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6月の新刊 三浦しをん『ぐるぐる♡博物館』先行発売記念トークショー
妄想は自由だ!―SM&BL対談―

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三浦しをん

2017年6月9日夜、東京・渋谷 SHIBUYA TSUTAYA7Fの「WIRED TOKYO 1999」で開かれたトークショーで、実業之日本社創業120周年記念作品『ぐるぐる♡博物館』を上梓した三浦しをんさんと「風俗資料館」館長の中原るつさんが対談した。「風俗資料館」の蔵書の一部が紹介され、詰めかけたファンと盛りあがるひとときとなった。構成/青木千恵

楽しく自由なフェティッシュの世界

三浦:どうもこんばんは。三浦しをんです。

中原:風俗資料館の中原と申します。風俗資料館はSM・フェティシズム専門の小さな私設の図書館なんですけれども、『ぐるぐる♡博物館』の取材の縁でこちらに参加させていただいております。本では、とてもうれしい、会員さんみんなが笑顔になるような楽しい探訪記を書いてくださいました。

――本書は10章立てになっておりまして、三浦さんが心の赴くままに全国の博物館を訪問されたルポ・エッセイです。風俗資料館は8館目に訪問された場所ですね。

三浦:そうですね。会員制のSM・フェティシズム専門図書館ということで、ちょっとしり込みしていたんですけれど、実際に行ってみたら本当にねえ、天国ですよ(笑)。SMという単語でひとくくりにできないような多様な世界が個々の心の中で繰り広げられていることが伝わってきて、楽しくて自由な世界だなと感動しました。私家版の、会員さんが個人でいろいろお作りになっているスクラップブックなども収蔵なさっているんですよね。

中原:資料館ができた1980年代はSM雑誌が月に数十冊も発行されていた黄金期なんですけれど、当時の新刊の献本と、あとは個人の寄贈も多数あります。

三浦:なるほど、じゃあ今日は私家版、出版物ではないものを中心に拝見させていただこうかと思います。さて、これは『女の売り立て市』というタイトル。門外不出なんですけれどお持ちくださいました。

中原:戦前から戦後にかけて、臼井静洋という画家と、1人のお金持ちのパトロン、その人の趣味のために2人だけで楽しんで描いたような絵でして、1冊につき30枚ぐらい入っているファイルが何百冊もあります。

三浦:どんだけ妄想があふれちゃったんでしょうね(笑)

中原:この2人の出会いは凄いと思いますね。絵物語というか、紙芝居風になっています。うちの会員さんで大ファンの人が勝手につけた文章がありますので(笑)、かいつまんでご紹介します。“雨上がりの宵、家路へ急いでいた町娘に、橋の上でどこからともなくやって来た紫頭巾の誘拐魔が、隙を狙って投げ縄を振り出した。娘は手早く縛り上げられ猿ぐつわをかまされると、物陰に用意されていたかごに押し込められてしまった。手慣れた早業はアッという間の出来事であった。”

三浦:これ、あっという間と言うんですけれど、誘拐されるまでに4枚も費やしていますね(笑)

女の売り立て市

「女の売り立て市」より。すべて絹地に描かれた原画だ

中原:いま娘が1人捕えられて、次は母と娘が捕えられるシーン。武家の娘が捕えられるシーンが続きます。その娘たちが謎の屋敷に連れて来られて、首領の前で検分されます。売り立て市に出す商品を、さらった女の子たちで作っていくんですね。

三浦:すべて、この絵を描かせたパトロンの人の妄想です(笑)

中原:いよいよ売り立て市が始まりますということで、お客さんたちがやって来ます。看板が出てますね、これが年増。1人300両、悲しいかな安めです。

三浦:なんてこった。

中原:このあといろいろ、若妻のご新造さんとかがでてきて、もう少し高めです。で、生娘。1000両です。

三浦:年増の3倍以上か……。売り立て市のお客さんたちの表情もいいですね。

中原:そうですね。いろんな人が売られていって、やがておかしなことになるんですよね。捕り手がいきなり乱入してきて、紫頭巾が戦うんですけれど、頭巾をはいだら女であったと。そして切腹して果てた。

三浦:怒濤すぎる展開で、わけが分かりません(笑)。よくこんな話を思いつきましたよね。紫頭巾の前世にはいろんなことがあったんだろうなと、想像させる展開です。萌えに駆られて、誰にも見せない同人誌を作りまくったということですよね。

中原:よく散逸しないでこちらにたどり着いてくれたなと思います。誰かに見つかったら捨てられちゃうものだと思うので。

この世に1冊しかない私家版が時空を超えて

三浦:ほかに、個人で作ったスクラップブックが並んでいるコーナーがあります。こういう個人のスクラップはこの世に1冊しかないんですよね。だから大事に見ていただくという形なんですね。

中原:それは本当に。うちができて30年以上経ちます。ここだったら誰かわかってくれる人が大切に見てくれるかもと言って持ってきてくれたものを、今もやっぱり誰かが大切に見てくれるんですよね。出会わない2人だけれど。

三浦:会員さん同士が、時空を超えて結びつきあう。じゃあ、今度はスクラップブックをご覧いただきますかね。「A氏コレクション」と銘打たれた手作りのスクラップ帳です。

中原:うちに来た初めての個人のものだったからA氏で、そのあとHまであるんですけれど(笑)。個人スクラップの中でもかなり古いものです。SM雑誌がないような頃に囚われた女性が好きだ好きだと思っている人が、歴史小説や探偵小説の挿絵に出てきた女性の絵をこまめに集めたものです。出典は戦前の刊行物のようです。

三浦:挿絵の切り方とか貼り方にも美学を感じますよね。しかもA氏は「猿ぐつわ萌え」だったみたいで、猿ぐつわがない絵にはご自分で丁寧に描き足しておられます(笑)

