『仮面病棟』40万部突破記念トークショー刊行記念ブックレビュー
謎も事件も話も尽きず 知念実希人×岡崎琢磨 初対談!
二〇一二年同期デビューの人気若手作家二人が放つ、
ミステリーへの無尽蔵な熱量! どうぞお楽しみください。
構成・写真/ジェイ・ノベル編集部
最近、どうですか?
知念: 今日はトークショーということですが、普段どおり楽しく話していければと思います。
岡崎: 今回はお招きいただきありがとうございました。今日のために打ち合せをしようと二人で飲みに行ったんですが……。
知念: 何も決まりませんでしたね(笑)。 午前二時まで飲んでたのに。早速ですが岡崎さんは来月に新刊が出るとか。
岡崎: 急ですね(笑)。昨年七月の単行本以来の新刊で、朝日文庫から『道然寺さんの双子探偵』という作品が出ます(現在発売中)。このお話は福岡のお寺が舞台なんですが、僕自身がデビュー前にお寺の手伝いをしていた経験を活かして書きました。せっかく舞台が地元なので、福岡限定カバーも作っています。よろしくお願いします!
知念: 僕も明後日、『優しい死神の飼い方』が光文社文庫から出ます(現在発売中)。初めての「単行本からの文庫化」です。
岡崎: どうでした、初の文庫化作業は?
知念: 結構恥ずかしいです。三年前に書いたものだから、もう一回読んでみるととても直したくなるんですけど、時間がない。一週間くらいで終わるかなと思ったら、一ヶ月半かかりました(笑)。
岡崎: 一ヶ月半もあったら、下手すると新作が書けますよね。
知念: そうですね。最近は一ヶ月半で新作を一つ書かないといけないペースです。
岡崎: 今年は何冊出されます?
知念: 新刊が五、いや六冊出ます。『仮面病棟』の続きもあるので。去年も六冊ぐらいだったんですが、最近はけっこうスケジュールもタイトになってしまって……。
岡崎: 依頼を断れないことってありますよね。
知念: 岡崎さんは断るのが苦手そうだね(笑)。「岡崎さんに来年書いてもらうんです」って複数の編集者さんから聞いてます。
岡崎: あはは(笑)。知念さんも相当なペースで書かれていますよね。
知念: 本当に速い方にはかなわないですよ。パソコンの前に座ったら、もうその時点で最初から最後まで全部文字が頭の中に浮かぶっていう作家さんもいるんですから。化け物ですよね。ちょっと対抗できない (笑)。
岡崎: 知念さんはどういう風に物語を作ってるんですか?
知念: 僕は最初とラストシーンとテーマを決めたら終わりです。あとは書き始める。
岡崎: それもすごいですよね。
知念: だけど、ラストとテーマしか決まっていないとなると、ある意味恐ろしいです。途中で失敗したら大変なことになる。時々ね、途中でつまって本当に困るときがあります。岡崎さんはプロットを完全に作ってから書き始めるでしょ?
岡崎: そうですね。僕の場合は話をしっかり組み立ててからじゃないと書き出さないです。確かに、『仮面病棟』はがっちり組んだというよりは、どんどん書き進めていった勢いのようなものを感じました。
知念: 頭の中の映像的なイメージを書き写していくんですが、途中でぶつ切りになってしまう場面もあって。そこをどう繋げようかな、と考えていると眠れなくなり……。
岡崎: 寝る前にアイディアを探すと全然眠れないですよね。
知念: けど、寝ちゃうと忘れる。だから、思いついたらすぐ書いてます。
岡崎: この仕事って寝てる間以外はずっと作品のことを考えてる気がします。
知念: ストレス解消法とかありますか? 僕はひたすらジムへ行ってスパーリングやってます。岡崎さんはコーヒーにこだわったりしているの?
岡崎: 今年コーヒーマシンを買ったんですが本当においしいですよ。調子のって飲んでたら胃が痛くなっちゃいましたが (笑)。
それぞれのデビュー
知念: 話は戻りますが、新作はお寺の話なんですよね。実家がお寺なの?
岡崎: 正確には父親の実家がお寺で、お寺の仕事の空き時間で小説を書いていたんです。デビューしてからもしばらくはお寺で働いていました。
知念: もしデビューできなかったら今頃坊主だった可能性もあったの?
