8月の新刊『桃太郎姫 もんなか紋三捕物帳』刊行に寄せて
平成の『銭形平次』になりたくて 井川香四郎
門前仲町の紋三が初登場したのは、「樽屋三四郎言上帳」シリーズ(文春文庫)の『おかげ横丁』です。江戸市中のあちこちに、十八人衆と呼ばれる〝門弟〟の岡っ引を配しながら、自らも推理をして事件の真実を暴き、犯人を追い詰めるという大親分です。
ある時、徳間書店の永田勝久さんから、「出版社を跨いで活躍する時代小説ヒーローができないか」と提案されました。すると、ありがたいことに、それまで幾つものシリーズを書かせて下さった双葉社、学研、廣済堂、そして新たに実業之日本社各社が、指に止まってくれました。やるならば、「本格的な捕物帳がよいのではないか。〝平成の銭形平次〟を目指しましょう」と双葉社の草野頼子さんに励まされました。そこで、紋三に本格的に登場して貰ったのです。
私もTV時代劇の「銭形平次」は何本か書いておりましたし、元々自分の「くらがり同心裁許帳」(光文社文庫)や「梟(ふくろう)与力吟味帳」(講談社文庫)はいわゆる捕物帳形式なので、推理の味わいのある時代小説をと改めて企画した次第です。残念ながら、学研と廣済堂は〝書き下ろし時代小説〟からは撤退しましたが、その代わり光文社や角川書店が賛同して下さいました。なので、〝もんなか紋三〟は複数の出版社から、読者に提供できることになりました。
そんな中で、実業之日本社の佐々木登さんは、「ジェイ・ノベル」に連載という好機を与えて下さいました。紋三が平次だとすれば、相棒・八五郎役は、〝桃太郎姫〟です。大名の姫として生まれながら、事情があって男の子として育てられた「リボンの騎士」のような〝若君〟です。でも、年頃の娘なので、町場に出るときは、美しい娘姿です。そこで、紋三と知り合い、生まれつき正義漢が強く、お節介焼きの〝桃太郎姫〟は、紋三と付かず離れずの関係の中で、不思議な事件を一緒に解決していきます。
かように、出版社によって、紋三の相棒が違います。徳間文庫版は必殺仕事人のような「桶師鬼三郎」、双葉社版は将軍留守居の「ちゃんちき奉行」、廣済堂(今後は光文社)はダメ浪人の「じゃこ天狗」というように、特異なキャラクターとタッグを組みます。作品の持ち味や雰囲気をバラエティに富ませることで、読者に飽きがこないように工夫できればいいなあと思っております。加えて、〝ぶつくさ洋三郎〟という本所方の情けない同心や様々な気質の十八人衆が、大江戸を所狭しと走り廻ります。まさに出版社を横断しての八面六臂の活躍をさせたいと願っています。
基本的には、アームチェア・ディテクティブを心がけているのですが、紋三の性格上、どうしても自ら出かけることも多くなります。時代小説の醍醐味である立ち廻りや人情味も必要なので、犯人との直接対決もありますが、十八人衆の持ち込む話だけで、細かい所に気づいて、推理を重ねて真相に迫ることを心がけていきたいです。そのためには、ホームズやポアロのように、ミステリアスな事件が起き、サスペンスフルな展開が繰り返され、意外な結末に至り、時代小説としての風格や品格があれば尚いい。本格的な捕物帳として味わい深いものになればいいなあと妄想しております。
新刊となる『桃太郎姫』はオキャンな娘が相棒であるため、ともすれば名推理よりも、先走る危うさが目立つかもしれません。ですが、小藩ながら徳川家一門の〝若君〟でもあるので、今後はその二面性を生かして、悪い奴や犯人を追い詰めていくという物語も生まれていくと思います。考えてみれば、「暴れん坊将軍」も「遠山の金さん」も裏表のキャラクターが冴えることで、溜飲が下がりますものね。
概ね徳間版はハードボイルド、双葉社版は武家モノ、光文社版はソフトな町人モノ、実業之日本社版は明るい変装モノを心がけております。明朗快活で〝かろみ〟のある作風を書いてきた筆者としては、昔、「琴姫七変化」(松山容子主演)という痛快娯楽TV時代劇があったのですが、「桃太郎姫」はそんなテイストのものになればいいなあと思っています。
幸運なことに、「もんなか紋三」によって、歴史時代作家クラブ賞・シリーズ賞を頂きました。読者に紋三を育てていただき、末永くお付き合い下されば幸いです。
※本エッセイは月刊ジェイ・ノベル2016年9月号掲載記事を転載したものです。