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知念実希人『崩れる脳を抱きしめて』刊行記念
日本縦断ウルトラ書店回りツアー 知念実希人

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「『仮面病棟』に重版がかかりました」はじめてその報告が来たのは、文庫書下ろし作品として実業之日本社から『仮面病棟』を刊行してから半年以上経った頃のことだった。

かなり時間がかかったが、なんとか最低限は売れてくれた。そう思い安堵していたところ、それから一ヶ月も待たず「また重版をかけます」という報告が来た。

おっ、思ったより売れている? 喜んでいると、「また重版です」「またすぐに重版をかけます」「重版を……」。ひどい(?)ときには週に三回も重版がかかるという状態になった。もちろん小説家にとって『重版』は最も好きな単語なので(ちなみに嫌いな単語は『締切』)、とても嬉しかったが、同時にこんな感情が胸に湧いていた。

なにこれ、怖い。

半年以上もそれほど売れていなかった作品が、別にテレビに取り上げられたわけでもなく爆発的に売れている状況に混乱し、なにやら詐欺的な陰謀にでも巻き込まれているのではないかという被害妄想に新人作家はとらわれたのだ。

しかし、やがて『仮面病棟』が売れ始めた経緯がおぼろげに伝わってきた。作品を気に入ってくれた北海道の書店員さんが店頭で展開して下さったところ売り上げがよく、その情報が周囲の書店に伝わり、そちらでも次第に展開されるようになったということだったのだ。北海道で売れているという情報はやがて他県の書店員さんにも伝わり、ついには全国の書店で展開されるようになっていった。

最終的に『仮面病棟』は啓文堂文庫大賞も頂き、五十万部を超えるヒット作となった。そしてこれを機に、多くの書店で拙作を展開して頂けるようになり、小説家として作品を発表していく基盤を作ることができたのだ。

つまり、現在自分が小説家でいつづけられるのは、紛れもなく書店の応援の賜物である。そのため、以前から「いつか、応援して下さっている書店の皆様にお礼を伝えに行きたい」と版元に希望を伝えていたのだが、なかなか厳しい執筆スケジュール(と出版社の予算)の中、実現できずにいた。しかし、作家デビュー五周年&実業之日本社創業百二十周年記念の勝負作『崩れる脳を抱きしめて』を刊行するにあたり、担当編集者からこう声をかけられた。

「全国書店回りツアーに行きたいかー!?」「オー!」(一部フィクションです)

こうして(スケジュールを空けるために執筆を前倒しにしたストレスで胃をやられ、二週間固形物が食べられなくなるなどのトラブルはあったものの)、以前から希望していた全国書店へのご挨拶回りは実現した。

北は氷点下の北海道から、南は真夏日の沖縄まで、観光名所を見る余裕もなく一日中移動する強行軍。正直かなりこたえたが、書店の皆様の大歓迎が、その苦労を吹っ飛ばしてくれた。ご多忙のなかお邪魔したにもかかわらず、笑顔で出迎えてくれ、拙作について熱く語り、サイン本まで作らせて頂いた皆様には感謝しかない。

ツアーを終え、こうしてエッセイを書きながら、どうやったらあの歓迎に報いることができるか考えたところ一つの結論にたどり着いた。売り上げに貢献できる、質の高い作品を提供していくことだ。小説家としての恩返しはそれしかありえないだろう。そのことを肝に銘じ、再び執筆漬けの日常へと戻ろうと思う。

ツアーでの唯一の心残りは、普段から応援して下さっているにもかかわらず、日程の都合で伺えなかった書店がいくつもあることだ。いつか、ぜひ時間を作りご挨拶をさせて頂きたい。もちろん、今回伺った書店にもよろしければまたお邪魔できればと思っている。

その際には皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

ちねん・みきと
1978年、沖縄県生まれ。東京都在住。東京慈恵会医科大学卒、日本内科学会認定医。2011年、第4回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を『レゾン・デートル』で受賞。12年、同作を改題、『誰がための刃』で作家デビュー。「天久鷹央」シリーズが人気を博し、15年『仮面病棟』が啓文堂文庫大賞を受賞、ベストセラーに。他の著書に、『優しい死神の飼い方』『螺旋の手術室』(『ブラッドライン』を改題)『改貌屋 天才美容外科医・柊貴之の事件カルテ』『神酒クリニックで乾杯を』『あなたのための誘拐』『時限病棟』『屋上のテロリスト』などがある。今もっとも多くの読者に支持される、最注目のミステリー作家だ。

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