岡崎: そうですね(笑)。今回のお話は語り手はお坊さんなんだけど、主人公は中学生の双子です。
知念: 京都本大賞みたいなご当地の賞は福岡にもあるんですか?
岡崎: 賞はないと思うんですけど、秋に福岡の書店さんがやるイベント(BOOKOKA)があって、以前もトークショーに出させてもらいました。地元愛が強い土地柄なのでちょっと特別なカバーも作らせていただきましたが、どこで買っていただいても、もちろん、平等にありがたいです。
知念: 京都が舞台のデビュー作『珈琲店タレーランの事件簿』は、京都本大賞をとる前から売れてましたよね。
岡崎: 当時はちょうど京都ブームが起きていたんです。記念すべき第一回目に受賞させていただけて、大変ラッキーでした。
知念: 僕らはデビューが同じ二〇一二年。『タレーラン』の文庫をいいなあと思いながら見ていました。僕はデビュー当時はなかなか単行本が売れなくて、三作目まではまったく重版がかかってないですから。最初からいきなり売れたから、びっくりしたでしょ?
岡崎: 何が起きてるのかわかりませんでした。他人事のようだった。
知念: 急に売れ出すと怖いんですよね。
岡崎: 売れ始めたときの勢いは凄いですね。
知念: 僕も『仮面病棟』 発売直後はまったく話題にならなかったのに、半年後に急に売れ出して、何が起こっているのかわかりませんでした。北海道の書店さんからじわじわと火がついて、啓文堂さんの文庫大賞で一位がとれて、そこから爆発してくれた。ありがたいし、嬉しいです。
岡崎: 知念さんは新潮文庫nexの「天久鷹央」シリーズも好調ですが……。
知念: ありがたいことにあれで名前を認知してもらえた気がします。
岡崎: お医者さんとしての知識が存分に盛り込まれていて、本領発揮でしたね。
知念: 「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」の選考当時から島田荘司先生にお世話になってるんですけど、僕の受賞作はあんまり本格ミステリーじゃなかったんです。島田先生は本当は本格ミステリーの作品に賞をあげたかったはずなのに、僕を選んで面白いと言ってくださった。僕としては罪悪感があって、「本格ミステリーが書きたい」と思って書いたのが、あのシリーズです。医療を使って本格ミステリー書いたらこんな感じですよっていうのを出したかった。岡崎さんは、当分ライトミステリーが続きそうですか?
岡崎: どうでしょうか。ライトミステリーも続けつつ、ちょっとずつ幅を広げたいですね。知念さんの作品は、『仮面病棟』みたいなハードサスペンスもあり、ライトミステリーもあり、ジャンルが幅広い印象があるんですけど、意識してやってらっしゃるんですか?
知念: 意識はしてます。本に限らず映画とか漫画とかアニメとか、あらゆる分野に通じる面白い話を書きたいって思っていて。『仮面病棟』は完全に『SAW』とかの二時間映画ですよね。殺人鬼によって一つの部屋に閉じ込められた人の話が繋がっていく、そんなイメージを持ちつつ、舞台はせっかくだから自分の知ってる病院にしようと思って書きました。
岡崎: この前お話しした時も、物語を面白く転がすことを重視していると……。
知念: できる限り無駄な表現は減らして。読者をスーッと引き込むことを考えてます。
岡崎: 知念さんはシンプルな文体でぐんぐん読ませてくれます。
知念: 最初は二、三割文字量を多く書いて、改稿するごとに減らしていくんです。僕は純文学も読むんですが、書けません(笑)。独特な感覚がある人じゃないと書けないし、表現を豊かにすると時間がかかりますし。比喩とか考えるとそれだけに時間とられちゃって、僕には書けない。一日二十枚書かないといけないですから。
岡崎: 一日二十枚は、毎日コンスタントに書くとかなり大変ですよね。
知念: 仕事なので、慣れましたが……。朝九時に図書館行って三時まで書いて、ちょっと休んで……。執筆方法も人によっていろいろですが、岡崎さんは縦書き横書き、どっちですか?
