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「会って、話して、関わるうちに」
畑野智美『運転、見合わせ中』刊行記念インタビュー

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畑野智美『運転、見合わせ中』刊行記念インタビュー

エンタメ小説界で今もっとも熱い注目を集める新鋭・畑野智美が、
連作短編集『運転、見合わせ中』を刊行する。
五月のある日、東京。朝の通勤通学ラッシュの電車が突然、動かなくなった。
駅の前で諦め顔をする大学生、ホームの上でうたた寝するフリーター、
電車の中で立ちすくむデザイナーとOL……。
突然のアクシデントに見舞われた六人の若者のドラマを、
コミカルに、でもちゃんと切実に描き出す。
自己記録更新の最高傑作、誕生です。
取材・文/吉田大助 撮影/泉山美代子

運命が変わる瞬間って
その時には分からない

――電車が運休したために、予定が少し狂ってしまう。誰もが経験したことのあるシチュエーションに、こんなふうに素敵なドラマが潜んでいる可能性を、畑野さんはどうやって発見したんですか?

畑野:実は長編でやろうと思っていた別の話があったんですけど、ボツになりまして(笑)。すぐ別の話を考えますと宣言したものの、時間もないしどうしようかと思っていた時に、京葉線が事故で止まったというニュースをテレビで見たんです。乗客が電車を降りて線路を歩いている映像を見ながらふと、「この人たちは、どんなことを考えているのかなあ」と。私は小田急線ユーザーなんですけど、しょっちゅう止まるし、しょっちゅう遅れる。そういう時って、ツイッターとかで調べると「ふざけんなよ!」みたいな、まあ文句ばっかで。でも、それってたぶん電車の外からの意見がほとんどで、もし自分が本当に止まってしまった電車に乗っていたとしたら、いろいろ考えるじゃないですか。すっごいトイレ行きたいけどどうしよう、とか。……トイレのことが真っ先に思い浮かんだんですけど(笑)。そういういろいろな葛藤を、いろいろな年齢と肩書きの人を出して、連作でやるのは面白いんじゃないかなあと思ったんです。

――畑野さんは2010年度小説すばる新人賞受賞のデビュー作『国道沿いのファミレス』、続く『夏のバスプール』『海の見える街』と、最初の三作で恋愛をど真ん中に据えた作品を発表してきました。でも、この作品はちょっと雰囲気が違いますよね。

畑野:『海の見える街』までの三作は「恋愛を書こう」という気持ちが強くあったんですけど、そこまででひとつの区切りにしようかなと。本になった順番で言うと『南部芸能事務所』(お笑い事務所を舞台にした初のシリーズ連載。第二作『メリーランド』まで刊行済み)は、仕事のことがメインで、ちょっと恋愛の要素も入れるイメージで書きました。『運転、見合わせ中』については、恋愛のこと、家族のこと、仕事とか学校のことをどの話にもまんべんなく入れる。そのうえで、恋愛が大きめだったり、仕事の話が大きめだったりと、毎回バランスは変えるようにしました。結末に関していうと、それぞれの登場人物が「この先の一歩」に進んでいくようにしようかな、と。

――確かに各話のラストは、それぞれの人生がかすかに変化する瞬間を捉えています。

畑野:出来事の大きさって、その時は分からないと思うんです。のちのちになって、「あの時電車が止まったから、自分の運命は変わったのかな」と思うかもしれないけど、その時は気づいていない。運命ってたぶん、そういうものなんじゃないですかね。「何がきっかけで作家になりましたか?」と聞かれても、そんなに劇的なことってない。もしあったとしても、その時は気づかないまま通り過ぎちゃってるんだろうなと思うんですよ。その感じを書きたかったんです。

ちゃんと真面目に
適当じゃない恋愛をしてほしい

――第一話の主人公は、大学生三年生の町田君です。「久しぶりに一限目の授業に出ようと張り切ってみたら、電車が動いていなかった。(中略)『飛来物により運転を見合わせています』……飛来物ってなんだよ?」。駅前でうろうろしていたら、大学一年の春に知り合いずっと気になっていた、上原さんという女の子と偶然再会します。「飛来物ってちょっとワクワクするね。ワクワクしちゃいけないんだろうけど」。ふたりは注目するポイントがぴったり合っている! 恋の始まりを予感させます。小さなラッキーをゲットした町田君はその後、自分自身を見つめ直さざるを得ない恋愛沙汰に巻き込まれることになり……。この話は、恋愛要素強めですね?

