いろんな職種が出てきて、仕事内容まできっちり描きこまれていることに感心しています。『青い絵本』だと、僕にとっても馴染みの職種である編集者や年老いた大御所絵本作家だったり、閉店に追い込まれる書店も出てきます。どうやって職種を選ぶのですか? 見聞きして、面白そうな仕事を取り込むんですか。
桜⽊:その仕事に興味がないと、と思います。ただ、「卒婚旅行」は、絵本セラピストありき、でしたね。ちょうど大津さんがセラピストの看板をあげた頃だったので、この仕事をたくさんの人に知ってほしい、っていう気持ちもありました。
岡田:それは嬉しいです。
桜⽊:短編「鍵 key」の中に絵本が出てきますでしょう。あれは、大津さんの胸の中にあった一冊なんです。最後の部屋の鍵は開けるも開けないも、あなたの自由――大津さんが、自分で絵本を作るなら、そういうのを作りたいの、と話していたことを覚えていて。あの話、私が書いてもいいかなと、企画をいただいたような感じです。この絵本はいかがですか。
岡田:絵本って、電子書籍にしづらいんです。なぜなら「紙をめくる」動作が、とても大事なプロセスになっているからです。新しい扉を次々に開けていく行為と、絵本の構造はすごく相性が良くて、次はどんな扉かな、どんなことが起こるのかなって想像する楽しみがあります。「鍵」では「開けるも開けないも自由」という選択肢が入っているところもすごく面白くて、ぜひ読んでみたいですね。開けるたびに問いがあるのも、まさに絵本セラピーっぽいと思いました。
桜⽊:絵本セラピストの皆さんはいつも、既存の本を読んでおられますよね。自分自身で作った絵本を読んでみたい、という気持ちになる方はいらっしゃらないんですか?
岡田:絵本作家とか絵本の編集者から、裏話とか苦労を聞けば聞くほど、絵本を作ることに対するハードルが上がるんですよ。生半可にできるもんじゃないなって。僕自身にはそういう気持ちは全くないですし、作者にはリスペクトしかないです。 もう一つ、絵本の特殊なところは、声に出して誰かに読んであげることを前提として作られていることです。同じフレーズでも、どんな調子で、どんな速さで読むか、読み手の解釈が必ず入ります。「ただいま」の一言でも、勢い込んで「ただいま!」って言うのか、沈んで「ただいま…」って言うのか。同じ本でも、みんな読み方が違うんです。つまり、あえて自分が作った本じゃなくても、読みこなしていくと自分色の本になるんですね。普段読み慣れている本を他人が読むのを聞くと、そこはそういう調子で読むのか、と違和感があります。
桜⽊:皆さんがオリジナルを持っていて、媒体ではなく表現者なんですね。
岡田:読み手は、自分が解釈した意図を持って表現するし、受け手も自分なりの解釈で受け止めます。主観的体験っていうのかな。いろいろな要素が複雑に絡み合うので、同じ本を読んでも何が起こるかわからないんですよ。
桜⽊:スリリングですね。まさにライブですね。
岡田:僕が「笑ってもらおう」「ここで和ませよう」と思って読んでる本で、泣く人がいるんです。その本の中の何かが、受け手側の経験や体験の何かと共鳴したんだろうと思うんですね。
桜⽊:知人に、とっても歌のうまい歌手がいるんです。その人と話していることとそっくりだと思いました。歌は一回自分の中に入れてから、気持ちを載せた声で聞かせないと、お客さん一人一人の中にまで届かないそうなんです。音楽やる人は皆、スタンダードほど難しいって言いますし、譜面通りに歌っただけでは伝わらない。それと同じで、絵本セラピスト本人にも経験が必要だし、その経験を自分で肯定していくためにやっているお仕事でもあるのですね。絵本セラピストは人を癒しているようで、自分も癒えているのかなって、いま思いました。
岡田:自分が一番癒されます。それは間違いないです。長年絵本セラピストを育成してきましたが、絵本セラピーをやって結局一番癒されたのは私でした、っていう報告がすごく多いです。
桜⽊:一つ一つが、セラピストの方にとって経験になっていくということですね。セラピーを受けられる方の経験を背負い込むつもりでやっているお仕事で自分が癒されていくとは、不思議なことですね。
岡田:いえ、僕は絵本セラピーを受ける方を癒そうなんて思っていませんし、できないです。癒せるのは、その人自身なんです。絵本セラピーには決まったゴールがあるわけじゃなくて、参加したグループの方とお話しする中で、何かを感じてもらえたらと思っていますし、それぞれ持って帰るものはバラバラで構いません。「今日はお友達できてよかったわー」でいいんです。中には「ちょっと今日は辛かった」って帰っていく人もいます。
桜⽊:辛かった方は、その時間をきちんと過ごされた方だと思うんですけれども、辛かったという感想をもらった時は、どんな気持ちになりますか?
