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11月の文芸書新刊 伊吹有喜『彼方の友へ』刊行記念
消えぬもの、続いていくもの 伊吹有喜

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二十数年前、ある出版社で、雑誌主催のイベントやパーティを企画する小さな部署で働いていた。

当時、社内で一番売れていたのは、十代の少女向けのファッション誌で、ずいぶん大きな部数が完売したという話だった。その編集部に行くと、編集者たちもそこに集まる人々も、声や振る舞いに活気がある。作り手たちの勢いや熱気は読者にも伝わるのだろうかと漠然と思っていた。

それから三年後、その会社の社名でもある婦人誌の創刊何周年かのパーティが行われることになった。準備を進めていたある日、上司が席を外している間に、洒落た装いの小柄な老婦人が部署に現れた。小さなおばあちゃんが来たと、いたわりの気持ちを持って、私は応接セットに案内した。お茶を出した後輩も同じように感じたのだろう。お洒落な彼女は老婦人の装いを親しみ深げにほめた。

「わあ、かわいい網タイツ!」

その瞬間、鋭い声がした。

「カルツェ・アレーテと言って頂戴」

思わぬ威厳ある口調に、私たちは震え上がった。しかもカルツェ・アレーテとは何だかわからない。目の前のヒヨッコたちを完全に怖がらせたことに気付いた老婦人はふわりと言い添えた。

「網タイツって言葉、きらいなのよ」

上司が戻ってきて、老婦人を見るなり一瞬、照れくさそうな顔をした。あとで聞くと、彼女は会社の黄金期を築いた伝説の名編集長だった。会社の重役でもある上司が新人だった頃、彼女が編集長として辣腕をふるっていたのだという。

それから異動を経て、雑誌の編集者として少し働いたあと、三十代を前にして私はその会社を辞めた。

十数年後、作家として仕事を始められるようになったある日、打ち合わせの折に「少女の友」の復刻版をいただいた。中原淳一氏が戦前に作った付録五点がついた豪華なセットだ。発売当時、雑誌の記事で見て、興味を持っていたので、とても嬉しかった。

さっそく自宅に帰り、付録を見て驚いた。なんて綺麗な色彩の手帳やしおり。なんと上質な紙箱に入ったカルタやカードゲーム。こんな美麗な紙の小物が戦前に作られ、しかもたった一ヶ月しか流通しない雑誌の付録に付いていたとは。

さらに「女学生服装帖」を初めとした誌面の面白さや、口絵の色の繊細さにも驚いた。そして、こうした美しい雑誌と付録を読者に届けようとした人々の物語を書きたいと思った。

それから資料を読むにつれ、「少女の友」が戦前、大ブームを巻き起こしていたことを知った。そのとき、社会人になりたての頃に垣間見た、少女向けのファッション誌編集部の熱気を思い出した。

さらに中原淳一氏の素晴らしい仕事と、彼をめぐる人々のことを想像すると、やはり若い頃に働いた出版社で出会った人々の姿と重なった。時代は違うが、雑誌を作るという点では、きっと共通したところがあるはずだ。

「乙女の友」という架空の雑誌を設定したとき、「カルツェ・アレーテ」をまとった元編集長の姿を思い出した。彼女はどんな少女で、新人の頃はどんな働きぶりだったのだろう? 昭和十二年に働き出した主人公は、あの方より少し先輩になるだろうけれど……。

その途端、主人公の佐倉波津子をはじめ、多くの登場人物のイメージが浮かび、彼らがいきいきと動き始めた。昭和初期の雑誌にこめられた熱と、私が垣間見た、平成初期の雑誌編集部が帯びていた熱。二つの熱に触発され、物語の構想もどんどん広がっていく。

誰かが何かにこめた情熱は時間を経ても伝わり、心をふるわせ、そこから生まれた熱気は別の何かを生み出す原動力になるのだと感じた。

この作品に受け継ぎ、新たにこめた情熱が、ささやかながらも、誰かの心をふるわせる一助になれたらと、ひそやかに願っている。

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