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9月の新刊『ワクチンX 性格変更、承ります。』刊行に寄せて
ドッキドキの新作 桂 望実

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新刊が出ると告げると、大抵の人は「おめでとう」と言ってくれます。

めでたいです、確かに。こんなに有り難いことはありません。

とはいうものの、作家の心は複雑でして……。内心ドッキドキなんですね。いいの、これを発表して? なんて弱気の虫も騒いでいますし。

以前、自分としてはかなりの挑戦をした小説の発売前夜のことです。夢を見ました。大勢の殺し屋から追われる恐ろしい夢です。逃げても逃げても追ってくる。間一髪のところでなんとかかわしていましたが、とうとう誰もいない工事現場に追い詰められてしまいます。七、八人の殺し屋たちに取り囲まれた私は、絶体絶命。リーダーらしき一人の男が私に近付いてきます。そしてにやっとすると私の顔に硫酸をかけました。私はギャアーと叫びます。その自分の叫び声で目が覚めました。心臓はバックバク。こんな夢を見るぐらい、新作発表の前は不安でいっぱいになっているのです。

本作は、これまでの作品の中で一番チャレンジをした小説です。となると、発売前夜にどれだけ怖い夢に襲われるやら。

幸せいっぱいで結婚しても、離婚するカップルはたくさんいます。その原因を尋ねると、男女共に性格の不一致を挙げるとか。離婚理由のランキングで、これが第一位なんだとか。

以前からこの結果を、面白いなぁと思っていました。結婚した途端、性格が激変するということがあるでしょうか? 中にはそういう方もいらっしゃるかもしれませんが、ほとんどの人の性格は変わらないのでは。三つ子の魂百までと申しますしね。ならば、恋愛中には気にならなかった性格が、結婚して生活を共にし出してみると、許容できなくなる ――といったあたりなんでしょうか。

「離婚」という文字を、頭に一瞬でも浮かべたことがない既婚者はいないと、友人が断言しています。そうなんでしょうか? だとするならば、もしパートナーの性格が変わるとしたら、その離婚への気持ちにストップをかけられるようになるのでしょうか。が、ここにも問題が。パートナーが希望するように性格が変わるとは限らない。むしろ、さらに許容範囲から大きく外れてしまうことも。

そもそも自己分析なるものが難しい。また自分が理想としている姿と、パートナーがこうなって欲しいと思う姿には、ズレがありそう。となると、性格が変わったとしても、離婚率は下がらない ――こんな身も蓋もない結論でいいのでしょうか。

ネタバレにならないよう本作を紹介するのは至極難しい。そのシバリの中で表現するなら、性格変更をした先にあるのが、どんな幸せなのかを描こうとした作品……といったはっきりしないものになってしまいます。詳しくは本作でと、お願いする次第です。

いつも苦労するのは、登場人物たちに魂を吹き込む作業。ところが本作の執筆中は、各キャラクターたちが、しっかりと自己主張してきてくれたので、入魂の作業は不要でした。彼らを受け止めることにのみ集中するようにしていました。

主人公の加藤翔子をファッショナブルにしたのも、彼女がそういうモノを着たいと言ってきたからです。どんな服装をしたいかを、キャラクターに指示されたのは初めての経験でした。こうした、書いているというよりは、登場人物たちに書かされているといった感覚のせいでしょうか。執筆期間中ずっと、楽しくてしょうがありませんでした。

この楽しさは書いている私だけの感覚で、ストーリーはといえば、苦味のある大人の味わいになっています。

しかしながら「あー、楽しかった」で終わらないのが作家業。果たして皆さんはこの作品をどう読むのか……考えただけで、胃の調子が悪くなります。
どうやら発売前夜に見る夢は、血も凍るようなものになりそうです。恐ろしや、恐ろしや。

※本エッセイは月刊ジェイ・ノベル2015年10月号掲載記事を転載したものです。

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