J_novel+ 実業之日本社の文芸webマガジン

変わりゆくもの 変わらないもの
唯川 恵『男の見極め術 21章』刊行記念インタビュー

share

Xでシェアする facebookでシェアする
唯川 恵

小説やエッセイで女性読者から圧倒的な支持を得る唯川恵さん。
作家生活三十年を迎え、新たなことにトライしている。
最新刊『男の見極め術 21章』と、唯川さんの「今」を聞いた。
撮影/石橋謙太郎(スタジオエム) 構成/編集部

軽井沢で暮らし、書き、山を登る

――軽井沢(長野県)に移住して何年ですか?

唯川:二〇〇三年に移住したので十二年になります。

――移住した理由はなんですか?

唯川:当時、東京でセントバーナードを飼っていました。暑さに弱いと言われるセントバーナードを東京でも飼えることを知り、公園の近くの一軒家を借りました。でも実際飼ってみたら、やっぱり夏が全然ダメ。引っ越すしかないなと。

――ご結婚されたのも同じタイミング。

唯川:同じです。それで、軽井沢がいいかなと。東京から新幹線で一時間くらいというのもよかった。

――軽井沢に住んで、山登りを始めたのですか?

唯川:最初はまだ……。その後、毎日新聞で小説連載をやることになり、浅間山が本当にきれいに見えるので、浅間山を舞台にしました。『一瞬でいい』(上・下)という小説なのですが、その冒頭で山に登るシーンが出てくる。それで、登りに行ったのです。二千メートルまでは行ったのですが、途中でへばって登れなかった。私は山には向いてないと思いました。

――学生時代にスポーツをやっていたそうですね。

唯川:バスケットです。背も高いから短大時代までやりました。

――体力には自信があった。

唯川:身体を動かすことは嫌いじゃなかったのですが、初めての登山が本当につらかったので、もう二度と登らないと思いました。でも、その後も里山の離山(はなれやま)などに登ったりしていたのですが、ある程度きちんと登れるようになったのは、二〇一〇年に犬が死んでからです。犬の死がきっかけで、泊まりがけでも行けるようになったのです。それまでは、犬の面倒を見るために日帰りでした。

――軽井沢に来て一番変わったことはなんですか?

唯川:ものすごく朝が早くなったし、夜も早くなった。

――もうひとつ、結婚してラクになったという話を以前伺ったのですが、それはどのような意味から。

唯川:私はすごく結婚が遅かったので、一生ひとりで暮らしていく覚悟もしていました。でもやっぱり歳を重ねるほど、人生を一緒に歩いていく人がいたらいいなと考えるようになった。そういう人がいたらいいなと思い続けるのをしなくていいかと思うと、ある程度気がラクになった。

――恋愛は大変なのですかね?

唯川:「誰だろう?」「自分はどんな人に会うんだろう?」「この人はどうだろう?」と相手を探し求めている間はしんどいなと思う。相手に可能性もたくさん託すし。そして、失敗もある。そうしたらもう一回やり直せばいい。若い女の子が、彼氏がいないとイヤだっていうのは、ひとりになるのが不安だとか、彼氏がいることで自分のポジションが認められているような思いもあるのではないかな。だから本当の恋愛とは少し違う気がする。

――それはおもしろいですね。

唯川:若いうちはそんなことを気にせずに恋を繰り返せばいい。ある程度の歳になると、恋愛は生き死ににかかわってくる。五十代、六十代で本気で誰かを好きになるってことは、どこかで死に別れるかもしれないから……。最期をすごく考える。やっぱり命に近づいていく感じがある。

人生を身軽にするための『男の見極め術 21章』

――今回、一九九〇年代に執筆したエッセイ集『いつかあなたを忘れる日まで』(一九九五年 実業之日本社、二〇〇二年 新潮文庫)を大幅改稿のうえ、タイトルを『男の見極め術 21章』と一新し発表したのは、どのようなことからですか。

唯川:改めて読み返して、考え方のベースは九〇年代から変わってないと驚いたのです。ただ、執筆した頃は自分も若かったから、どこかで逃げ道を作っているなとか、自分に言い聞かせているなとか、自信がないな、あやふやだな、というような曖昧な描写があった。でも、読み返したら、断言できるところがたくさんあった。「それは違う!」って。だから、基本的に変わらない部分と変わったところがうまくミックスできるかなという気がしたんです。

――今回、カバーのコピーで「人生を身軽にするための」と入れましたが、その意図はなんですか。

唯川:最初にこのエッセイを書いていた頃を思い返すと、恋愛は大事だったけれど、同時に自分の足かせでもあった。あの時に、恋愛がなければ自分はもっと自由になれたのに、それを妙な気持ちで引きずったから留まってしまったとか、動けなかったとか、そういう後悔もある。恋愛で自分をがんじがらめにしないでほしい。そのためには身軽に生きてほしいという願いを込めました。自分がやりたいことをやれる、そういう自分であってほしいなって感じます。

――恋愛は大切だけれど、人生は恋愛だけではないと。

唯川:若い女性の専業主婦願望がまた復活するなど、今は選択肢がいっぱいあるのだと思う。でもあまりに選択肢が多すぎて、かえって生きづらくなっている。その中から自分が生きたいように生きられる道を選んでほしいなと思っています。

