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7月の新刊『水族館ガール3』刊行に寄せて
今一度、原点へ 木宮条太郎

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ジャンルによって程度差はあるのですが、小説執筆において取材という作業は、かなりの比重を占めています。

この点に関しては、実に、便利な世の中になりました。

まずはネットで調査。すぐに一通りの資料が見つかります。詳細を調べたい時でも、専門文献がどこにあるのか簡単に分かります。「現場の声」のような情報も、今では毎日のように、全国各地の水族館現場から発信されています。初期調査に要する手間と時間は十分の一程度になったのではないでしょうか。

しかし、どうにも拭えない違和感があるのです。情報量は増加し、情報源も多様化したにもかかわらず、内容は均質化してしまいました。簡単に言ってしまえば、皆が口をそろえて「かわいいよ。楽しいよ。来てね」なのです。

私の手元には昔の取材メモが大量に残っています。水族館に関する取材を開始したのは十数年前のこと。当時、ネットは今ほど普及していませんでした。家庭用ADSLが登場し、「常にネットにつながる」が宣伝文句となっていた頃です。むろん、スマートフォンなどありませんでした。

ですから、収集する資料は紙媒体が中心。大学の図書館で海外文献を取り寄せたり、水族館の広報誌からコツコツ拾ったり。更に「現場の声」とまでなると、もう直接、お話をお聞きするしかない。貴重な情報ですから、その一言一言を聞き漏らすまいと、メモしたものです。

長い年月を経て、お話をお聞きした方々の多くは、現役を退かれました。お聞きした事柄も、今や、目新しいものではなくなりました。ですが。

熱い。今でも言葉の一つ一つが深くて重いのです。

『水族館は大自然じゃねえんです。私ら、そのことを毎日、考えながらやっとります』

この言葉を聞いた時の衝撃は、今も覚えています。耳を疑いました。プライド滲む卑下というか、冷静なる自己客観視というか。それまでにも様々な業界を取材していましたが、どの方も自らの仕事については、誇らしげで、かつ、声高でした。私自身、そうです。前職では金融と会計に携わっていましたが、『金融は産業の血、会計は事業戦略の柱』と教えられ、また、後輩達にそう語ってきました。が、その後、金融は深刻な経済危機を引き起こし、会計は手の込んだ不正を生むに至ってしまった。真剣にやればやるほど周りが見えなくなる、それが『生業(なりわい)』というものです、本来ならば。

水族館は何かが違う ――そう思いました。そして、それが何なのか、どこから来るのか、知りたくてたまらなくなったのです。

メモには、その時、書き留めた言葉が残っています。

『水族館は夢の職場じゃねえんです。様々な矛盾を抱えとります。だからこそ、なぜ自分がこんなことをやっとるのか、それを常に意識せんとならんのです』

この夏、『水族館ガール』はドラマ化されました。原作とはかなり異なる内容ではありますが、このドラマ化によって、多くの方々が拙作を手に取って下さるようになりました。
「この本、楽しいよね。かわいいよね」

身に余るお言葉です。ですが、同時に思うのです。そもそも、なぜ自分は水族館の物語を書き始めたのだろうか。いったい、水族館の何を伝えたかったのだろうか ――こんな時だからこそ、原点に立ち戻るべきではないだろうか。

押入奥からメモ束を取り出しました。そして、それを手元に置きつつ執筆を進めました。今作『水族館ガール3』はシリーズ第三作に当たります。が、本当は、これが真の第一作なのかもしれません。「かわいい」だけではない水族館とは、いったい、どのようなものなのか。今、私は自分に言い聞かせています、あの熱い言葉を思い返しつつ。

今一度、原点へ。そして、もう一歩前へと。

※本エッセイは月刊ジェイ・ノベル2016年8月号掲載記事を転載したものです。

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