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わたしのすみか
第1回 二階の書庫部屋のご紹介 乾くるみ

二〇一七年に新潮社より『物件探偵』という短編集を出させていただいた。不動産売買をテーマにした日常系のミステリが六編収められているのだが、その第二話の主人公が、自分の住んでいるアパートが売りに出されていることに、物語の冒頭で気づくという場面がある。

実はこれ、僕自身が体験した実話を元にしているのだ。

もともとネット上の不動産サイトを見て回るのが趣味だったのだが、『イニシエーション・ラブ』が文庫化されるまでは引越し先として検討する上で「賃貸物件」しか見る習慣がなかった。だが同作が文庫化され大いに売れた後は「売買物件」も検討の対象に入るようになった。

というわけで新たに「売買物件」というカテゴリーで市内の物件を検索したところ、一棟売りアパートとして出てきた物件の外観に見覚えがあったのだ。これってウチのアパートじゃん。こんなことがあるんだ。

第二話の主人公はそこで、もし賃借人の一人である自分がこの物件を一棟買いしたらどうなるかと、少し夢想してみた上で、無理だと結論づけている。でも僕はそのとき、これは金額的に行けると思ったのだ。

というわけで(いろいろあって)今から十年ほど前に、思い切ってアパートを一棟購入したのである。自分が住んでいるアパートが売りに出ていたのも何かの縁であると。ローンの支払いは家賃収入で充分賄えたし、本業の収入もあわせることで、前倒しで完済することができた。

自分が住んでいるのは一階の部屋だが、真上の二階の部屋が空室になり、借り手が付かないまま一年が経過したとき、ふと思ったのである。じゃあ自分で使ってしまおうと。

このエッセイでは取り扱う物件の写真や間取図など、図版を載せることが推奨されているようで、自分の住居の間取図は心理的に載せづらいなあと思っていたのだが、書庫として使っている二階の部屋ならまだいいかなと思って、フリーハンドでちゃちゃっと書いてみた。その図版に添って説明する。



室内は三つのブロックに分かれていて、左はバス・トイレ・キッチンのスペース。二階の部屋で使うのはトイレのみ
 
玄関ドアを入った一室は、動線確保のために家具を置くのもままならないが、2K+ロフトと表記する場合はこの玄関ホールも一室と数えている。本棚は何とか五つ置くことができた。本棚3と4の隙間から出入りできる階段下のデッドスペースは、備蓄水や掃除道具などの置場になっている。

屋根裏部屋は天井が傾いていて、一八〇センチの高さの本棚は22一個だけしか置けず、23から25は高さ九〇センチよりも低いものを並べている。

ここまではすでにどの本棚も満杯である。

洋室は本棚によって作られたU字型の通路のドン詰まりの、本棚17から本を詰め始めて、18、16とだんだん後ろに戻ってくる感じで、今は9の半分まで埋まっている。6、7、8、20、21はまだ未使用で、たぶん一八〇〇冊ほど追加収納が可能だが、最近の本の増え方からすると、持って二年というところか。19と20の隣に同サイズの本棚を背中合わせにもう一つずつ置くこともできるのだが、この洋室にはエアコンがついていて(13の本棚の高さが低いのは、エアコンを避けるため)、それを使わないのも勿体ないと思ったので、図版には描き入れていないが、ちょっと広くなっているところに今はソファベッドを置いている。その上に寝転んで本を読むも良し、あるいは不意の来客があった場合などには(一階の部屋には空きスペースがまったく無いので)、休んでもらうこともできるようにと思って、そういったものを置いている(玄関ホールの収納スペースには、万が一のために予備の布団も用意してある)。

一階の住まいはまた造りが違っていて、バス・トイレ・キッチンが半地下になっていたり、その上の中二階にロフトがあって、ロフトとは言っても天井高が二〇〇センチほどあり、一八〇センチの高さの本棚をU字型の通路を作るように並べることができたので、ここを書庫にしていた。あと一階の天井は二階の床に相当するのですべて同じ高さになっていて、なので玄関ホールと洋室の天井高が三二〇センチほどもあって、床から天井まで本棚を積み上げると通常の七割増しの収蔵能力があり、玄関ホールを仕事場、洋室を寝室として使って本棚は壁一面に留めているにもかかわらず、一階の部屋にはおよそ一万冊の本が収容できている。今回図版を載せた二階の部屋も本棚がすべて埋まったら約一万冊。あと二年後にはそれも埋まってしまいそうである。

蔵書二万冊を突破したときのためにもう一戸、書庫にしてしまおうか? そんな誘惑と、いま必死に戦っているところなのだ。



いぬい・くるみ
1963年静岡県生まれ。静岡大学理学部数学科卒業。98年『Jの神話』で第4回メフィスト賞を受賞しデビュー。2007年に文庫化された『イニシエーション・ラブ』は150万部を超えるベストセラーとなり、15年に映画化された。他著に『クラリネット症候群』『リピート』『セカンド・ラブ』「カラット探偵事務所の事件簿」シリーズ、『スリープ』『物件探偵』『ジグソーパズル48』などがある。