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1月の新刊『Tの衝撃』刊行に寄せて
『Tの衝撃』で描く今愚直に悪と対峙する勇気 安生 正

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初めまして、安生正です。

私の最新作『Tの衝撃』は、「真実を見せると言う連中を簡単に信用するな。真実と呼ばれるものが、ただの塵(ちり)と灰でしかないときもある」と主人公が自戒する諜報の世界を舞台にしました。

作品の背景は、今、我々の周りに広がっている混沌です。

シリアの政情不安に端を発し、聖戦という名の横暴を繰り返すイスラム国が登場したことで、混迷の度合いを深める中東情勢。そんな中東からの難民問題が引き金となったユーロの不安定化。日本の周辺では、北朝鮮の核兵器開発、南沙(なんさ)諸島と尖閣(せんかく)諸島の領有権問題と枚挙にいとまがありません。

私が若かった頃も、学生運動やベトナム戦争など、様々な不安定要素はありました。それでも、総じて世界は正しい方向に向かっているという安心感がどこかにあったものです。

ところが、子供じみた屁理屈で殺し合いが行われている今の禍乱は、陰湿で、狂信的で、出口が見えません。経済格差による貧困問題から生まれた民衆の不満が、混沌の根底に横たわっています。

失業問題と難民問題に苦しむユーロ諸国で懸念されるのは、仕事を奪われた側にも、まともな仕事に就けない移民側にも不満が蓄積していくことです。

二十年ほど前、世界はグローバル化こそが、経済の活性化と世界平和への道だと説きました。ユーロもTPPの発想もその流れの中で生まれました。ところが、今になって思えばそれは安い労働力を世界中から都合良く調達するための口実だったのかもしれません。

その結果、アメリカやユーロでは、職を奪われた中間階級の人々が溢れ、彼らの怒りと不満がトランプ政権を誕生させ、台頭する極右勢力の支持層となっています。グローバル化なる錦の御旗の下、『統一』と『自由化』が真の利益をもたらすという考え方など幻想だ、と人々が思い始めたのです。

溜まりに溜まった人々の不満は、バケツのガソリンにマッチを投げ込むように、一気に燃え上がります。

憎悪の炎を燃え上がらせるのはポピュリズムです。

貧困に喘ぎ、政治不信を抱いた人々にポピュリストは、「あいつらのせいで俺たちは苦しんでいる。怒れ、ぶちこわせ、そうすればきっと俺たちの時代がやってくる」と囁きます。

第一次世界大戦後にも同じ状況がありました。

「戦争は勝者を愚かにし、敗者を邪悪にする」という言葉どおり、一九三○年代のドイツには、ナチスの台頭を許す空気が充満しました。戦勝国であるイギリスやアメリカなどは、それを止められませんでした。

『Tの衝撃』はそれに似た時代背景のもと、謀略を企む側の悪意と、それを阻止しようとする勇気との対決、そして陰謀に巻き込まれた人々の葛藤がテーマとなっています。

二人の主人公を登場させました。

孤高の自衛官は国を救うために戦います。もう一人の主人公である准教授は愛する人を失い、「私は人を不幸にする……、本気でそう思っていた」と自らの過去に負い目を感じながらも懸命に生きようとします。

自衛官の友人である警察庁の外事課長が、作中でこんなことを言います。

「世の中には五種類の人間がいる。非の打ち所がない人間が一割、まあまあの人間が二割。反対に、救いようのない人間が一割、いま一つの人間が二割。残りの四割は凡人だ。世の中がどうあるべきとか、自分の責任がどうとか考えるのは、せいぜい上の三割の連中だ。残りの連中は、禄を食(は)めればそれで良いのだ。なんだかんだと理由をつけて面倒を嫌い、人にぶん投げて、しめしめと舌を出す。彼らの物差しは組織の目的や意味ではなく、上の評価だ。彼らは平気で仲間をチクリ、自分たちに都合の良い?をつく」

陰謀を企むのも、無関心を装うのも人なら、それに立ち向かうのも人なのです。愚直に、懸命に悪と対峙する主人公たちが、巨大な闇を少しずつ押し戻して行きます。

事件の結末は、そして真の男の友情とは。

今回も、冒頭からアクセル全開のストーリーにしたつもりです。

私の自信作、『Tの衝撃』を一人でも多くの方に手にとって頂き、安生の世界に浸って頂ければ幸いです。

※本エッセイは月刊ジェイ・ノベル2017年2月号掲載記事を転載したものです。

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