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『橋ものがたり 愛蔵版』刊行記念 杉田成道監督インタビュー
ヒーローがいない。ドラマチックじゃない。それでも藤沢文学が愛される理由

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杉田監督

2017年、没後20年、生誕90年を迎えた藤沢周平。
これを記念して、氏の市井物の代表作『橋ものがたり』の愛蔵版が小社から好評発売中です。そしてこの秋、スカパー!と時代劇専門チャンネルによる〈藤沢周平 新ドラマシリーズ〉の第二弾として、『橋ものがたり』収録の3作品が、豪華キャストでドラマ化されることになりました。

ドラマ第1弾「小さな橋で」(9月18日BSスカパー!にて初放送)で監督を務めたのは、国民的ドラマ「北の国から」の演出で知られ、時代劇専門チャンネル(日本映画放送㈱)の社長でもある杉田成道氏。藤沢文学の魅力を熱く語っていただきました。
(構成/編集部)

――藤沢作品が時代劇専門チャンネルでドラマ化されることとなった経緯から教えてください。

杉田:時代劇専門チャンネルでは、2011年からスカパー!の協力を得てオリジナル時代劇を手掛けています。池波正太郎の短篇を基にした「鬼平外伝」シリーズがキラーコンテンツとなり好評をいただきました。放送が一段落し、新たなシリーズを立ち上げるとなったときに、まず名前が挙がったのが藤沢さんでした。
番組の視聴者層と重なって50から60代以上のファンが多い。さらに女性読者が多いということも藤沢作品を選んだ理由です。
2015年から「藤沢周平 新ドラマシリーズ」と銘打って、「果し合い」「遅いしあわせ」「冬の日」の短篇3作品と、BSフジの協力を得た「三屋清左衛門残日録」を放送しましたが、全作品、大好評でした。
また、手前味噌にはなりますが、私が監督し、仲代達矢さんが主演した「果し合い」が、国際的なメディアコンクール「ニューヨーク・フェスティバル」ドラマスペシャル部門最高賞の金賞を受賞し、作品的にも高い評価をいただきました。

――今回は『橋ものがたり』という一冊の短篇集から3作品を映像化することになりました。

「藤沢周平新ドラマシリーズ第二弾 新作ラインアップ発表会

「藤沢周平新ドラマシリーズ第二弾 新作ラインアップ発表会」より。
左から監督の杉田監督、松雪泰子さん、田中奏生君(手前)、江口洋介さん、藤野涼子さん

杉田:『橋ものがたり』はご遺族が大変大切にしている作品で、「小ぬか雨」が1980年に吉永小百合さん、三浦友和さん主演で放送して以来ドラマ化されていません。ですので、「小ぬか雨」はそれ以来、ほか2作品は初のドラマ化になります。
シリーズ第1弾が好評ということもあり、今回は満を持して、ドラマ化させていただくことになりました。
『橋ものがたり』は名作として評価も高いので、ドラマ化されるとなると、見るほうも構え方があり、期待感があると思います。そんなこともあって、大変プレッシャーも感じますが、それだけにやりがいもあります。

――今回、監督は十篇の中でも異色の「小さな橋で」を選ばれました。

杉田:私自身は「最後の忠臣蔵」(2010年)で時代劇映画をはじめて手がけました。そしてテレビドラマですが、前回の「果し合い」が2作目、今回の「小さな橋で」が3作目となります。
「果し合い」の監督をやってみて、藤沢作品と自分の演出スタイルは、「タッチが合う」と感じていました。
今回「『橋ものがたり』の中からどれか一本」とプロデューサーから要請を受け本を読みました。そして、唯一子供が主人公の「小さな橋で」でやってみたいと思いました。なにしろ、「北の国から」以来、子供一筋三十年でやってきましたので、時代劇版「北の国から」でいこうと(笑)。

「小さな橋で」

「小さな橋で」©時代劇専門チャンネル/スカパー!/松竹

――時代劇版「北の国から」はわかりやすいキャッチフレーズですね。演出にはどのようなことを心がけられたでしょうか?

杉田:子供が主人公のドラマだと躍動感が必要なので、息子の広次を演じた田中奏生(かなう)君は毎日毎日走っていましたね。あまり走らせるので、下駄がすり減ってしまって、真っ二つに割れて撮影が止まってしまったり。これじゃ「橋ものがたり」でなくて「走るものがたり」だと(笑)。
また、作品のラストで「おれ、およしとできた」という広次の独白があります。私自身、小説で一番印象に残った場面ですが、その場では声に出せない場面なのです。となると、心の声、つまりナレーションを軸にするというアイディアが最初から出てきました。つまり、「北の国から」で、吉岡秀隆演じる純がナレーションした手法を、ここでも取り入れようと考えたんです。
ただ、この場面を笑えるだけでなく甘酸っぱい印象が残るように演出するのは至難の業で、それなりの技術がいります。すごく難しい作品を選んだものだと(笑)。
もちろん、全体的には原作を大事にするのですが、あえて「北の国から」に近づけた部分はあります。今の人にも身近に感じてもらえるように時代劇の約束事、フォームをあえてはずすことも意識しました。そうでないと映像化は無理ではないかとも感じましたし。