――この本は恋愛バイブルですが、それだけじゃない。

唯川:そうですね。ただ、基本は全部男の悪口(笑)。男が主役というよりも、自分が人生の主役になるための本。そういうふうに受け取ってもらえたらいいですね。私は、男と女とか恋愛というものは、基本は変わらない気がしています。ただ、昔の方が男のせいにしたことが多かった。こんな男だったから自分はダメになったと。今は「こんな男を選んだのは自分だから……」という感じになる。恋愛に失敗するのは、私は構わないと思っている。好きになった男にとことん溺れていくのは恋愛の醍醐味だから、それもやってほしい。でも人生には失敗してほしくない。

――読んでいて思ったのは、唯川さんが読者を大人として見ていること。

唯川:若い頃は、自分が不安だからどう受け止められるかを気にしていた。ありきたりなことでもちゃんと書こうとした時期があった。やっぱり読者を信用していなかったのかな。でも今は、読者は分かってくれるという思いがある。女同士だったら分かるよね、ここまで言わなくてもいいよねっていうような信頼感がある。

――すごくいいですね。みんな分かっているよね、という雰囲気が。

唯川:うん、本当に。昔のエッセイを時間を経て書き直すのは初めてだったけれど、そこがすごく違うなと自分でも思った。今回もう一回考え直し、書き直した時は、ものすごく読者に対しての信頼する部分が大きくなったと感じました。

――解説と帯の推薦文をタレントの大久保佳代子さんが書いてくれました。

唯川:大久保さんの解説、とってもよかったです。本当に、率直に、ここまで書いてくださって有難いです。元々、テレビで見ていて、個人的に彼女への好感度が高かった。彼女は今四十代ですよね。自分の四十代の頃と重なるような気がしていた。同時に、なんとなく彼女が抱えている、面倒だな、しんどいなっていうところも見える。勝手な思いですけど……。解説を読んでいて泣けたのは、「男を切れないのは、トイレが詰まった時に手を突っ込んだから」という話。ああいう具体的な例があると、わかると思う。リアル感満載。解説だけにしておくのはもったいない。

――本書をどのように読んでほしいですか。

唯川:気楽に読んでもらうのが一番です(笑)。小説もエッセイもそうですが、自分がモヤモヤと思っている一文と巡り合うことが大事。恋愛って百パーセントうまくいくわけではない。あれ? こんなはずじゃなかったとか感じた時に、その一文があってくれたらうれしいですね。

新しい小説の取材で今秋、エベレストへ

――唯川さんの最近の小説を見ていると、新しいことにトライしているように感じます。

唯川:そうですね。ずっと私は女性の恋愛を書いていると思われてきました。歳を重ねたこともあり、最近女性を恋愛と絡めて書くことを、少し窮屈に感じていた。若い女性は今、仕事がないとか貧困問題とかいろいろ抱えている。三十代になると、出産問題や子育て……。もっといくと、介護の問題にも直面する。そんななかで、恋愛をはずして書いてみたいなと思ったのが、美容整形をテーマにした『テティスの逆鱗』とDVを扱った『手のひらの砂漠』。そして、恋愛や男と女の究極を書きたいと思った時に、怪談をベースにした『逢魔(おうま)』となった。

――そして、次なる挑戦が、山登りを題材にした作品ですね。

唯川:これまで身体を使って、取材して書くということがなかった。本を読むとか、見学しに行くことはあったけれど……。今回、登山家・田部井淳子さんと出会い、田部井さんの生き方を紐解いていくなかで、これは自分の身体を使って、身体で感じることをしなきゃダメだなと思ったのです。今までとはまったく違ったものが書けるのではないかなという手ごたえがあります。

――いろいろな意味でトライになる。

唯川:去年で私も作家生活三十年。なんとなく二、三年前から、自分がもう一度、なにかを始めるチャンスじゃないかなという気がしていた。

――実際、エベレストへ取材に行くのですよね。

唯川:秋に訪れる予定です。私が登るのは五千数百メートルまで。それでも、その前に健康診断を受け、冒険家の三浦雄一郎さんの低酸素トレーニングを受けるなど、初めての挑戦がいろいろあります。

――少しずつモチベーションが上がってきていますか?

唯川:そうですね。いろいろと資料を読んだり、山を登ったり。とにかくなんとか登れればいいなと思っています。素晴らしいタイミングで田部井さんと出会い、刺激され、こういうチャンスがあって本当にラッキーだなと感じています。

(2015年3月 軽井沢にて)

※本インタビューは月刊ジェイ・ノベル2015年5月号の掲載記事を転載したものです。

唯川 恵

ゆいかわ・けい
1955年、石川県金沢市生まれ。銀行勤務などを経て、84年「海色の午後」で第3回コバルト・ノベル大賞を受賞しデビュー。2002年『肩ごしの恋人』で第126回直木賞。08年『愛に似たもの』で第21回柴田錬三郎賞を受賞。女性の内面を描いた小説やエッセイで読者の共感を集める。『一瞬でいい』『とける、とろける』『天に堕ちる』『テティスの逆鱗』『ヴァニティ』『途方もなく霧は流れる』『手のひらの砂漠』『逢魔』など著書多数。

関連作品