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私の○○ベスト3
Vol.35 岩木一麻 最近読んだ興味深い医療論文ベスト3


第一位 なぜ抗がん剤開発は失敗するのか
第二位 はしか感染の秘密
第三位 新規抗がん剤の開発



兼業作家で昼間は医療系出版社に勤務しているので、日々、多くの医療情報に接している。最近みかけた論文の中から、興味深いと思ったものを三つ挙げてみる。

●第三位“The clinical KRAS(G12C) inhibitor AMG 510 drives anti-tumour immunity” Nature. 2019 Oct 30

RASというがんの原因遺伝子がある。多くのがんの原因になっているので、RASを標的にした薬剤の開発は古くから進められていたが、大きな成功を収めたものはなかった。特定のタンパク質を標的にした薬剤というのは、タンパク質表面にある隙間に入り込んでその働きを邪魔するのだが、RASにはその隙間が少ないことが、開発が上手くいかなかった原因の一つであるとされている。

そんな中、製薬会社のアムジェンが、AMG510という抗RAS化合物を開発し、臨床試験でも効果を示した。しかも、ノーベル賞学者の本庶佑先生が開発に大きな貢献をした、免疫チェックポイント阻害剤と組み合わせると効果が増強されるという興味深い結果も得られており、今後の進展が大いに期待される。

●第二位“Measles virus infection diminishes preexisting antibodies that offer protection from other pathogens” Science. 2019 Nov 1;366(6465):599-606.

はしかは一般的な感染症だが、こんな重要なことが判っていなかったのかと驚かされた論文。論文の著者らははしか感染の前後で、他の病原体に対する免疫がどのように変化したのかを調べた。

その結果、はしかに罹(かか)ると他の病原体に対する抗体が大きく減ることが判った。子供は生まれてから色々な病気になって「免疫の勉強」をするわけだが、はしかはそれを「忘れさせて」しまうのだ。今の子供のほとんどはワクチンの接種を受けているが、義務接種ではないので受けていない子供もいる。はしかという病気の恐ろしさとワクチンの大切さを改めて認識した。

●第一位“Off-target toxicity is a common mechanism of action of cancer drugs undergoing clinical trials” Sci Transl Med. 2019 Sep 11;11(509).

アメリカでは臨床研究をしている抗がん剤の97%は承認されず、開発に失敗する。失敗の主な原因はそもそも薬が効かないことと、毒性が出てしまうことによる。
論文の著者らは現在臨床試験が行われている抗がん剤の標的となるがん関連遺伝子をいくつか選んで、本当にがんの増殖に必要なのかどうかを、ゲノム編集でノックアウト(遺伝子自体を破壊する)して調べた。その結果、調べた6遺伝子のすべてが、がんの増殖に必要ないことが判った。

要するに開発の前提が間違っていた訳で、薬は効果を示しても別のところに効いていることになる。今後大きな問題になるだろう。衝撃的だったが、今後は標的の選定に慎重になることで、抗がん剤の開発が効率化されると思う。

がんの克服にはまだ長い時間がかかるだろうが、治療法は着実に進歩している。がんの不可解な消滅を扱ったミステリ小説『がん消滅の罠 完全寛解の謎』でデビューしたが、いつの日かがんの消滅が当たり前になる日がくることを願ってやまない。また二作目の『時限感染』では科学がもたらす恐怖と希望を描いた。お楽しみ頂ければ幸いである。



いわき・かずま
1976年、埼玉県生まれ。神戸大学大学院自然科学研究科修了。国立がん研究センター、放射線医学総合研究所で研究に従事。現在、医療系出版社に勤務。第15回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2017年に『がん消滅の罠 完全寛解の謎』でデビュー、累計40万部を超えるベストセラーに。他の著書に『時限感染』がある。