岡田:僕は「よかったですね」と思います。例えば、家族の思い出をみんなで話した時、自分は母親との関係が悪かったことに気がついたっていう人がいたんです。それまでは多分ずっと、見て見ぬふりをして、記憶の中では普通の親子だったと思い込んでたんじゃないかなと。実は母親との関係が悪かったってことに気づいて辛かった、って仰ったんですよ。
桜⽊:たしかに「よかった」かも。節目のひとときって、そうそうたくさんは出会えないですし。
岡田:心の中ではそう思っても、口には出しませんでしたけどね。
桜⽊:やっぱり、やってらっしゃることは「セラピー」ですね。とてもノリでつけたとは思えません。
岡田:セラピーですねと言われて、抵抗を感じた時期もあったんですけど、今は、確かにこれはセラピーだなと感じます。最初にこの言葉が降ってきたのにも意味があったんでしょうね。名前に内容が寄っていったのかもしれません。
桜⽊:時間の成せるわざ、というか。
岡田:ただし、僕がコントロールして、絵本セラピーを受ける方をどこかへ導こうという意図が入っちゃうと、おかしなことになります。
桜⽊:距離の取り方ですか。小説も、適切な距離の取れていないものは饒舌だし、冗長なところが出てきてしまいますね。
岡田:最初に、絵本セラピストの向き不向きっていうご質問がありましたが、自分が相手のことをなんとかしてあげたいという思いが強いと、なかなかうまくいかない部分があります。けれど、やってるうちに気づくから、向いてないわけじゃないんです。
桜⽊:学ぶんですね。現場で。
岡田:なんとかしてあげようっていう人の進行は、喋りすぎるんです。いろいろまとめたり、解説したりとか……
桜⽊:小説も、話を無理やり進めようとすると、ロクなことにならないです。今、物語の中で起きてることを、いかにリアルに伝えるかっていう時に、作者が出ると説明が始まるんです。語らないのが仕事、みたいなところがありますね。
岡田:あれだけ、たくさんのいろんな人生を描けるって、小説家の頭の中は、本当にどうなってるんだろう、自分の体験からだけでは、無理だよなって思ってました。
桜⽊:私自身はセラピストではないけれども、作中で絵本セラピストとして登場した彼女は、たぶん私の記憶や経験を使って動いてるんです。そこからきちっと距離を取るために、三人称で書いています。じゃないと、視野が大変狭くなっていくし、三人称にしていないと私の文章は読みづらいものになると思っています。絵本セラピーも、距離が大切なんですね。人との距離、絵本と自分の距離でしょうか。作為があると、伝わりづらくなっていくっていうのは、とてもよくわかります。
岡田:もちろんプログラムを作る時は、すごく頑張って本を選ぶし、構成も考えるんです。それはきっと小説も同じですね。どの言葉にしようかと、一文字削るところまで悩むけれども、現場に立った時には、参加者に委ねます。それも小説と同じで、読者に委ねるっていうことになるんでしょうね。
桜⽊:大津さんには今も毎回、トークイベントのMCをお願いして、進行も全部やってもらってるんです。客層や年齢層はどのくらい、主催者は何を望んでいるか、全てリサーチして、話す内容を決めるんですね。実は彼女が絵本セラピストになってから、明らかに会の進行が変わったんですよ。
岡田:そうなんですか。
桜⽊:リサーチして構成を組み立てて、どんな大団円を迎えて気持ちよく帰ってもらうかを、俯瞰で考えてくださるようになって。私が答えにくい質問でも、会場の皆さんが喜ぶからという理由で入れてくるんですけど、すごくウケるんです。絵本セラピストの技術が私との仕事にものすごく影響して、活きているということですね。
▼新たな一歩を踏み出したい人へ
岡田:僕はたまたま絵本を使っていますが、考え方の枠組みは多分いろんなところに共通して、応用できると思います。トークショーや講演会はもちろん、研修会でもこの枠組みは使えます。もともと僕は企業研修の講師だったんです。
桜⽊:そっちが先だったんですね。
岡田:はい。もともと一級建築士で技術職だったんですけど、本社の人材育成部門に異動して、社員研修をやるようになったんです。その後、研修講師として独立し、流れに身をまかせていたら絵本にたどり着いた、という感覚ですね。
桜⽊:私も最初は子育てしかしていない専業主婦で、心の流れに乗っていたら小説家になっていました。絵本セラピストの皆さんと似たところがあるかもしれません。子どもとだけ接して、子どもにまつわる人間関係しかなくて、誰々のお母さんとか、どこそこの奥さんとしか呼ばれない自分と、ふっと向き合った時に潮目みたいなものが見えたんです。潮の境目の向こうとこちらが視界に入ったことが、小説を書きたい気持ちにつながり、流れに乗って今ここにいます。
岡田:流れに乗れない、グッと踏み出せない人は多いですから、紫乃さんはとても能動的ですね。
桜⽊:流れが来ても一歩を踏み出せない方に、岡田さんが読んであげたい一冊ってありますか?