畑野:そうですね。二日で考えて、五日で書かなきゃとかだったので、取材をせず一番早く書けそうな話にしました(笑)。もともと女の子を書くのがあまり得意じゃなくて、大学生の男の子だったらすぐ書けるって思ったんです。「絶対友達になれない!」「同じクラスにいたら絶対嫌い!」という男の子のことを思い出して書きましたね。

――そんなイメージだったんですか(笑)。

畑野:だって、町田君はしょっちゅう気持ちが変わるじゃないですか。彼女がいるにもかかわらず、上原さんのこともいいなって思ってる。「俺、これじゃダメだな」とか分かってるところがまたヤなやつですよ! いろんな人と付き合うのって経験だけど、そのために自分の純粋な気持ちを捨てちゃうのってすごくもったいないし、後々の人生に影響するんじゃないかなって思うんですよね。

――そんな町田君が、ちゃんとしよう、と決意する瞬間が書き込まれていますよね。「すごい好きな女」と付き合えるようになるために、ちゃんとしよう、と。恋愛とはなんぞやと真面目に考えちゃう感じが、この年頃の男の子っぽいなあと思いました。

畑野:大人になると、劇的な告白があって「すごい好き」同士で付き合うなんてことはまずありえないし、妥協で付き合ってしまうこともありますよね。そもそも片思いをしていられなくなるというか、片思いしててもしていないふりをする。私はもう30歳過ぎてるので、片思いなんて絶対口に出さないですよ。ほぼほぼうまくいってからじゃないと、「最近いいなって思ってる人いるんだよね~」とすら言えない……。でも、それってどうなのかなあと思うんですよ。小説の中では、ちゃんと真面目に、適当じゃない恋愛をしてください登場人物のみなさん!と。恋愛の話を書く時は、いつもそう思っているんです。

畑野文学の真髄は
第二話の「無駄」

――第二話は、たこ焼き屋さんで働く20代後半のフリーター女子・永山さんが主人公です。今月三回遅刻したらクビと言われてるのに、半月で既に二回遅刻している。リーチです。遅刻確定状態で駅に着いたところ、電車が遅延していた。言い訳ができてラッキー……という幕開けから、意外な展開が相次ぎます。畑野文学ならではの、何が起こるか分からない感が満載の一編でした。

畑野:永山は、今まで書いてきた中で一番、自分に近いキャラクターです。あ、部屋はきれいですよ私!

――でも、こんな怠惰な感じではあるんですか(笑)。

畑野:思いっきり自分を重ねて書いてますね。真面目な話をしなきゃいけない時に、ボケて逃げようとするみたいなところとか、そのまんまです。「残念な人」というキャラでいたほうが、人生ラクはラクじゃないですか。ラクするのがいいことなのかどうかは分からないんですけど。

――結局ベンチで二度寝してしまい、店からの連絡もばんばん入って来たから、一刻も早く出勤しなければいけない。なのに、次のシーンで彼女は何故か海にいます。海での出会いと会話劇は、驚愕のひと言です! 人物が自在に動き回っている感じが、畑野作品だなあと思うんですよ。何が起こるか分からなすぎる。

畑野:海のシーンは、お話を進めるうえでまったく必要ないんですよね。フィギュアスケートの荒川静香選手が、必要ないのにイナバウアーをやったようなもの。競技のことを考えると、あれってまったく無駄な動きなんですよね。あんだけ背中を反らせても、得点にはならないんですから。

――素晴らしいたとえだと思います(笑)。

畑野:「およげ!たいやきくん」のくだりとかもまったく無意味なんですけど、これ以上面白いやりとりは書けないな私って、いまだに思ってます(笑)。二話目は全体的に、無駄が多い。というかこの本は全体的に、無駄を多くしようと思っていました。小説って、全部に意味がなきゃいけないって思われることが多いんですよね。ちゃんと伏線があってどことどこが昔がるとか、この人があの人を好きになるには理由があって……とか。

――「伏線が回収されてない」「動機が説明されていない」って、よくよく考えるとなんだかよく分からない異議申し立てですよね。だって現実はそうじゃないのに。もっと自由で、無意味に満ちているのに。

