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究極のチームスポーツ「綱引き」の魅力と魔力

『綱を引く』刊行記念対談 府中樹徳殿・會田則行×堂場瞬一
究極のチームスポーツ「綱引き」の魅力と魔力

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運動会の定番「綱引き」。実は五輪の正式種目だった時代もある、歴としたスポーツ競技です。綱引きが題材の小説『綱を引く』執筆に際し、作者・堂場瞬一さんは、綱引きの全国大会取材に加え、強豪チームの練習を見学、自らも綱を握ってそのパワーを体感しました。 刊行を記念し、取材でお世話になった「府中樹徳殿」のキャプテン會田則行さんを迎え、究極のチームスポーツとも評される綱引きの魅力(あるいは魔力!?)を、とことん語り尽くしていただきました。
文・構成/友清 哲

●府中刑務所職員で結成された「府中樹徳殿」

堂場 『綱を引く』の取材では、大変お世話になりました。取材時はまだコロナ禍の雰囲気がありましたけど、その後いかがですか。
會田 一時は「もう二度と綱引きはできないのかな」と不安に思った時期もありましたけど、おかげさまで元気にやっています。消毒したりマスクをしたりという、面倒なことがなくなったのはやはりありがたいですね。
堂場 綱引きは室内競技ですし、人と人の距離も近いですからね。対戦相手とも向かい合うかたちになりますし。
會田 そうですね。先生に取材してもらった時期はまだ検温も必要でしたし、何かと手間がかかって大変でした。それに、コロナ禍のピークの頃は、練習場所を見つけるのにも一苦労でした。もともと使っていた稽古場が検査場になってしまったので、しょうがないから他所のチームにお邪魔して、多摩川の土手で練習していたんです。

「府中樹徳殿」の練習見学時の様子。写真左マスク装着の男性が堂場さん(2023年秋)

堂場 不自由だったんですねえ。
會田 そうですそうです。「府中樹徳殿」は刑務所の職員で結成したチームですけど、もうちょっと上が活動に理解してくれてもいいのにと思ったものですよ(苦笑)。
堂場 でもそうした障壁を乗り越えて今夏、會田さんは「SAGA2024 国民スポーツ大会 綱引競技会」で「東京都・成年男子の部」の主力メンバーとして出場し、見事準優勝に輝きました。おめでとうございます。
會田 ありがとうございます。職場の仲間にもぜひ知ってほしくて、所内誌にもぜひ書いてほしいと自分からリクエストしました(笑)。
堂場 それはぜひアピールしたいところですよね。ちなみに、「府中樹徳殿」さんもそうですが、日本の綱引き競技って職域のチームも多いじゃないですか。チームの結束力などの点で、アドバンテージを感じることはありますか?
會田 どうなんでしょうね。ないわけではないと思いますけど。たとえば消防隊などは訓練の一環で綱引きを取り入れているところもあるらしいんですよ。
堂場 綱引きの練習が、そのまま訓練になるということですかね。
會田 そうだと思います。消防隊だけの大会もあるほどで。
堂場 ひとつの組織体として見れば、社会人野球のように全社一丸となって応援できる競技があるのはいいことだと思うんですよ。とくに綱引きはチーム戦のイメージが強いですから。
會田 同感です。自分は暴力団の離脱に関わる業務も担当しているので、警察関係者ともよく話をするのですが、応援に来てくれた元機動隊の方が「自分がもう少し若かったら、綱引き小隊を結成するのに」とおっしゃっていました。団結力を育むのにこれ以上のものはない、と。
堂場 もし実現していたら、機動隊チームはいかにも強そうですね(笑)。

練習場の一角には、たくさんの優勝トロフィーが。

●綱引きに必要なのは腕よりも“脚”のパワー

堂場 警察にも刑務所にも武道のチームはよくありますけど、試合そのものは1対1です。完全な集団競技として完成されているのは、綱引きとボート競技と、あとはラグビーのスクラムくらいだと思うんですよ。
會田 ああ、確かにボート経験者の強い選手が綱引きにもいますね。
堂場 やはり共通点があるのでしょうか。
會田 オールの持ち方と綱の持ち方に違いはありますけど、力の入れ方に似ている部分はありそうですよね。客観的に見て、ボート出身者は強いと思います。
堂場 あるいは引く力という点でいうと、クライミングやボルダリング経験者も有望かもしれない。
會田 そういえば、先日うちのチームを見に来た入会希望者に、TBSの『SASUKE』で第3ステージまで行ったという人がいました。彼は指だけで岩に捕まったり懸垂したりできるんですけど、問題なのは綱を後ろに引くには脚の力が必要だということなんです。
堂場 そうか、そこはボルダリングなどとは少し体の使い方が異なるんですね。
會田 体をがっちり固定するためには背中の筋肉を使い、そこから大きく引き込むのは腕ではなくて脚なんです。逆に言えば、腕力に頼っているうちは強くなれないということです。
堂場 そこは非常に興味深いポイントです。あらゆるスポーツを思い浮かべてみても、後ろにずっと引き続ける競技って、あまりないですから。
會田 そうなんですよね。先生が経験されたラグビーにしても、やはり前へ前へでしょう?
堂場 そうですね、ラグビーも、綱引きのように引き続ける動作はあまりないです。つまり綱引きで強いチームを作ろうと思ったら、ちゃんと専門の選手を育てなければならないということです。