岡崎: プロットは横書きですね。
知念: 僕は本文も常に横書きなんです。最後に一気に縦書きにするんですが、すごいと思うのは、ガラケーで小説書いてる人。一回のメールで八千字ずつどんどん書くんだそうです。
岡崎: ウェブ小説が出始めてから端末で書く人が増えたみたいですね。作家にはそれぞれ自分のやり方があるから、人の書き方を真似しろって言われてもできない。手書き原稿も大御所作家さんに多いですが、僕には絶対無理ですもん。
知念: 思い浮かばないところはあとから挿入する、とかできないのはつらいですよね。
岡崎: コピペとかもできないですもんね。
知念: 実は僕、ブラインドタッチができないんです。右手は人差し指と中指だけで打ってるんですよ。いつか腱鞘炎(けんしょうえん)になって書けなくなったらどうしよう。
岡崎: 小説家は命を削ってやる仕事ですからね(笑)。腱を削りながら。
知念: 内臓も削りながら(笑)。
ミステリーの未来へ
知念: 一緒に飲んでいる作家仲間はライトミステリーの方が多いですよね。今は人気のジャンルですけど、今後どうなっていくか考えると怖いです。
岡崎: ほぼ盛り上がりのピークに来たかなとは思いますね。
知念: 集英社オレンジ、朝日エアロ、新潮nexと各社さまざまなレーベルが出ましたが、現時点では講談社タイガが最新でしょうか。
岡崎: 作家としてはいろんな執筆場所があることは心強いですね。
知念: ミステリー風の装いでも、実際はキャラ文芸の色が非常に濃いものも増えてますね。ミステリーをあまり読んだことがない方が書いているのかも。
岡崎: 「ミステリーっぽいもの」って、門戸が広いですからね。僕も知念さんも本格を意識して書いているという点では、ライトミステリーのなかでもちょっと毛色が違うかもしれません。
知念: ミステリーがいつかジャンルとして衰退するんじゃないかという懸念は常にあります。完全に消えはしないだろうけど。
岡崎: 小中学生の方から「今まで小説を読んだことがなかったけど、これは読みました」って声をもらうと、読書の入り口になるという意味ではライトミステリーってすごく重要なんじゃないかと思いました。
知念: それで楽しんでくれるなら嬉しいですよね。
岡崎: 結局は読者さんに本を読んでもらえるようにならないといけない。僕たち若手でこれから読者の数を増やしていけたらいいなって思います。「作家飲み」をやると、結構、まじめな話をしますよね。
知念: ね。バカな話も多いですけど。
岡崎: 最近は、本格ミステリーの系譜で活躍される若手作家も増えてきました。
知念: また本格ブームを作っていけたらいいよね。
岡崎: ライトミステリーがブームになったってことは、そこからもう一段階ディープなミステリーを求める読者が現れることもあるかもしれない。
知念: 新本格ミステリーっていうのは、登場人物を記号化しました。キャラクターを消したうえで、ゲーム感覚で犯人を当てるっていうのが潮流だった。今はキャラクター文芸としても、本格ミステリーとしても読ませる、っていうさらに一歩先が見えてきていてすごくいい状況だと思っています。小説のジャンルとして、一つ成長を遂げるんじゃないかっていうね。
岡崎: ミステリーとしても面白く、小説としても読み応えがあるものが理想ですかね。
知念: そういう作品が今後残るのかな。そのためにはミステリーの魅力を頑張って引き出さないといけないですね。
岡崎: 頑張るしかないですよね。
知念: 僕は二作目を出して売れなかったとき、もう終わったかなって思った。それでも生き残るためにはひたすらいい作品を、面白い話を書くしかないんですよね。
岡崎: デビューしても変わらないですね。「いつか小説のプロになる」と信じて書いていくだけ。
知念: 今後もしっかり頑張っていくんで、みなさん本を買ってください(笑)。
岡崎: よろしくお願いします!
(2016年5月10日 三省堂書店池袋本店にて)
*本記事は月刊ジェイ・ノベル2016年7月号掲載記事を転載したものです。
ちねん・みきと
1978年、沖縄県生まれ。東京慈恵会医科大学卒、日本内科学会認定医。2011年、『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞』を「レゾン・デートル」で受賞。12年、同作を『誰がための刃』と改題し、デビュー。『仮面病棟』が2015年啓文堂書店文庫大賞を受賞、40万部突破のベストセラーに。「天久鷹央の推理カルテ」シリーズも人気を博し、累計20万部を突破。
おかざき・たくま
1986年生まれ。京都大学法学部卒。2012年、『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉として『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』(宝島社文庫)でデビュー。同作で13年、第1回京都本大賞受賞。同シリーズは第4弾まで刊行され、160万部超えのベストセラーとなる。ほか単行本著作に『季節はうつる、メリーゴーランドのように』がある。