中原:地方の新聞までチェックされていたようです。新聞小説には、実話ものの事件簿だったり、ミステリーの短編は多いですよね。助けてーと言って誰か助けに来る、その前に捕らわれてないといけないので。

三浦:この貼り方とか凄いです。スクラップ帳の最後のページに、船の中で縛られた女の人がちょこんと。

A氏コレクション

「A氏コレクション」の最終ページ

中原:船の中の女の人なんて小さいのに、縛られている女の人なら何が何でも(笑)。どこに連れて行かれるのかと夢を感じるレイアウトだと思います。

三浦:to be continued的な(笑)。こういうお宝がたくさんあるわけですけれど。

中原:三浦さんのピックアップなので、これをこういう場で選ばれるというのは(笑)。なんてマニアックなと、私も好きなものばかりで嬉しいです。

三浦:私家版のものは、この世にひとつしかないじゃないですか。作った人たちの思いが込められていて、しかもなんか楽しそうなんですよね。うきうきして作ったんだろうなというのが画面から感じられて、何物にも代えがたいお宝だなあと思うんです。あと風俗資料館で見せていただいた中でいいなと思った雑誌が「ニャン2倶楽部」なんですよ。写真投稿雑誌なんですけど風景とかじゃないんです。それで察してください(笑)

中原:投稿する人にとって夢の雑誌なんですよね。

三浦:隠し撮りじゃなくて、合意のもとに自主的に投稿してくる写真が載っていて、編集部の方がつけたキャプションもノリノリなんです。熱意に心打たれたので本に詳しく書いて、その章では「ニャン2倶楽部」をリスペクトしたキャプションを私もつけてみました(笑)。2015年に惜しくも廃刊になったようだと本に書いたんですが、さっき中原さんに伺ったら、にゃんと復刊していたんです!

中原:移籍先を見つけて、編集部全員で。1回つぶれて、なくしてたまるかと紙の本を復刊するって、あまり聞かないですよね。そういう不屈の精神の作り手がいたりします。

同好の士が距離感を保って集う図書館

三浦:貴重な資料がたくさんの、愛あふれる風俗資料館なんですけれど、新規で会員になる方は多いんですか。

中原:誰でもどうぞって垣根を低くするのは簡単ですが、自分の好きなものを静かに閲覧する図書館なので、ある程度の垣根を守ろうとしているところがあります。やっぱり紙で、自分ひとりで本を見て妄想に浸る時間が好きという人は今もいるんだなと思います。

三浦:わかるような気がします。私はBL、ボーイズラブってジャンルが凄く好きなんですけれど、同好の士の間での秘め事と言うか、楽しみだし、同好の士であっても好みとかが違うので、一律でこういうのが好きとまとめることはできない。なおかつ私の場合は、ひたすら紙のコミックスや小説を集めて、1人で読んでますね。置き場所に困って、少女漫画などは電子書籍を最近導入したんですが、BLだけは紙の本で欲しいんですよ。

中原:自分のものを手に入れたという感じがしていいんですよね。紙の本は質感があって、文字の羅列なのに刺激して興奮させるのは凄いと思うんです。文字なのに。

三浦:ですよね。文字の方が。小説がいちばんエロい。

中原:ショーを見たりプレイをしたり、いろんな活動をしている会員の方でも、実は文字派ですとか仰るんですよね。自分のリズム、呼吸にあうんだ、本で味わう快楽は別なんだと。SМにもいろんな表現があると思うんですけれど、うちは図書館で、紙の本に触れて楽しむ場所です。いまの時代にひとりで浸る時間を大切にしたい人は絶対にいると思うので、運営の心配はしていないですね。ずっと通ってくださっている会員の方の中には高齢の方も多いんですけれど、皆さん本当にお元気で、妄想に年齢は関係ないんだなと思っています。

三浦:風俗資料館で思う存分、みなさん、いろんなご自分の世界に浸っておられるわけですから、それはもう充実した人生ですよ。

中原:そうですね。亡くなる5日前に来られていた方もいました。

三浦:私も死ぬ瞬間までBLを読みたいですもん。風俗資料館があったらコレクションが散逸しなくて済むわけですしね。

――そろそろ残り時間が……会場の方から質問がありますか?

会場:楽しいお話をありがとうございます。三浦さんがBLをお好きになった、最初のきっかけはなんでしょうか。

三浦:きっかけですか……。明確にはない気がしますね。物心ついたときから仲のいい男性同士を見るのが大好きだったんです(笑)。子供の頃、BLという言葉はなかったですから。

中原:取材できっかけは何ですかと尋ねられることは多いんですけれど、ああ、マニア心がわかってもらえないと(笑)

三浦:何がきっかけだったのか、自分でもなかなかわからないですね。

中原:明確なきっかけや理由を答えられないのがマニアではないかと思っています。言葉で意識する前から育まれてしまった執着なので。私は例えば「悲しいお話」が好きな子供でした。『安寿と厨子王』で泣くんだけれど、その衝撃が忘れられなくてしつこくこだわる。

三浦:『安寿と厨子王』はなにかありますよね。あの話はなにかある。

中原:泣いて、このお話はこわいからもう嫌だというならわかるんですけれど、次の日になると、泣かないからもう一回読んでくれとせがむ(笑)

三浦:子供ながらに、リクエスト(笑)

中原:で、翌日も盛大に泣いていたようです。これは決して「きっかけ」ではないけれど、「なぜ好きか」って聞かれたら、私の場合は、子供の頃の記憶から、こんな思い出をたどるのが精一杯ですね。

――中原るつさん、三浦しをんさん、どうもありがとうございました。

 SHIBUYA TSUTAYA「WIRED TOKYO 1999」

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