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6月の文庫新刊『ホタル探偵の京都はみだし事件簿』刊行に寄せて
ミステリアスなお仕事 山木美里

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推理作家の業務内容とは、なんぞや?

部屋に籠もってトリックを考え、人物相関図を作成し、プロットを組み立てたら、あとはひたすらキーボードを叩いて、頭の中で編みあげた物語をエンドマークの着地点まで文字化していく作業?

業務マニュアルが存在しないため、いかんせん正しい働き方がわかりません。なので、ミリオンセラー作家・夜光蛍一郎(やこう・けいいちろう)先生は作中、野放しです。

「ずっと机の前に座っていたところでなにも思いつきませんよ」とのたまい、ネタ探しや取材と称してフラフラと出歩いては、事件に遭遇し、名探偵を気取って首を突っ込みたがる困った四十男。

さて、わたしも推理作家のはしくれ。刑事ドラマや二時間ミステリ劇場の犯人を言い当てるのは得意です。まあ……テレビだと内容以前にキャストから大体の見当はついてしまうので、要審議の推理能力ですが。

果たして、推理作家は探偵に向いているかしら?

『ホタル探偵』は、素朴な疑問と自分の職業選択の幅が広がるかも知れないというあえかな期待から生まれた設定です。

謎を編んで架空の事件をでっちあげる推理作家と、現実に起こった事件の謎を解く探偵。夜光先生は、似ているようで真逆の仕事をこなせますか否か。

舞台は京都。京都府警が登場します。

警察の仕事に関しては資料が多く存在しますので、はじめは業務上の制約をはみださないよう心がけるつもりでした。往年の刑事ドラマみたいに拳銃を撃ちまくることもなければ、派手なカーチェイスを繰り広げることもありません。取調室でカツ丼を出したら利益誘導になることも承知。一話で出した所轄の刑事が管轄外の事件にズカズカ出しゃばっていくのはルール違反か……と、策を講じて……。

ですが、綿密に取材を重ねた警察小説ではなくコミカルミステリということで、結局、リアルとはほど遠くいろいろはみだしたユル~いお仕事描写と相成ったのでした。

「警察のこの対応、現実ではナシだけど、キャラクター小説としてはアリです。こういう荒唐無稽さをもっと伸ばしてあなたの作品特有の味にすればいいと思う」

届いたゲラに書かれていた編集さんからのメッセージが、わたしを勇気づけ、はっちゃけさせたのです。

出版社の編集者というお仕事。実に興味深い。

作中『わたし』の一人称で物語を引っぱっていく黒木真央(くろき・まお)も、零細出版社の新米編集者です。上司から夜光先生の世話係を任ぜられ、「編集者の仕事とは何ぞや?」と、首をかしげながらも、エネルギッシュに走り回っています。

その辺りのお仕事描写には「現実ではナシ」の記述がありませんでしたが……編集者の業務内容とは、どんなものですか? おさんどん出張は現実にアリですか? たとえば、百万部超えの作家から原稿と引き換えに頼まれたら?

思えば、編集さんは一番近いところにいる取材対象です。聞けば協力を惜しまずおしえてくださることでしょう。

でも、あっさり否定されるのもつまらないし、万が一「百万部を超えてから頼んでみてください」と切り返されたら虚しいので、敢えて聞きません。

謎は謎のままに。ミステリアスでいていただきたい。勝手な想像の翼を広げて、作中で真央に「納得いかーん!」と叫ばれながら、あんなことやこんなことを無茶振りしてみたい。
面倒くさいが憎めない作家に手を焼きつつ、マニュアルどおりにはいかないけれど好きな仕事に邁進する、利発ではしこい女の子を描きました。元気をお届けできれば幸甚です。

※本エッセイは月刊ジェイ・ノベル2016年7月号掲載記事を転載したものです。

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