岡田:最近だと、豊福まきこさんの『おどりたいの』(BL出版)がおすすめです。どんな話かというと、森の中の一軒家から美しい音楽が流れてくるので、気になった子ウサギが覗くと、そこはバレエ教室なんです。女の子たちが踊るのを見て、私も踊りたいと思った子ウサギが勇気を出してドアをノックし、レッスンに参加できることになります。ウサギだから手足も短いし、上手くはできないけれど、踊れるだけで楽しくって、幸せな気持ちになるんです。
桜⽊:聞いているだけで今、ウルっときています。
岡田:まさに「運命の扉」を叩くんですね。ただ、残念ながら、子ウサギは発表会に連れてってもらえないんですが、女の子から「自分たちで発表会をすればいいじゃない!」って言われて、森の中で発表会の準備をします。森の動物たち、そして教室の女の子たちにも招待状を配って、満月の中で踊る最後の場面がすごく綺麗です。何しろウサギだからジャンプは得意なんです。
桜⽊:対談終わったら私、買います。
岡田:新たな一歩を踏み出す、子どもたちの背中をちょっと押してあげるような絵本は多いですけど、最近はこれをおすすめしてます。
桜⽊:ずっと踊りたいと思い続けて、私、いまたぶん全力で踊っています。ちゃんと踊れる場所にたどり着けた自分を褒めたくなりました。
岡田:それは本当に大事です。自分を褒めるのもすごく大事なことですよ。
桜⽊:結局、今日の対談は私が癒されて終わってしまうんですけど、いいのでしょうか。
岡田:もちろんです。そんなに喜んでいただけて、よかったです。
桜⽊:自分なりの表現を一生懸命さがしている人たちを集めて、その中には私も混じっていたいと思いますけれども、そんな私たちのための絵本セラピーを、いつかぜひ一度、よろしくお願いします。
岡田:はい、喜んで。次は札幌でお会いしましょう。
桜⽊:お目にかかる日を楽しみにしています!
(2024年10月16日実施)
岡田達信(おかだ・たつのぶ)
兵庫県生まれ。建築技術者から管理職を経て人材育成業務に携わる。子どものために買い集めた絵本から様々な気づきを得た体験をもとに、ワークショップ「大人のための絵本セラピー」を考案。2009年、絵本セラピスト協会を設立し、絵本で人をつなげる活動を全国に広げる。「絵本セラピー」はマスコミにもたびたび取り上げられ、海外にも広まりつつある。著書に『絵本はこころの架け橋』『新・絵本はこころの処方箋』(いずれも瑞雲舎)などがある。
絵本セラピスト協会ホームページ https://ehon-therapy.jp
桜木紫乃(さくらぎ・しの)
1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」でオール讀物新人賞を受賞。07年同作を収めた『氷平線』で単行本デビュー。13年『ラブレス』で島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で直木三十五賞、20年『家族じまい』で中央公論文芸賞を受賞。ほかに『星々たち』『起終点駅(ターミナル)』『ブルース』『裸の華』『緋の河』『砂上』『ヒロイン』『谷から来た女』、絵本『いつか あなたを わすれても』(オザワミカ・絵)写真絵本『彼女たち』(中川正子・写真)など多数の著作がある。