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私の○○ベスト3
Vol.28 伊吹亜門 創作に於いて影響を受けた音楽作品ベスト3

第一位「家路」(浜田省吾『The Best of Shogo Hamada vol.2』より)

第二位「いとしのレイラ」(Eric Clapton『Complete Clapton』より)

第三位「あの人の手紙」(かぐや姫『はじめまして』より)



作家を志すきっかけとなった小説や映画は多くありますが、同じぐらい音楽からも影響を受けています。曲の雰囲気に魅せられて、〈探偵が推理するシーンはこの曲だ〉とか〈真犯人が罪を告白するシーンはコレだよね〉といった自分なりのお決まりが幾つかあるのですが、そのなかでも特に刺激の強かった三作品をご紹介しましょう。


●第三位「あの人の手紙」(かぐや姫『はじめまして』より)

 出征した夫のことを内地から想う妻の歌です。私には、読者を驚かせてこそ本格ミステリだという信条があるのですが、そう思うようになったきっかけがこの曲でした。小学校低学年の頃、親がカーステレオでかけていたのを何気なく聴いて、歌詞の最後に愕然としました。歌の最後で明かされる真実に、それこそ天と地がひっくり返ったような衝撃を受けたのです。私がミステリを書く時についつい意外性を重視してしまうのは、その時のことが今も強く印象に残っているからです。



●第二位「いとしのレイラ」(Eric Clapton『Complete Clapton』より)

 特徴的なギターリフから入り、前半はギター演奏が激しいヴォーカルパート、後半は穏やかなインストゥルメンタルから成るこの曲は、誰でも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。クラプトンが、親友ジョージ・ハリスンの妻パティに恋をしてしまった苦悩を激しく哀しく歌い上げたという逸話は有名です。前半を激しい雷雨に例えるならば、後半は雲間から光芒が射し込んでいる雨上がりの風景でしょうか。私が思うミステリの理想型は、まさにこの曲です。嵐のような惨劇を経て名探偵が登場し、謎が解き明かされた後で読者が目にするのは、漸く訪れた穏やかな、それでいてどこか哀しい日常の風景……。いつかはそんなミステリが書いてみたいものです。



●第一位「家路」(浜田省吾『The Best of Shogo Hamada vol.2』より)

 幼い頃から大好きだった浜田省吾。その楽曲は全てが伊吹亜門の血肉となっているのですが、人生の孤独を歌ったこの「家路」は、殊に兼業作家を続ける上で大きな道標となった作品でした。作家というのは孤独で、短篇にせよ長篇にせよ、本当にこれは面白いのかと常に自問自答しながら物語を紡ぎ続けねばなりません。時折込み上げる仄暗い思いから筆が止まりそうになった時、この曲が聴きたくなるのです。仮令独りでも、歩き続けてさえいればいつか必ず辿り着く――そんな当たり前の、それでも忘れがちなことを「家路」は教えてくれます。原稿が行き詰まった時のカンフル剤というと例えが悪いかも知れませんが、本当にもうどれだけお世話になったことか……。




いぶき・あもん
1991年、愛知県生まれ。同志社大学卒業。在学中は同志社ミステリ研究会に所属。2015年「監獄舎の殺人」で第12回ミステリーズ!新人賞を受賞。明治期の時代設定を活かしたミステリの意匠と鮮烈な結末が余韻を残す同作は、日本推理作家協会ならびに本格ミステリ作家クラブの年刊アンソロジーにも選ばれ、新人賞受賞作としては破格の評価を受けた。18年には同作を連作化した『刀と傘 明治京洛推理帖』で単行本デビューし、この本は19年、第19回本格ミステリ大賞小説部門を受賞。更なる活躍が期待される新鋭。