會田 その通りだと思います。柔道でよく「立ち技3年、寝技3カ月」と言われますが、これはまず寝技を覚えなければ話にならないという意味ですよね。綱引きも同じで、ケツが地面に落ちたら一気に体を持っていかれてしまうので、とにかく脚を鍛えなければ始まらないわけです。
堂場 ただ、実際にはよほど実力差がないかぎり、地面がケツに着いてしまう局面は多いですよね。
會田 そうですね。だから僕らも、ケツを着いた状態から踏ん張ったり綱を引いたりする練習を取り入れているんです。
堂場 ちなみにその場合は、ケツで綱を引くんですか?
會田 というより、まず引かれないように脚を踏ん張る。ただ、ケツを着いた状態で引くのは大変ですし、ずっとケツを着けていると反則になってしまいますから、とにかく1センチでもこっちに綱を引く努力をして、どこかで動きが止まったらぱっと立ち上がる。そういう練習をやっています。
堂場 ああ、確かに綱引き競技でよく見る動きですね。
會田 うちのチームは、ケツが落ちた時にどうするかという練習をしっかりやっているのが、見ていてよくわかると思いますよ。他所のチームと対処がまったく違うので。
堂場 すると、こうして手の内を明かしてしまうと、他のチームも同じように対策してしまうのでは……。
會田 いやいや、隠していないので大丈夫です(笑)。見ればわかるものでもありますし。

●シンプルだからこそ奥が深い綱引きの魅力

堂場 それにしても、こうしてお話を伺っていても痛感させられることですが、綱引きというのはルールが極めてシンプルで、なおかつ勝敗の付き方がわかりやすい競技じゃないですか。それなのに実はすごく奥が深い。何事もぱっと見でシンプルなもののほうが、掘り下げていくといろんな事実が出てくるものですが、綱引きはその典型ですよ。
會田 今年のオリンピックで、マラソンの鈴木優花選手を応援していたのですが、彼女が「他の選手の振り落とし方がよくわかった」というコメントをしていて、大いに納得したんです。要は、一定のペースで走っているように見えて、実際にはスピードを細かく上げ下げするなど、ものすごく複雑な駆け引きが介在しているのだ、と。
堂場 まさしく、綱引きの奥深さに通ずる話ですよね。
會田 綱引きも対戦中、力が拮抗して綱が張った状態で止まっているように見えるかもしれないけど、実際は数ミリ単位で駆け引きしていますから。
堂場 つまり、チームの選手全員が感覚を共有している必要がありますよね。
會田 まったくその通りです。僕らは子どもたちに綱引きを指導する機会もあるのですが、よく言うのは「綱引きはヒーローのいらない競技」であるということです。誰か1人が「俺に任せろ」と勝手に力を込めると、真っ直ぐ張っていた綱がぶれて、かえって力が落ちてしまったりするので。
堂場 なるほど。スタンドプレーに走るのではなく、チームとして戦わなければならないんですね。基本的にパワーの競技であることは間違いなくても、単純に筋力が強いチームが勝つわけではないところも、綱引きの面白い点ですね。

會田 「府中樹徳殿」は21年目になりますが、僕らが自分たちのことをまだぺーぺーだと言っているのは、決して謙遜ではなくて、まさにそういう深い部分で達していないものがたくさんあるからなんです。
堂場 それが強さの秘訣でもあるのでしょう。綱引きというのはほぼすべての日本人が経験しているものでありながら、こうして競技化されていて、これほど多くの人が打ち込んでいる事実はあまり知られていません。會田さんの想いを聞いていると、本当にそれがもったいなく感じられます。
會田 だからこそ、こうして先生に興味を持ってもらって、小説の題材にしてもらえるのは我々としてもありがたいですよ。『綱を引く』、面白かったです。
堂場 ありがとうございます。でも、この世界の奥深さをとことん表現しようと思うと、どうしても専門的になり過ぎてしまうので、そのあたりはちょっとジレンマがありました。結局、説明的にならないように気をつけつつ、いかに競技としての綱引きの迫力を見せるかに注力しましたけど。
會田 おかげさまで、後輩たちもみんな夢中になって読んでいましたよ。スポーツ小説って、普段あまり読むことがなかったのですが、いいものですね。
堂場 スポーツの醍醐味というか、体を鍛えることの面白さは、実は万人に共通すると思うんです。ジムに通っているうちに体型が少し変わってきたり、できないことができるようになるのは楽しいことですからね。
會田 そうですね。なかには事故などでやりたいスポーツをやれなくなる人もいるわけですから、自分らはこうして元気に綱引きに打ち込めるのはありがたいことですよ。
堂場 それでいうと私はいま61歳なんですけど、微妙に体力の衰えを感じることも少なくないんです。それまで上げられたウエイトが上がらなくなったり。でも心のどこかで、そういう変化を楽しんでいる自分もいて、なかなか複雑な心境なのですが、會田さんは年齢的なものって気になりませんか?
會田 自分はそういうのはまったく気にしないですね。ただ、体が硬くなると怪我をしやすくなるので、柔軟はめちゃくちゃやるようになりました。
堂場 それは大切なことですよね。私ももっと柔軟をやっておけばよかったとよく思いますもの。
會田 ある綱引きの強豪チームでは、70歳の選手がまだ現役でバリバリやっていますからね。自分もさらに楽しみながら頑張りたいです。
堂場 20代もいれば70代もいる。これも綱引きの懐の深さの表れですね。今後もこの競技の魅力を、折りに触れ伝えていければと思います。

(2024年11月27日 東京都内にて)

対談を行ったのは、奇しくも「い(1)い(1)つ(2)な(7)」の日でした。

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