――この作品も「北の国から」と同じく、家族が大きなテーマになっていますね。

杉田:「北の国から」はいしだあゆみさん演じる母親が戻ってこない「母恋し」、「小さな橋で」は江口洋介さん演じる父親が戻ってこない「父恋し」が物語の軸になっています。
両親役の松雪泰子さん、江口洋介さんは今シリーズ初登場でしたが、お二人とも、実生活でお子さんをお持ちであることが演技に生かされているのではないかと思います。「自分の子がこの子ぐらいの年頃はこうだった」というふうに自分の思いを作っているので、とてもリアリティがありました。ちなみに松雪さんはお父様が藤沢周平の大ファンだということで、親孝行にもなったのではないかと。

「小さな橋で」

「小さな橋で」©時代劇専門チャンネル/スカパー!/松竹

――没後20年にして、映像化が相次ぐ藤沢周平作品ですが、これだけ長く支持される魅力は何でしょうか?

杉田:藤沢作品は、武家物にしても市井物にしてもスーパーヒーローはいませんが、登場人物のキャラクターは立っています。
主人公には必ず人間として欠点があり、それが事件とは別の葛藤のドラマになる。つまり、事件主体ではなく人間主体の小説なんです。
倉本聰さんも「人物を書くときには、必ず欠点からやるんだよ」と語っていたのと同じです。それが読者には身近に感じられるのと、キャラクターの色合いがそれぞれに違っています。これは藤沢さんの人物の創造力です。
もうひとつの魅力としては溢れんばかりの自然描写ですね。季節感やその土地の匂い、空気の色合い、草の匂い、日の感じ、そういう自然の肌触りが実に細かく書かれている。その自然に人間が降り立つと、不思議にマッチする。私が「小さな橋で」を選んだのも、横丁の話の裏側に大自然を感じたからです。

――「北の国から」でも北海道の美しい自然の映像が大きな特徴になっていましたね。

杉田:そこは「小さな橋で」でも意識したところです。やたら夕陽を出したりして(笑)。
藤沢さんは文学の師匠を持たない人だったようです。だから独自に考案されたのでしょうが、ご自身が闘病生活を送られたり、奥さんを若いうちに亡くしたりという体験が大きかったのではないかと思います。
今日も生きててよかったとか、風の匂いはこうだったとか……通常仕事をしていたら感じないような感性が育まれたのでしょうね。ぼくも田舎で育ったけど、そんなことは感じませんでした。
その自然描写が作品の全体を慈愛で満たしている。藤沢作品を読むと包まれている感じがして、安心してストーリーに入れます。

「小さな橋で」

「小さな橋で」©時代劇専門チャンネル/スカパー!/松竹

――逆に藤沢作品を映像化するときの難しさはどういう点でしょうか?

杉田:藤沢作品は物語、ストーリーだけを映像で追いかけるだけでは、表現しきれないところがあります。つまり、原作をそのままなぞるとエッセンスだけになってしまう。これだけ藤沢作品が映像化されても、時おり違和感を感じることがある。作品世界を完璧に表現するのは至難の業だと思います。
小説では、微妙な心のひだと自然描写が非常に大きな比重を占めていて、読者は〈ストーリー〉を読むというより〈雰囲気〉を読んでいる。その〈雰囲気〉を大切にしないと映像化は難しい。文字としての藤沢作品をそのまま映像化すると違うモノになってしまう。
余白をいかに映像化にするという感覚に近いかな。私の個人的な感覚ではありますが、それができないと作品そのものが匂わなくなってくるのではないかと思います。

――杉田監督が読む『橋ものがたり』の魅力を教えてください。

杉田:『橋ものがたり』はどれを読んでも傑作です。チャンバラがないし、派閥争いのようなドラマチックなものもない。しかし必ずいい話を読んだという気にさせる。ひとつのシチュエーションに広がりのある話を凝縮させる上手さは絶妙です。
「小さな橋で」では、大人は自分たちの子供の頃を思い出すでしょうし、「兎追いしかの山」のような抒情感を、映像と本の両方を見て読んで、楽しんでいただきたいですね。
ちなみに、この本(愛蔵版)に掲載されている古地図だと、小説の「小さな橋で」の舞台になっている牛込・音羽辺りは武家屋敷と町がかなり建てこんでいますね。私のなかでは、もう少し郊外の雑司ヶ谷あたりの自然をイメージして撮っていました。
ぜひまた、藤沢作品は撮ってみたいし、ちょうど、「小さな橋で」の編集が一段落したので、次に撮れる作品がないか、違う作品を読み始めているところです(笑)。

杉田監督と遠藤展子さん

杉田監督と藤沢周平氏の長女でエッセイストの遠藤展子さん(右)


「小さな橋で」は9月18日にBSスカパー!で初放送されるほか、橋爪功演じる老博徒が女郎のために最後の大勝負を挑む「吹く風は秋」、北乃きい、永山絢斗主演で、閉ざされた密室の中で繰り広げられるせつなくも熱き恋愛サスペンス「小ぬか雨」が、いずれも10月にBSスカパー!で初放送されます。
ぜひ『橋ものがたり 愛蔵版』と合わせてドラマをお楽しみください!

(2017年7月 都内にて)

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