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3月の新刊 『豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件』刊行記念ブックレビュー
題名からして尋常でない個性的ミステリ短篇集 村上貴史(文芸評論家)

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六つの個性的なミステリ。
こういう作品集を読みたかったのだ。

知の刺激が脳を直撃する。上質な皮肉にニンマリとさせられる。とぼけたユーモアに頬がゆるむ。緻密な推理とロジックが描く予想外のシュプールに驚愕する。そんな様々な魅力があれやこれやと組み合わさり、溶け合い、そして六つの個性的な短篇となっている。それが本書。そう、こういう作品集を読みたかったのだ。読み終えて今、強くそう思う。倉知淳の新刊『豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件』である――そもそも題名からして尋常ではないよね。

第一話は、アガサ・クリスティーの『ABC殺人事件』を彷彿とさせる「変奏曲・ABCの殺人」。Aで始まる名前の町でAで始まる名前の人物が殺され、続いてBの町でBが殺され――という本家に倣ったかのような事件が、ちょっと特殊な視点から描かれる。その視点人物を、やがて想定外の出来事が襲うのだが、それが読者にとっても予想外の驚愕となる。その驚愕は予測不可能ではないのだが、この視点で読み進んでいると、まさに死角からぶん殴られたような衝撃を受けるのだ。いやいや、嬉しい衝撃である。

続く「社内偏愛」は、様々な企業に人事管理システムが導入された世界における“ゆがみ”と“居心地の悪さ”を描いた一篇。視点人物をあっさりと放り出すような結末の一言がドライでクール。この感触は、主人公の行動への賛否を超越して清々しい。

第三話は「薬味と甘味の殺人現場」。パティシエ専門学校の学生が殺された事件で、被害者の枕元とでも呼ぶべき場所に三種類のケーキが置かれ、口に長ネギが突き立てられていた。実に奇妙な死体の装飾だった。捜査を担当した中本警部と天地刑事のコンビは推理を重ね、やがてなんとも異常な犯行動機に思い至る。様々な可能性を合理的に排除していく妙味を堪能できると同時に、最後に残った“それ”の気色悪さをも味わえる一篇だ。

第四話「夜を見る猫」は、会社員の由利枝が、祖母の家で、猫のミーコとともに休暇を過ごす物語である。ミーコの振る舞いからある事件が浮かび上がる展開も嬉しいのだが、さらにその先でミーコの素敵さが判明する流れも秀逸。“猫ちゃん”を書くのが好きで好きでたまらない倉知淳(その想いの象徴が『シュークリーム・パニック』所収の「通い猫ぐるぐる」)が、緻密な謎解きミステリを書く才能を活かして、猫への愛を語った作品ともいえよう。

題名からはイメージできない
ハードなミステリ「豆腐の角~」

そして表題作「豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件」は、第二次世界大戦末期の物語。長野県松代の陸軍特殊科学研究所を舞台に、密室状況での怪死事件――豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまった様にみえる――が描かれる。研究所の実験装置を貫く設計思想も奇天烈だし、探偵役の割り振りや推理の進め方も型破りだ。結論を特定する動機も相当にわがままである。しかしながら、同時にそれらはこの短篇のなかで(この特殊な論理が支配する特殊な舞台のなかで)美しく調和している。題名からは、ずいぶんと緩いミステリをイメージされるかもしれないが、中身はガチガチにハードだ。

最後の一篇「猫丸先輩の出張」は、倉知淳の初の単独著書『日曜の夜は出たくない』から何度も登場している探偵役、猫丸先輩が登場する。企業の研究所を舞台に、ある研究室の室長が、密室状況で(豆腐ならぬ)バケツで頭をかち割られた(死んではいない)事件の謎に猫丸先輩が挑む――というか出しゃばる。伏線、推理、解決という流れが洗練されていて、本格ミステリ短篇を読む愉しみを満喫できる。猫丸先輩が醸し出すユーモアも、だ。

倉知淳を知るうえで格好の一冊

さて、倉知淳は1993年に、東京創元社が行った公募で若竹賞なる賞を受賞し、94年に前述の『日曜の夜は出たくない』で単著デビューを果たした。その後、猫丸先輩を探偵役とする作品を中心に、謎解きを重視した長篇・短篇をゆったりとしたペースで発表し、2001年には『壺中の天国』で第一回本格ミステリ大賞を受賞した。一方で『シュークリーム・パニック』のような奇妙な味の短篇集も発表したり、昨年発表の『皇帝と拳銃と』で倒叙ミステリに挑んだりと、作品の幅を拡げてきた。

本書は、その猫丸先輩から奇妙な味まで包含した短篇集であり、倉知淳を知るうえで格好の一冊といえよう。第六話は直球の本格ミステリであり、第一話や第五話は、本格ミステリが得意だからこそ投げられる変化球だったりする。第三話は直球ではあるものの、行き着く先がキャッチャーミットではなく別のどこかの様に思える。第四話もまた倉知淳の“直球力”に支えられているが、これはもはや球技とはいえない。第二話はそもそも“直球力”とは別次元で勝負した作品だ。そんな具合に倉知淳を満喫できるのだ。まことに愉しい短篇集である。

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