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“超多忙”を支えるプラモデル型仕事術
中山七里『嗤う淑女』刊行記念インタビュー

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中山七里

連載12本、月産700枚。幅広いジャンルの作品を次々と生み出す中山七里。それを可能にした「秘訣」と「姿勢」とは──
構成/大矢博子 撮影/サジヒデノブ

月産700枚、〆切遵守。「仕事に波を作らない」方法

──今日は岐阜のご自宅にお邪魔してます。東京に仕事場をお持ちですが、岐阜にはよく帰られるんですか?

中山:月に10日くらいですね。会社を辞めて物書き専業になったのでこちらに帰ってきてもいいんですが、東京にいた方が出版社との打ち合わせなどにも便利なので。

──現在、連載はどれくらい抱えてらっしゃるんですか?

中山:紙とウェブ合わせて12本ですね。書き下ろしの約束もあるんですが、出版社が痺れを切らしましてね(笑)、連載になったものも3本あります。

──お忙しいですねえ。

中山:サラリーマンと兼業だった頃、書き下ろしがメインでしたが、睡眠が一日4時間くらいしかとれなかったんですよ。そこに連載のお話をいただくようになって。連載は〆切があるでしょ? 〆切のペースと自分の執筆時間を計算したら、睡眠時間が2時間になってしまった。

──それで会社を辞められた?

中山:会社員時代は無遅刻無欠勤だったんです。ところが連載が6本とかになると、さすがに休まないとこなせない。有給休暇をぜんぶ消化しても、まだ3日足りなかった。仮病を使うか……というところまで来て、あ、これは会社員としては失格だなと思った。それで辞めたんです。

──オファーを断ろうとは?

中山:新人作家に「断る」という選択肢はありませんから。

──それだけの仕事量、スケジュール管理はどのようにされてますか?

中山:アナログなんです。月めくりのカレンダーに書き込んでます。詰まってる時は二日に1回、余裕があるときでも三日に1回、〆切がありますね。小説の連載ってだいたい一回50枚ですから、今は一日25枚ペースで書いてます。

──1日の時間配分は。

中山:東京にいるときと岐阜の自宅にいるときで違うんですが、東京にいるときは時間配分はないですね。一日25枚書くまでは寝ない食べない。今のペースになる前、連載を14本抱えていたときは布団に寝なかったですね。パソコンの前でふっと気を失って、気がつくと2~3時間経ってた、というのが1ヶ月続きました。

──すごい……!

中山:まあこれは、自分で時間をすべてコントロールできる一人暮らしならでは、ですね。岐阜に帰るとちゃんと三度の食事が出るから、その都度執筆が止まる(笑)。

書斎に並ぶ映像ソフト

執筆する書斎に並ぶ映像ソフトは4000枚以上。映画鑑賞は「中1で観た『ジョーズ』以来」の趣味。

──お休みはありますか?

中山:ないです。ブルーレイのソフトをたくさん買ってますが、まだ封も切ってないんですよ。25枚書いたあとで時間があったら映画に行くこともありますが。

──では、日々の気分転換の方法は?

中山:他の原稿を書きます。

──それが気分転換になるんですか?

中山:ぼくは小説を書くときには、500枚なら500枚、頭の中でもう出来上がってるんです。最初に編集者さんからお題をいただき、3日間考えます。プロットを2000字にまとめて渡すときには、最初の1行から最後の1行まで頭の中で完成してます。あとはそれをダウンロードするだけの作業なので楽なんです。だから作品が変われば気分転換になるんですよ。

──ではその3日間の方が集中力が要る?

中山:そうですね。ぼくの仕事はその3日間が8割。その間は執筆も何もしません。延々考える。スケジュールも、その3日間を入れた上で立ててます。

──その3日でプロットができない、なんてことはありませんか?

中山:ないです。72時間あればたいていのことはできますよ。

──今日は気分が乗らないなあとか、逆に、今日は調子いいから50枚書いちゃおう、なんてことは。

中山:(苦笑しながら)そもそも仕事は気分でするもんじゃないですよね。それにぼくは調子いい悪いという波がないんです。頭の中をダウンロードするだけなのでいつもテンションは同じなんですよ。

──作家さんの中には、プロットを細かく決めずに書き始める方も多いですが。

中山:タイプが2通りあると思うんです。プラモデル型と彫刻型。プラモデル型はまず設計図があり、その通りに組み立てて完成させる。彫刻型は彫っていくうちにだんだん形が見えてくる。

──あっ、なるほど!

中山:どちらがいい悪いじゃなくてね、それぞれに合った方法があるわけですから。ぼくはプラモデル型。この型だから、今の仕事のやり方が可能なんでしょうね。

映画のフィギュアが並ぶ棚

中山さんが「エポックメイキング」と感じる映画のフィギュアが並ぶ棚。

モチベーションの在処は「責任」と「使命感」

──お休みもなく、それだけの量の執筆を続けられるのは、やはり作家になりたかったという思いからでしょうか?

