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文庫『森に願いを』刊行によせて
森がくれたもの 乾 ルカ

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私の自宅近くに、野幌(のっぽろ)森林公園という場所がある。公園となってはいるが、たとえば休日に弁当を持った家族連れでにぎわうような憩いの場という趣はあまりない。北海道開拓記念館や、昨年秋、NHK連続テレビ小説『マッサン』のロケに利用された北海道開拓の村といった教養娯楽施設はあるものの、その敷地のほとんどは原生林を含む広大な森だ。札幌市、江別市、北広島市の三市にまたがっている。

森の一部には遊歩道がめぐらされており、バードウォッチングなどをしながら気軽に散策できる。今はさすがに見ないが、二十年ほど前にはクマゲラに遭遇したことがあった。とても自然豊かなところだ。

二〇一〇年に死んだ我が家の初代愛犬は、私たち家族とこの森を散歩するのが好きだった。いつも利用する遊歩道入口までは自家用車を利用していたが、森が近づくとねだるように鼻を鳴らしながら、窓から顔を出そうとした。

愛犬を連れて、季節を問わず森を訪れ、散歩をした。仔犬の時分こそ落ち着きがなかった愛犬は、二歳を過ぎたころから普段はおとなしく、ぐだぐだと眠ってばかりになった。だが、ひとたび森に行けば、仔犬にかえったようにはしゃぎまくった。

愛犬がそんなふうに喜ぶ姿が見たくて、森を訪れていたのだ。

遺伝的に心臓疾患が多い犬種だった愛犬は、その多くの例にもれず、十歳ごろから薬を飲まなくてはいけなくなった。もちろん、激しい運動は禁じられた。それでも四年弱は見た目元気に過ごしてくれた。ただどうしても興奮してしまうので、森林公園での散策はほとんどしなくなった。

愛犬の体調が急に悪くなったのは、十四歳になる直前だった。まず自分からご飯を食べなくなった。あんなに食い意地の張った子が……と少なからずショックを受けた。内容に工夫を凝らし、少しずつ手から直接食べさせた。しかしそのうち、手からも受け付けなくなった。仕方がないので注射器の針を外したような器具を使い、獣医から処方されたペースト状のフードを強制給餌した。しばらくすると、それも嫌がるようになってしまった。愛犬は目に見えて衰えていった。

もうすぐお別れ――そう思った私たち家族は、愛犬を連れて久方ぶりに森を訪れた。最後に愛犬の好きだったところ全部に連れて行ってあげたかったのだ。

日ごとに痩せ、体温も下がり、ぐったりと寝てばかりだった愛犬は、森が近づくにつれ目を輝かせ、尾を振り、窓を開けて外の匂いを嗅がせろとせがんだ。車を降りると、嬉しそうに先を行こうとし、ものを一切食べようとしなかったのに、遊歩道わきに生えている雑草を口にしようとした。元気だったころの姿そのままだった。

まるでいっとき時間が巻き戻ったかのようだった。

愛犬はその日からちょうど二週間後に死んだ。

遺影は最後の森で撮ったものを使っている。見てくれた人は押しなべて「若いころに撮ったの?」と訊く。死ぬ二週間前に撮ったものだと言うと、たいそう驚かれる。撮った私自身も不思議だ。

不思議は、森がくれたと思っている。

そんなことを思い出しながら、『森に願いを』を書いた。

※本エッセイは月刊ジェイ・ノベル2015年2月号掲載記事を転載したものです。

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