畑野:そうですよ。そんなに意味のあることが読みたいんだったら、自己啓発書を読んでおけばいい! 私、全然意味のないことばっか書いてますもん。意味がなくても、笑えればそれでいいんじゃないかって思うんです。楽しければそれでいいんです。最高なんです。

ひとりで勝手に考えても
妄想か、悪い結論しか出ない

――三話目ではデザイナーの青年・高畑が、大手事務所の面接に向かう途中で、遅延に巻き込まれます。電車の中のシチュエーションが、ここで初めて書かれることになりましたね。彼は仕事のことで悩んでいます。そして、トイレに悩んでます(笑)。

畑野:電車に閉じ込められた時に我慢するのがつらいのは、「小」なのか「大」なのか、真剣に考察してみました。どんな大変な事件が起きた時も、デート中でも、人はトイレに行きたくなるものじゃないですか。なのに、だいたいの小説の登場人物はトイレに行かない。それってどうなのかなーと思っていたからなのかなんなのか、私の書く小説の子たちはトイレに行きすぎだなってこの前判明したので、今後は減らします(笑)。

――第四話のOLさんの話も面白いですよね。第二話の女の子は「遅延してラッキー、正々堂々遅刻ができる」って感じだったのが、こちらはまるで違う。なぜかというと、普段通勤に使っている路線ではないからです。というのも……。

畑野:立川さんみたいな女の子って、結構多いと思うんですよ。私、ある会社で働いていた時、バイトの友達がしょっちゅう昨日と同じ服で来るんです。彼氏が変わるたびに服装も変わるので、「新しい彼氏できたでしょ?」って先輩に聞かれ、「いや~」みたいに答えていて。私はそれを正面の机でずっと見ながら、「頼むから、せめて着替えてこい!」と思ってました(笑)。

――恋にふらふらしてるという意味では、第一話の町田君とも似ていますよね。

畑野:でも、女子はこれくらい柔軟でいいと思います。男子も別に、それぞれに真剣であれば柔軟であっていいんじゃないですか。町田君はそもそも「好き」に真剣味が足りない。相手が来たら付き合っちゃう感じだけど、立川さんは自分からいく人なので、ぜんぜん好印象です。もしかしたらこの女の子が、いろんな男の子を好きになることに脈絡がないと感じる人はいるかもしれない。でも、人を好きになる時に脈絡なんてないと思うんです。「好きになった人がタイプです」って、そういうことですよね?

――そして第五話と最終六話で、仕掛けが発動します。この二話を読んで改めて痛感したのは、畑野さんの作品の中で何が起きてるかっていうと、人と人が出会ってるんですよね。

畑野:そうですね。登場人物には、なるべくいろんな人と関わってほしいということは思っています。第五話の男の子は、何もうまくいってないというか、自分の人生には何もないと思ってる。最終話の女の子は、恋愛も仕事もうまくいってるけど、それでもやっぱ悩むことってある。うまくいっても、うまくいかなくても、みんな悩んじゃうものだと思うんですけど、それをなんとなくでもいい方向に変化させてくれるのは、人と会って話をすることなのかなと思うんですよ。

――そういえば畑野さんの作品の登場人物は、いっぱいおしゃべりをしていますね。

畑野:一人で考えても、悪い結論か、どうしようもない妄想に辿り着くしかないと思う。「俺はAKBと付き合えるんじゃないか?」みたいな。実際に街に出れば「……それは無理だな」と一瞬で分かるし、そこからちゃんと始まるものがあると思うんですよ。いろんな人と会って、話して、関わるうちに、自分というのものは変わっていくと思うんです。

――この小説を読むことでも、読者の内側にかすかな変化が起こるような気がします。

畑野:ひとこと言っちゃっていいですか。これが最高傑作です! 私史上ナンバーワンは『海の見える街』だったんですけど、超えたなと私の中で思ってます。「これ、売れちゃうんじゃないかな!?」と……。まぁ私の場合、毎回「売れちゃうかもしれない」と思ってるんですけどね(笑)。

畑野智美(はたの・ともみ)

畑野智美(はたの・ともみ)
1979年東京都生まれ。2010年『国道沿いのファミレス』で第23回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2012年刊行の3作目『海の見える街』、4作目の『南部芸能事務所』がそれぞれ吉川英治文学新人賞の候補となる。その他の著書に『夏のバスプール』『メリーランド』。現在多くの小説誌に連載を抱え、意欲的に執筆を続けているエンタメ文芸界期待の若手作家。

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