中山:いえ、なれたらいいなあぐらいで、なりたいとは思ってませんでした。でも新人賞をとっちゃったからには、続けないといけない。責任がありますよね。

──責任、ですか。

中山:うん、これ、今まであまり話したことはないんだけど……(考えながら、ゆっくりと)宝島社の本には読者ハガキが入ってるんです。『さよならドビュッシー』が出たとき、ぼくはそれを84枚いただいた。その84枚、いまだにとってますけど、それさえあれば何も怖くない。ネットで誰が何を言おうと、1枚の読者ハガキの方がどれだけ強いか。その84枚を拝見したとき、ぼくは潰れるまで書かなきゃいけないと思ったんです。この期待を裏切るのは、人間として失格だと。この84枚の、最後の1枚の人があきらめるまで書き続けようと……使命感ですね。

──そのハガキが、書き続けるモチベーションになってるんですね。

中山:それにね、小説って書くのはひとりですが、売るのは出版社、取次、書店員さんたちですよね。ぼくらが存在を許されるのは彼らのおかげですから、彼らの儲けにならないものを書いてもしょうがないと思ってるんです。もちろん儲け度外視で存在しなくてはならない文学、文芸もあります。でもそれは、ぼくの仕事ではない。だからぼくは、自分が書きたいものを書いたことがないんです。

──えっ?

中山:だって、誰もぼくの言いたいことなんか興味ないですよ。皆さんが欲しいのは皆さんが読みたい物語であって、ぼくの主張ではない。だからぼくは、編集者にリクエストを出してもらうんです。最前線にいる編集者は今何が求められているかをいちばんわかってますから。

──でも、書きたいものじゃないものを書くって楽しくないような……。

中山:仕事を、楽しくないから嫌だっていうのはワガママでしょう(笑)。書いてる人にしてみたら創作活動でも、出版社に渡った時点で商業活動。商業活動に趣味を持ち込んじゃいけない。関わってくれる人の利益になって、読んでくれる人の楽しみになる。そういうものを書くのが、ぼくの責任だと思ってます。

ゴジラ

ゴジラはご子息のもの。「子供たちが小さいころは映画館へよく一緒に行きました」。

『嗤う淑女』に見る中山七里流設計図の引き方

──新刊『嗤う淑女』も編集者のリクエストから始まったんですね。

中山:そうです。イヤミス、悪女一代ものという依頼でした。でも悪女ものを書く人ってたくさんいる。同じものを書いてもダメだろう、と思いましたね。

──物語は章ごとに主人公が変わります。どの章でも、その主人公が罪を犯してしまうわけですが、すべての背後にいるのが蒲生美智留という女性。この構成はどこから生まれたんでしょう?

中山:ここ数年、詐欺事件が多いじゃないですか。はたからみると詐欺師ってとんでもない人間だけど、騙された当人にしてみたら、たぶんそんなに悪い存在じゃないんじゃないか。騙されたときには幸せだったんじゃないか。じゃあ、悪女って何? と思った。それが始まりです。

──確かに美智留のせいで犯罪者になったのに、誰も彼女のことを恨んでません。

中山:悪女らしくない悪女を書こうと思ったんです。各章に登場する人たちはみんな「幸せになりたかった人」。彼らにしてみたら、美智留は彼らの思いを遂げさせてくれる天使だったり教師だったりする。けれど俯瞰したら悪女なんですよね。そこで、爽快感があるような形にしたかった。普通のイヤミスは読んだ後に重い物が残るけど、同じ残るなら「美智留がんばれ」というような思いが残るような。

──それ、感じました! 美智留って確かにやってることは犯罪なんですが、でも、悪女という感じがしないんです。

中山:だからタイトルは淑女なんですよ。

E.T.

「E.T.」は現時点でナンバーワン。映画グッズの溢れる書斎だが、購入したブルーレイもなかなか見られない日々が続いている。

──モデルはあるんですか?

中山:ビッグママというか、お母さんみたいな女性がいろんな人を取り込んで家来にしていったみたいな事件、続きましたよね。どうして簡単に騙されるんだろう、どんな人が騙されるんだろうと思って、それらの事件の主犯を混ぜて魅力的にしたのが美智留です。でも単に魅力的なのもつまらないから傷をつけよう、じゃあその傷はストーリーの中でこう使おう、と。そうすると周囲の事件もすぐ出来た。老若男女をすべて出せたと思います。

──さすがプラモデル型。設計図はそうやって作るんですね。

中山:『さよならドビュッシー』と合わせて読んでもらうと面白いかも。登場人物が共通しているわけではないんですが……これ以上は言えない(笑)。

──このあとのご予定は。

中山:『嗤う淑女』の続編はもう頭の中にあります。『カエル男』に出てきたある人物が、美智留とタッグを組むんです。ただ、『カエル男』の続編と時間的な整合性をとる必要があるので、そのアイディアは少し先にして、美智留だけの続編を先に書くことになるかも。

──時間的な整合性?

中山:設計図は1作ごとだけじゃないんですよ。事件の時間軸も人の動きもすべてつながってますから。2冊の本で同じ時期に事件が進行するときは、人の動きも矛盾がないように考えます。ひとつの事件が決着してからでないと始められない話もあります。……だから出版順の調整がたいへんなんですけど(笑)。

──設計図通りに作られたプラモデルが並ぶと、ひとつの巨大なジオラマになるんですね。その景色を見るのが楽しみです。

(2014年12月 岐阜の著者宅にて)

※本対談は月刊ジェイ・ノベル2015年3月号の掲載記事を転載したものです。

中山七里

なかやま・しちり
1961年岐阜県生まれ。2009年、「さよならドビュッシー」で第8回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、翌年デビュー。同作はシリーズ化され、のちに映像化も。『贖罪の奏鳴曲』『連続殺人鬼カエル男』『切り裂きジャックの告白』『七色の毒』『追憶の夜想曲』『アポロンの嘲笑』『テミスの剣』『月光のスティグマ』など著書多数。

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