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12月の文庫新刊 『半乳捕物帳』刊行に寄せて
綺堂先生、ごめんなさい! 花房観音

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冗談でしょ?
と、思わず口にしてしまった。
あれは確か、お昼に銀座で中華料理を食べながら打ち合わせをしているときだ。小籠包が美味しい店。
デビュー二冊目の『寂花の雫』以来の長いつき合いで、今まで三冊一緒に本を作ってきた担当編集者のF女史から、「半乳捕物帳」を書いてくださいと言われたときは、はぁ? 何を言ってんの? と思った。

冗談のつもりだった。
私は昔、漫画家志望だったこともあり、仕事の合間に、落書きをする癖がある。そのときは、時代小説特集の文芸誌をめくっていて、ふと、岡本綺堂の「半七捕物帳」から、「『半乳捕物帳』……乳を半分出して十手を持って、江戸の悪と戦う女の子。決して、江戸の悪は許さない、決して乳首は見せない」が、頭に浮かんだ。そして、その絵をメモ用紙に落書きして、SNSにアップしたら、結構な反響があった。ただ、本当に落書きに過ぎなくて、小説化なんて無理な話だと思っていた。だけど冗談ついでに、他のキャラのイラストを描いたりして遊んでいた。

冗談のはずだったのに。
『好色入道』という、巨根の不細工な坊主が、京都市長選で暗躍する……という連載を終え、無事単行本化もされた頃、また、「月刊J-novel」(現在はWEBに移行)で連載をという話をF女史からされた。
時代小説なんかもいいですね……と言われたので、「冗談でこれ描いたんです」と、半乳捕物帳のイラストと、簡単なストーリーを書いた企画書を渡した。
そしたら、数週間後の打ち合わせの際に、「半乳捕物帳を書いてください」と依頼されたのだ。
冗談でしょ? 本気ですか? 編集部はそれでいいんですか? と、一応、問いかけた。編集長がイラストを見た瞬間、大爆笑したらしい。F女史には「編集者をやってて、作家さんからイラスト付きの企画書をもらったのは初めてです」と言われた。

だから冗談だってば!
と、笑い飛ばして終わらなかった。どうも本気だとわかった。そうなったら、やるしかないなと、書き始めた。
連載を開始してから、今年(2017年)がちょうど岡本綺堂の『半七捕物帳』が書き始められ百年だと知った。また、そのときの岡本綺堂は四十五歳で、私が「半乳」の連載を開始したのと同じ年だ。
これ偶然? 運命?
なんて喜んだら、怒られるだろうか。怒られるかもしれない。でも、書いちゃった。
とにかく、謝っておきます。
岡本綺堂先生、ごめんなさい!!

『半乳捕物帳』は、三人へのオマージュのつもりだ。
岡本綺堂、そしてエンターテインメント小説の最高峰であり、高校の先輩でもある山田風太郎。また、女が自らの美しく健康的な肉体を武器に戦うという設定は、小学生の頃に読んだ永井豪先生の漫画の影響を受けている。
人生の一番辛い、未来の見えない時期に、時間だけは有り余っていて、山田風太郎を読み漁った。小説って、素晴らしい、面白い、こんなに楽しいものはないと、「エンターテインメント」小説に感謝した。
だから、小説家になれてよかった。高杉晋作の辞世の句ではないが、面白きこともなき世を面白く……するのは小説だと信じている。
不安な未来が見える、悲しいことも多い現実だからこそ、バカやってやるぞと思い、冗談が本になった。
バカな冗談のおすそ分けができたら、幸いだ。

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