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1月の文庫新刊『白バイガール』刊行に寄せて
まわりくどい謝辞 佐藤青南

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毎秋、茨城県ひたちなか市の自動車安全運転センター安全運転中央研修所というところで開催されている、全国白バイ安全運転競技大会をご存じでしょうか。

各都道府県警及び皇宮警察から選抜された白バイ乗務員が、バランス走行操縦競技、トライアル走行操縦競技、不整地走行操縦競技、傾斜走行操縦競技の四種目で熱いバトルを繰り広げ、全国三千人の白バイ乗務員の頂点を目指すという一大イベントです。

組織を背負っての参加だけに、選手たちはもちろんのこと、応援にも相当気合いが入っています。飛び交う野太い声援が、過ごしやすくなり始めた秋の乾いた空気を、いっきに真夏のような暑苦しさにするのです。

そしてその会場の片隅で一人、ここが勝負とばかりにやや気負った面持ちで、出場選手たちのパフォーマンスに熱視線を注ぐ男がおりました。

それが佐藤青南です。

この男、白バイ乗務員を主人公にした小説を執筆すべく、単身、全国白バイ安全運転競技大会の会場に乗り込んだのでした。なぜそれほど気負っているのかと言いますと、なにしろ白バイ乗務員についての資料が乏しく、白バイ乗務員の日常業務などについて、まったく掴むことができていなかったのです。実のところ、以前にも白バイ乗務員を主人公にした小説を書こうと目論んだものの、あまりの資料の乏しさに断念した過去があったのでした。その後、実業之日本社の担当F女史におだてられ、ふたたび白バイ乗務員の小説を書こうと思い立ったものの、やはり資料が乏しい。担当F女史からは「想像で補えばいいんじゃないでしょうか」的な、優しさなのか無責任なのか判断の難しい言葉をかけられはしましたが、情報化社会の昨今、いくらなんでも想像で補う部分が多すぎる。あまりにいい加減なものを出版したら、マニアから袋叩きに遭うのではないか、警察小説マニアってめっちゃ怖いのにと、及び腰になっていたのです。

そんな折の、全国白バイ安全運転競技大会でした。

よし、と頷いた佐藤は、目の前で繰り広げられる熱戦に背を向けました。売店コーナーで販売されていた『白バイキティちゃんストラップ』を購入するためではありません。いちおう記念に購入こそしましたが、その後向かったのは、会場の入り口付近にある『白バイ展示写真撮影会場』です。本物の警察車両に乗って、写真撮影ができるコーナーでした。佐藤の目的は、白バイと一緒に写真撮影をすることではありません。車両のそばに立っている、元白バイ乗務員の方とお話しすることだったのです。

「すみません。このサイドボックスの中ってなにが入ってるんですか」

「反則告知書と、あとは弁当とか」

「お弁当? それはおもしろい。お弁当が入ってるんですか。白バイ隊員の人って、お弁当どこで食べるんですか」

「どこか近くの警察署まで行ってから食べますね」

そう。佐藤はこの写真撮影会場こそが、白バイ乗務員の日常をヒアリング取材できる絶好の機会と考えたのでした。ここで知りたいことを全部訊いておかないと、書籍やネットに答えはないのです。佐藤は不退転の覚悟でした。

「何時から何時まで仕事しているんですか」

「走るルートとかって、ある程度決まってるんですか」

「分駐所って、どんな様子なんですか」

「やっぱりもともとバイク好きなんですか」

「これまでで一番意味不明だった交通違反者の言い分を教えてくれませんか」

べったりとくっついてひたすら白バイ乗務員の日常について質問してくる男は、元白バイ乗務員の方からすれば、さぞや気味の悪い存在だったに違いありません。

さすがに途中から身分を明かしはしましたが、あまり信じていない様子なのは、適当な相槌からも明らかでした。

あのとき変な男に白バイについて根掘り葉掘り訊ねられて気味が悪かったという茨城県警元白バイ乗務員のおじさん。

ほら、本物の小説家だったでしょう?

その節はどうもありがとうございました。

※本エッセイは月刊ジェイ・ノベル2016年3月号掲載記事を転載したものです。

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